習心帰大道《都流茶道教室■月桑軒》in 池袋

習心帰大道《都流茶道教室■月桑軒》in 池袋

池袋にほどちかい「バシブクロ」なんて言われる地域の自宅で開いた茶道教室です。「もっと気軽に、ちょっと気楽に」を合言葉に、茶道体験教室「お茶会へ行こう」を催しております。

2016年2月8日より、櫻香庵月誧宗地改め碧夢庵道舜宗地となりました。

都流茶道教室『月桑庵』


月桑庵のブログは
4/29~5/6まで
「こよみ」を除き
お休みとさせて
いただきます。

5/7よりの再開を
お待ちください。

問合せ先


 

 

 

 作も何もわからない手付花籠。
 

 我が家には宗全籠がないので、それに代わるものをとやや小ぶりのものを購入。

 

 花を入れた写真はいつも通り撮りませんでしたが(笑)

 

 一応、手付なので『手』を冠した名前がいいな……と思っておりましてw

 

 形が稲塚に似ていますが、稲塚は竹花入に名がありますので避けて似たような名前はないかとネットサーフィンしておりましたら、『稲積(にお)』という名詞を発見!

 

 そこで『手稲積籠(てにおかご)』と呼ぶことにしました。

 

 編まれた竹ひごは節がとても多く、目ごとに節があるほど。ゴツゴツしているのに全体的に可愛らしい面持ちなのは末広の円形だからでしょうか。

 

 我が家は床が仮床で、奥行きも狭いですし、宗全籠を買わずともこれでいいかなぁ?と思うようになりました(ノ´∀`*)

 

 手稲積籠(てにおかご)。

 

 残花の頃にずーっと使い続けようと思います^^

 薄板の規矩といえば

 

 真塗・矢筈板⇒真

 真塗・蛤板⇒行

 真塗・丸蛤板⇒草

 

 と習います。

 

 でも、これ変なんですよね。

 そう、道具の規矩の基準である「材質×形状」の格付けになっていないんです。

 

 なので、いろいろ調べてみますと……

 どうも、意図的にそこを飛ばしているようなんですね。

 

 以前に花の入れ方の規矩を解説しましたが花の入れ方は

 

 一輪⇒真

 一対(一花一葉)⇒行

 一花三葉~⇒草

 

 ちなみにこの花と葉は木と草と置き換えてもよく、花と呼ぶのは「主たる花」であり、葉と呼ぶのは「副えたる花」のことです。

 

 流儀によってはこうした区別なく「奇数入れる」とする流派もあります。

 

 で薄板なんですけれども、真塗はすべて真、柿合が行、木地が草としないと釈然としません。

 この辺りもう少し詳しく調べてみないと、利休時代と違ったことをしている可能性があります。

 月桑茶道教室では、随時お弟子さんを募集しております。
 
■月桑庵の特徴
①点前偏重はしない
 月桑庵のモットーは「主客を大事にする」です。
 主客というのは「亭主=点前をする人」と「正客=連客の中で一番上座に座る人」のことです。
 
 点前偏重というのは、お茶を点てることばかり教えて、お客さんとしての振る舞いとか、道具の由来や掛軸の意味、お菓子の種類と食べ方などを教えないということです。
 
 慣れてくれば正客の稽古もできますし、さらには御詰め(末席のお客さん)の稽古もできます♪
 
 月桑庵はそういうところを大事にしています。
 多くの教室は、免状や許状などをとることを主眼にしていますが、月桑庵はそういう点を重視しません(急がれる方は特訓しますけど)。しかし、自分で恥を掻いて覚えるものよ!という言い方もしません。
 
 

②先生の点前が毎月見られる
 そして、毎月「お茶会へ行こう」を開いておりますので、私の点前を見ることができます。
 普通の教室ではだいたい年に1~2回見せていただければ多い方などという話を聞きますが、下手をすると、先生の点前など見せてもらえないなんてお教室の方が多いらしいです。
 
 ですが、月桑庵では毎月薄茶と濃茶の点前を私がさせていただいております。
 自分と何が違うのか、よーく見ていてください。
 
 

③お茶の雑学が学べる
 私がいろんな流派に関心があって、歴史が好きで、道具の由来が大好きなので、いろんなお話をいたします。道具組みのお話もいっぱいいたしますよ。

 
 
■都流って?

 当流は「表千家都流茶道」が正式な名前です。
 でも、表千家と名乗りながらも、表千家さんからの分流ではありません。
 家元先生は「荒木宗仙」とおっしゃいまして、信長に叛旗を翻した戦国武将として有名な「荒木村重」の子孫にあたります。直系ではないそうですが(荒木村重の三男の家系のようです)、家伝として茶道が伝わってきたとか(お寺に)。

 荒木村重は、信長に仕えていたころから「数寄者」でありましたが、信長の死後、大阪に戻って利休に師事して千家の茶を学びました。利休十哲にも数えられるほどの数寄者でした。茶名は「道薫」といいます。

 大正時代になって、『広く大衆に弘めたい』と発起され、上京し、流派を興したそうです。



■稽古日
 土曜日教室/内田宗地
  第二土曜日、第三土曜日、第四土曜日から2回
  お茶会へ行こうの前日はお休みまたは準備

 日曜日教室/内田宗地
  第一日曜日、第二日曜日、第三日曜日、第四日曜日から2回
  お茶会へ行こうの日はお稽古なし

 その他平日・祝日についてはご相談ください。
 

■料金
 月謝制
 入会金/一カ月
 5,000円+

「お茶会へ行こう」または「お茶会を知ろう」「お茶事へ行こう」の参加費は別途頂きます。

・その他
 水屋料 1000円/回または2000円/月

 ※水屋料は奥伝以上より頂きます。

 ※水屋料とは道具の片付け方やメンテナンス方法の教授と水屋道具、消耗品の使用料です。


 薪料   1000円/都度

 ※薪料は炭点前をするときだけです。


 中元・歳暮 年二回(1ヵ月分の月謝と同額)
 初釜   別途
 流茶会(年一回) 別途
 教授会(年一回) 別途

 点前料 5000円(お茶会の際に点前をする際にいただきます)
 ※演奏会などのエントリーフィーみたいなものです。

 ※学生は割引があります。




■内容
 点前は、三千家と似ているようで違い、武家茶とも異なる茶道は、古流に近い流れを持ちます。丁度、古流から利休を経たのち、古田織部が武家茶を確立させる前の手であることが解ります(荒木道薫は利休十哲の一人。直伝されているとされます)。

 特徴としては、裏千家と同じようなふっくらとした泡立ちの薄茶と、棚物に飾り残しをしないこと、宗旦以後の棚物については使ってもいいことになっていますが、原則として邪道とすることです(邪道とは数寄であって本道ではないということです)。

 月桑茶道教室は内田宗靜(母)と内田宗地(私・男)の二人で教えております。男の点前と女の点前とが教われます。

 茶道を習われる方には着付けを無料でお教えします。

お問い合わせ先
03-3554-4345(自宅)
darkpent■gmail.com(■を@に替えて送信してください)

 フォーマルという言葉は正装という意味で使われますが、本来は「form(形)」+「-al」という性質を表す接尾辞がついた変化で、「格式張った」という意味になります。そこから「公式」とか「正装」という意味で用いられるようになりました。

 

 セミフォーマルは準礼装という意味で使われますが、これは「formal」に「semi-」という半分を意味する接頭辞がついた変化で「半分格式張った」という意味になり、やや砕けた感を持ちます。そこから「準公式」とか「準礼装」という意味で用いられるようになりました。

 

 これに対し、インフォーマルは略礼装と訳されていますが、これは「formal」に「in-」という否定を意味する接頭辞がついた変化で「格式張らない」という意味になります。ただし、普段着とは一線を画し、小綺麗な格好、すなわち日本語でいう「平服」にあたります。

 

 つまり、略礼装という訳語が「礼装の仲間」という語感を持っているため、誤解が生じていることが分かります。

 

 平服というのは、文字面は普段着のことのように思えますが、これは謙譲語のようなものであり、「格式張らなくていいけど失礼のない程度の服」という意味があります。

 

 そして、着物の世界では「無地の紬に一つ紋(男性)」「色無地に一つ紋(女性・男性)」以上を平服といいます。基本的には縫い紋ですが、場合によっては染め抜き日向一つ紋も平服に含む場合もあります。

 

 三つ紋が準礼装、五つ紋が正装とされていますので、こういう理解で良いようです。

 

 さて、茶会は「色無地一つ紋」を最低限とするのは「平服」が求められているからですが、外国人に説明するには「インフォーマル」と説明すれば納得してもらえるかと思います。

 

 つまり普段着では駄目だけど、正装や準礼装ほど格式張らなくていい格好ということになります。その場に合うかどうかを調べて考えて着てきなさいねという意味にもなります。

 

 コレに対してカジュアルというのは、先日記事にした通り「無計画で深く考えないで偶然選んだ」という意味が含まれますので、日常着というか「普段着」のレベルですね。

 

 難しいのが「お洒落着」です。

 

 ただ、着物はとっても楽です。

 お洒落着は普段着に含まれます。

 平服は「紋がついているもの」なので。

 

 洋服のほうが面倒臭いと以前から言っている意味解っていただけましたでしょうか?

 最近、ブログでもFacebookでも、やたらと出てくる『カジュアルな茶会』って何なんでしょう?

 その使い方を見ていると『カジュアル』という言葉に含まれるニュアンスが分かっていないように感じます。

 辞書によれば「格式ばらず、くつろいでいるさま。特に、気軽な服装のさま。(デジタル大辞林)」となっていますが、これは表面的な意味です。

 カジュアルは英語ですので、その本来のニュアンスは英語の原語に当たる必要があります。

 カジュアルは「Casual」。

 これはcaseという言葉からの派生語で、原義は「いきあたりばったり」。

 さらにルーツをたどるとラテン語の「cadere」に行き着きます。これが「落ちる」という意味です。この言葉には「予期できない出来事が落ちてくる」というニュアンスがあり、ここから「あまり考えていない」というニュアンスに通じ、Casualの主な意味である「無頓着」に通じます。

 つまり、カジュアルとは「無計画で深い考えもなく偶然で選んだ」というニュアンスを含むわけです。

 そうなると季節を重んじ、道具同士の格を重んじる茶会がカジュアルというのは、なにやら怪しい臭いがしてきます。

 つまり、言葉の使い方が間違っているんです。

 茶会がカジュアルなのではなく、客がカジュアルでいいのであって、茶会そのものはカジュアルでは駄目なんです。茶会というのは、流派を超えて招くものですから、流儀の作法を守らなければならないのは「亭主側」だけです。つまり「客は失礼にあたらなければそれでよい」のです。

  ここから考えるに客を招くには、「カジュアル」という言葉を茶会に冠させるのは全く不適当な言葉であるということです。

 無計画に偶然に選ぶということになると、毎日違う道具で釜を懸け、上生菓子を適当に選び、規矩を気にも止めず、季節を考えず、胸先三寸で茶会をするとなると(しかもそれが素敵な道具組みであるためには)、それは相当茶会をこなして、道具選びを呼吸のように出来る人にしか有り得ないのではないでしょうか。

 無計画に深く考えず偶然で選ぶような茶会は茶会とは言えません。

 カジュアルな茶会などと言っている皆さん、今一度、もてなしの意味を考え直しては如何でしょう?

 客は本来フランクに来てもらうものです。
 道具を大切に扱うなどの約束事さえ守っていれば、菓子を左から取ろうが向こうから取ろうが、赦されるもんです。

 その究極が「天目に作法なし」ではないかと。

 ちなみに似たような言葉を調べてみると……

friendly(気さく)
comfort(気楽)
readily(気軽)

 となります。

 casualという言葉は、casualty(事故による負傷者や死者)という言葉が持つ響きもその言葉の語感に含まれる訳で、そんなにお気楽な言葉じゃないことが解ります。

 comfortはラテン語の「conforto」が語源だそうです。元の意味は「強くする」。

 元気にする⇒安心させる⇒気楽という風に変化したようです。

 気楽にというのはワタワタ慌てている人の心を強くさせるという意味では、たしかに当りなんですが、やはり主体的言語と客体的言語の違いなのか、逆の表現であるというのが面白いですね♪

 readilyはreadyの形容詞変化で、元々「ride(馬に乗る)」から派生した言葉だそう。馬に乗る準備が整っていることから「気軽に」という意味が生じたそうです。

 friendlyはfriendの形容詞変化。「友達のように」ということが日本語でも「気さく」の形容に使われるのと同じですね。

 これらの言葉には事故や怪我、死者というニュアンスは感じられません。しかし、カジュアルにはどうしても「不慮の」というニュアンスが抜けないのです。