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「抹茶は甘い飲み物です」

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 お抹茶に抱くイメージってどんなものがありますか?
 お茶会ってどんなところでしょ?
 茶道ってどんなことしてるんでしょ?

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 実は、お茶会って愉(たの)しいところなんです!

 一般的なイメージだとしゃべっちゃいけないみたいな感じですかね?

 でも、本当はそんなことなくて、正客と亭主の会話の邪魔をしなければ、話していいんですよ。雑談はダメですけどネ(笑)

 そして、抹茶はとても甘い物なんです。

 苦い抹茶は「安い抹茶」とか「点てる人が下手」ということ。上手な人は甘い抹茶を点てられます。

 さらに、自分たちだけのために用意された小さな美術館として、日本の伝統工芸に身近に触れられます。陶器、漆器、指物、竹工、金工、羽細工、鋳物、織物、染物、建築、造園、書や香などが所せましとそこにあります。

 そして着物で出掛ける場所としてこれほど相応しい場所もありません。

 月桑茶道教室では、そうしたお茶会へ行くための心構えや喫(の)み方、お菓子の頂き方など、様々なシチュエーションで体験いただけます。

 ご興味ございましたら是非お出掛けください(*˘︶˘*).。.:*♡

 コロナ対策は手洗いの徹底、マスクの着用にて各自お願いいたします。当日発熱の方はご参加をお断りすることがございます。予めご了承ください。
 

 3月31日は旧暦二月廿二日、二の午ですが、初午の設えにておもてなしいたします。

 

 会終了後はおしのぎに【季節の松花堂弁当】がございます。

 お時間の許す方はお召し上がりくださいm(_ _)m

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 濃茶 
 薄茶


 定員5名(別途手伝い枠3名)
 

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■日時
 令和6年3月31日(日)
 濃茶:13:00~14:30
 薄茶:15:00~16:30
 

 開始15分前までにお越しください。
 時間はあくまで目安です。時間通りに終わるとは限りませんのでご理解ください。
 茶事終了後、お時間のある方はお残りください。簡単な酒席がございます。
 

※濃茶【こいちゃ】
 本来のお茶。一般的に思い浮かべる抹茶よりもどろっとして濃い抹茶。菓子は上生菓子を添える。
 

※薄茶【うすちゃ】
 一般的に抹茶といわれると思い浮かべる抹茶。菓子は干菓子または半生菓子を三種以上添える。
 大寄せでは上生菓子にてお出しすることも多いです(笑) 
 

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■会費
 5000円(濃茶・薄茶)
 会費は当日封筒に入れてお出しください。
 

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■参加方法
下記予約ボタンより予約をお願いいたします。

 

STORES 予約 から予約する


■申し込み締め切り
 定員になり次第募集終了です。
 また、菓子の都合もありますので、一週間前には締め切らせていただきます。ご注意ください。
 加えて、キャンセルもそれまでの受付とさせていただきます。キャンセル料は全額お支払いいただきますので、ご了承ください。


■ご新規さまへのお願い
 当日キャンセル後、ご連絡取れない方が多いため、ご新規さまにつきまして会費の事前振込をお願いすることになりました。何卒ご協力おねがいいたします。


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■服装
 洋装OKです。
 ただし、できるだけゆったりとした【外出着】でお越しください。ジーンズやミニスカートはお控えください(できるだけ膝丈より長いもの)。カジュアルすぎる物はお避け下さい。
 男性は七分裾などの短いものはNGです。
 また、当会はお稽古会ですので、お着物の場合は小紋、浴衣、絣など普段着や紬などの普段着・お洒落着(無紋の訪問着)でOKです。
※通常のお茶会は色無地紋付以上の礼装となります。

 

■ご用意いただくもの
・懐紙【かいし】
 お菓子を頂いたりする際に用います。
 

・菓子切り【かしきり】
 菓子を着る金属や竹などでできた楊枝です。金楊枝ともいいます。
 

・扇子【せんす】
 茶道用の扇子です。礼をする際などに必要です。五寸、五寸五分、六寸、六寸五分があります。
 

・帛紗【ふくさ】
 茶道用の帛紗。点前をする際に亭主が腰につけ、道具を清めるのに用います。
 ※習われている方以外は不要です。
 

・小帛紗【こぶくさ】または出し帛紗【だしぶくさ】など
 茶盌(ちゃわん)が熱いときや道具を拝見する際に用います。濃茶には必須です。
 ※お貸しいたします。
 

 以上のものにつきましては、
 ・薄茶席の方はできるだけお持ちください。
 ・濃茶席の方はお持ちください。
※ご用意のない場合はお貸しいたします(未経験の方)。
 

・替え白足袋または白靴下
 足袋カバーをお脱ぎいただいても構いません。洋装の方は履き替えていただきますので、必ずご持参ください。
 

・封筒
 会費は封筒に入れてお名前をお書き添えの上、ご持参ください


 本日は旧暦正月十五日、甲辰年丙寅月戊午日。小正月です。

 

 古くは松の内の終わりでした。大正月は人日まで竈を休ませるはずの松の内に、来客などがあって忙しくはたらいた主婦をねぎらう意味で女正月といって、地域によっては男性が女性の代わりに料理を行うなおの家事を行う日(期間ではなくこの日だけ)という地域もあるほど。


 この日には小豆粥を食べる習慣があり、元日から小正月の期間中は小豆を食べない習慣の残る地域もあります。

 年神や祖霊を迎える行事の多い大正月に対して、小正月は豊作祈願などの農事に関する行事や家庭的な行事が多く、元服の儀なども小正月に行われていたため、成人の日が新暦1月15日に行われていました。

 元服の儀は男子のみで、女子は裳着の儀を行います。
 元服は、前髪を切るか後ろ髪にまとめていましたが、江戸時代には月代(さかやき)を剃ることをいいました。烏帽子親(一族の長老か母親の父が一般的。後ろ盾になる)に加冠をしてもらい、烏帽子親から一字拝領して初名を名乗ります。たとえば、徳川家康は烏帽子親が今川義元なので最初「松平元信」と名乗っています。大名家は将軍から拝領することが多く、家臣は主君から拝領することが多かったようです。

 裳着は安土桃山時代ごろまで行われた女性の成人式で、初めて裳を着せるものでした。これは娘を結婚させる意思がありますという親の意思表示であり、年齢は一定していません。裳の腰紐を結び、髪上げをして、お歯黒をして、眉を剃り、引き眉をします。これ以降は小袖は白、袴は緋色(江戸時代は結婚まで濃紫)に変わりました。江戸時代には女性も元服というようになり、裳着は明治時代の皇族や貴族の儀礼として復活するまで姿を消してしまいました。

※裳というのは十二単を構成するプリーツスカートのような後ろに引きずる日本の引き腰のついた袴です。

 左義長とは、松下しともいい、門松を片付け、お焚き上げすることを言います。

 左義長とは「その年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く」お祭りです。

 とんど(歳徳)、とんど焼き、どんど、どんど焼き、どんどん焼き、どんと焼き、さいと焼き、おんべ焼き等とも言われ、時期は地域によっても異なり、左義長の語源は毬杖(ぎっちょう)3本を結ぶことから「三毬杖(さぎちょう)」と呼ばれたものに左義長の字が当てられたようです。

 毬杖とは正月に行われる貴族の遊びで、杖で毬をホッケーのように打ち合うもの(打毬)で、小正月(1月15日)に宮中の清涼殿の東庭に山科家などから進献された葉竹を束ねたものをたて、その上に扇子、短冊、天皇の吉書などを結び付け、これを陰陽師に謡い囃して焼かせ、天覧に供したといいます。
 
 ただし、現代では一月七日に行うところもあります。基本的には十四日の夜または十五日の朝に行います。

 この毬杖が「振々毬杖(ぶりぶりぎっちょう)」とか「玉ぶりぶり」と呼ばれ、江戸時代ごとには子供の遊戯になっています。

 そこから毬杖の先端の形に似せた香合を「ぶりぶり香合」と呼ぶようになっています。これは表千家覚々斎好みや惺斎好みがあり、又玄斎(覚々斎の三男)がもらったことから裏千家でも用いるそうです。

 有楽斎の茶杓にある「玉ぶりぶり」も毬杖から派生したものなのでしょうね。

 前々から、「柄杓は弓矢の扱いである」ことを紹介していましたが、私の中では「何故、弓矢の扱いなのか?」という疑問がありました。


 先日、柄杓のことを調べていた際に、ふとしたことから答えの道筋を見つけました。それは


鎌倉時代、柄杓を弓師が作っていた


 という事実です。


 当時の日本の弓は竹製を基本とし、そこに動物の腱や鞣し革を張るなどして強化する、『複合弓』に分類される長弓です。


 当然ですが、矢は竹と鳥の羽で作りますので、弓師というのは竹細工師でもあります。


 故に、柄杓は弓や矢のように扱うのが良いわけですね。


 違うことを調べていたのですが、これでまた一つ、謎を解く鍵をいただきました。

 三連休に引拙棚野点前の検証をしたところで、宗靜先生と話して「建水飾りができないものか?」ということが出ました。

 

 これは、いわゆる老人点の一環で、立ち坐りの回数を減らす工夫で、点前の時間を短縮することにも繋がります。

 

 また、帰りに天板勝手付きに茶盌を仮置してから立ち上がることで、手ぶらになれば、膝に手を当てて一人で立てるように出来る上に、器物を落とす心配もなく、本人が安心して立ち上がれるのと、立った状態から茶盌を持っても畳に置いてある時のような見苦しさがありません。

 

 これを引拙棚の女点前とでもいたしましょうか(老人点なので、媼点前かな?)。

 

 これに対して、男点前は、右の戸袋に水指を入れて前の畳に出し切り、倹飩扱いをして2枚の戸を外し、中板の中央に置いてから御両器を飾り、点前を始めるという式法です。これをするには摘みが本来の引拙棚のように倹飩金具(菱形の垂板摘み)である必要があると思いますが、今のままでもできなくはないですね。

 

 いずれ、引違戸だけ別注で作ってもらう手もあります。

 

 この倹飩引違戸は鳥の子紙を貼るか、溜塗の塗物にするか、要検討です。

 

 戸袋の中から出し切り中板上に置くのは【共蓋】に限り、戸袋の中から半分出すのは【塗蓋】に限ります。

 

 引拙棚は紹鷗袋棚と猿曳棚に点前が分化する前の棚物であることから、このような点前であったであろうという復元ではありますが、非常に面白い点前となりました。

 

 今後も更に検証していきたいと思います。

 

 この検証の切っ掛けをくださった宗泰先生に感謝いたしますm(_ _)m

 

 そして、『数寄の長者』竹馬之友篇に引拙棚を登場させることにしました。

 

 これは「引拙棚は風炉にも用いていたのではないか?」という疑問?があったからです。

 

 大棚を風炉でも点前するには、棚に風炉を乗せる方法の他に「炉の位置に風炉を据える」という手法があります。

 

 これは、一度、柳営茶会の御家流ご宗家のお席で拝見したことがあり、「不白が炉の終わり頃に炉を片してしまったので、急遽風炉にて炉点前をした」という逸話がありました。

 

 その後、大河ドラマ『麒麟がくる』で本木雅弘演じる斎藤道三が茶を振る舞うシーンで、逆勝手の炉位置に風炉を置いて、台子を据えるという飾りになっていました。

 

 この時代、今の逆勝手が順勝手だったという説もあり、それを髣髴とさせるシーンでありましたので、非常に印象に残っています。

 

 これをヒントに、大永六年八月、京都で茶の湯が流行したという記録に沿って、鳥居引拙が台子を除く史上初の棚物【引拙棚】を披露したことにしようという目論見です(笑)