茶会でカシャカシャとスマホを取り出して写真を撮っているのをみると、利休百首の「習いをばちりあくたぞと思へかし 書物は反古腰張りにせよ」を思い出します。

 

 

 この当時はカメラやスマホなんてないので、そもそもそれを持ち込むのはどうなのよ?という話なんですが、配り会記をその場で取り出して見るのも同じ扱いだと私は思っています。

 

 その茶会の場に全力集中していないということになるからですね。

 

 聞き逃したら、後で配り会記で確認すればいいことなんですから。

 

 私は茶会備忘録を書くにあたって、できるだけ配り会記を見ないで書いています。自分が覚えていることをできるだけ書くようにして、間違いがないかを後で確認するのですね。

 

 母に言わせると「異常に覚えてるわよね」となるのですが、それぐらい集中して聞いているんですよ。

 

 そして、それが総括になって、次に同じような物が出たときにどう褒めるか、どこを見ればいいかの反省会にもなり、正客を上手にやる練習になります。

 

 正客をしないときも、同じことをすれば、自分が正客気分で道具を褒められる訳ですし。

 

 皆様も「写真なんか撮らずに自分の言葉だけで伝えてみませんか?」