本日はWOWOWが無料放送で、桑田さんの東日本大震災復興支援ライブである~明日へのマーチ!!~を放映していました。震災からちょうど半年の2011年9月10日11日に行われたライブで、桑田さんにとってもアーティストとしての復活の場となりました。最初はちょこっとTVをつけただけだったのですが、気が付いたら2時間はあっという間に過ぎていました。今日は普通のブログとして、今日の桑田さんのライブを鑑賞しての日記を綴りたいと思います。

僕は桑田さんの大ファンというわけではないですが、「サザンオールスターズ(以下サザン)」という単語を聞いて、その固有名詞が何であるかを知らない日本人はきっといないですよね。誰もが知っていて、世代を超えて愛されるバンドがサザンで、そのサザンを支えるのがヴォーカルの桑田さんという認識です。当たり前すぎますね笑。今日のライブを実際に観て感じたのは、桑田さんの奏でる音楽の影響力の大きさ。歌詞の深さ。会場との団結力。何かを必死で歌で伝えようとする真剣さ。非常に人間味に溢れた最高のライブだったと思います。TVに映し出される観客の多くは、おそらく歌詞とこれまで体験した想像を絶する辛い現実を重ね合わせたのか、目頭を熱くしている人がほとんどでした。実際にそれを"TV"で観ている僕も、胸が熱くなりました。なんでかと問われても、それは論理で答えを導くものではなくて、感情だから何故かはわかりません。だけど、絶対に今回のライブは間違いなく宮城セキスイハイムアリーナの観客の全員を勇気付け、明日への希望を与えたと思います。ライブ開始時の桑田さんの謙虚さと亡くなられた方々への黙祷など、普段のライブとは一線を画す特別な復興への熱い思いがひしひしと感じられました。

今回のライブで何が人々の心を打ったのだろう?桑田さんの凄さって何だろう?とあれこれ思いを巡らせました。サザンファンの方に語っていただければ、きっとブログの文字数に収まらないほどの想いが返ってきそうですが、僕が特に感じるのは、「歌詞のセンス」です。とにかく洞察が深く、時にジョークを含んだ繊細な桑田さん独自の世界観が、人々を惹きつけるのだと僕は思います。桑田さん独自の世界観に加えて、教養が深くなければ絶対に書けない歌詞。単語と単語の組み合わせによって生出される桑田節が僕は大好きです。そして、こんな素敵な歌詞を書けるということは、「言葉」の重さを誰よりも理解しているのは、桑田さんのような気がします。「歌はなぜ人にとって必要なのか?それは歌が一番人の心に響くからだよ。」と矢沢永吉が言ってた気がします。これは結構、的を射た意見だと思います。辛いときに歌で励まされることって、結構ありますしね。また歌を聴くだけで、その当時の思い出が蘇りますもんね。

というわけで、本日のトピックは桑田さんの宮城ライブ~明日へのマーチ!!~だったのですが、細かい内容は実際に観ていただいた方がよいと思うので、詳細は記載しません。きっと涙なしには、観られないと思います。ものすごく感動します!最後に、今日観たライブで一番感動した歌の歌詞でブログを締めたいと思います。

月光の聖者達

夜明けの首都高走りゆく
車列は異様なムードで
"月光(つきあかり)の聖者達(おとこたち)"の歌が
ドラマを盛り上げる

知らずに済めば良かった
聴かずにおけば良かった
「人生(ショー)はまだ始まったばかりだ!!」って
胸が張り裂けた

ひとりぼっちの狭いベッドで
夜毎 涙に濡れたのは
古いラジオからの切ない"Yeah Yeah(イエイエ)の歌"

今はこうして大人同士になって
失くした夢もある
時代(とき)は移ろう
この日本(くに)も変わったよ
知らぬ間に

二度とあの日の僕には戻れはしないけど
瞳(め)を閉じりゃ煌めく季節に
みんなが微笑(わら)ってる

ひとりぼっちの狭いベッドで
夜毎 涙に濡れたのは
ビルの屋上の舞台(ステージ)で
巨大(おおき)な陽が燃え尽きるのを見た

現在(いま)がどんなにやるせなくても
明日(あす)は今日より素晴らしい
月はいざよう秋の空
"月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)"
Come again, please.

もう一度 抱きしめたい
今日は2ヶ月ぶりに、以前ものすごく仲良くさせてもらっていた友達と飲んできた。その友達(以下P君)とは、自分がハッテンバに通い始めた2011年3月に会ってから、ヨーロッパ旅行に行ってしまうくらいの仲でした。「仲でした」とここで過去形で記載するのが心苦しいけれど、それも全部僕自身の普段の性活に対する軽さが招いてしまったものだということを認めています。頭の中の論理では、もうP君とは以前のようには戻れないんだということはわかっていたけど、いざ会って見ると、P君はやっぱりすごく温かかった。肉体的にとかじゃなくて、心がね。僕は普段は口数は少ないし、友達も多くはないから、一人の誰かとすごい頻度で会ったりすることは、24年間生きてきた中で一度もなかったけど、P君とだけは、毎週遊んでた。彼女ともそんな頻度で遊んだことはなかったけど、P君とだけはそれができた。

だけど今日P君が僕に教えてくれたのは、今は彼氏がいるということ。「ふーん」ってさりげない返答をしてしまったけど、やっぱり少しショックだった・・・。P君とは「付き合おう!」っていう言葉はお互いには交わさなかったけど、今思い返すとP君と遊んだ約4ヶ月間は僕の中で人付き合いという意味で一番濃くて、P君は最初で最後の「彼氏」だったのかなと思う。付き合うことの定義は人それぞれだと思うし、言葉で付き合おう!ということでお互いの相手の位置づけや立場の認識が変わる人もいるんだろうけど、僕がP君に対して今思うのは、付き合うという言葉は2人にはいらなかったということ。こんな文章を書くと、あとで恥かしくて赤面してしまうかもしれないけど、言葉以上にP君とは心でつながっていられたということ。ヨーロッパ旅行では、異国の地で右も左もわからないジャパニーズが短い間だけど、お互いに助け合って最高の旅をすることができた。一緒に布団に入って、今日も楽しかったねって一緒に手をつないでぐっすり寝て・・・、お互いのぬくもりを感じながら、その存在の大きさに心躍らせながら、毎日毎日旅してた。僕は旅が大好きだし、ヨーロッパの写真は今でも大切にiPhoneに保存してある。「ヨーロッパ」や「旅行」という言葉を耳にするたびに、僕の脳裏からはP君との欠けがえのない旅が離れていくことは死ぬまでないんだろうなと思う。

そんな大好きなP君の期待を裏切ってしまったのも、自分の行動の浅はかさゆえだった。P君は広島出身で帰省することもあるから、それを我慢すればよかっただけの話だけど、自分にはそれができなかった。浮気をしてしまった。P君は僕とえっちをするときに、「俺のこと好き?」ってよく聞いてきた気がする。「好きって言ってよ!」と言っていた気もする。つまり、その当時のP君の自分に対する思いは、自分が今想像している以上に強かったのだということ。そして、その相手に対する思いをわかっていながら、浮気をしてしまったことで、P君と僕の関係は終わってしまった。あの頃、僕がP君のことをもっとわかっていてあげられたら、今の関係は違っていたんだろうなと思うことがP君と別れてからの2ヶ月間で思い返すことがあった。それと同時に、彼氏をつくること、つまり特定の誰かと付き合い通すことができない性格なんだということがわかり始めた。誰よりも欲張りなんだと思う。一人いい人を見つけたとしても、その人との関係が安定しだすと、もっといい人がいるのではないかと、また探索を始めてしまう。松山ケンイチがいいと思っていたけど、平岡祐太の方がいい!と思い出すような感じ笑。

「人」ってこんなにも欲張りなのだろうか。それとも、自分だけが特別に欲張りなのだろうか。常によいものを捜し求めて、誰かを傷つけてしまう気がする。それで何も見つけられなかったときには、今の関係を保っている人の元へ戻っていって、温かさを求めてしまうズル賢い最低な奴かもしれない。自分の性格の小癪さに嫌気がさしながらも、そんなもんだろ!ってどこか開き直ってしまっていた気がする。だからこそ、今日P君が「久しぶりに会おうよ!」ってメールをくれたのは、本当はすごくすごく嬉しかった。もう戻れないことはわかっているけれど、自分の存在を思い出してくれたということだから。人が一番寂しいと感じるのは、記憶から忘れられてしまうことだって、ワンピースで誰かが言ってたよな笑。その意味を最近すごく感じ始めているけど、確かにそうだと思う。性欲があるのも、自分の存在した証を子孫にDNAとして残していくためだと思うし、存在を残すことが何より大切だということが先天的に、動物の本能的に皆に根付いているから、えっちするんだと思う。

今日の帰り道に、P君は僕に「携帯ちょっと貸してよ!」と言って、僕とP君がやりとりしたメールを全部消去した。P君と会っていない間に、上で記したような「存在」についてふと考えたこともあったから、P君がメールを消すことが、今日の僕が存在していたことがP君の記憶の中から全部消されていくようで、ちょっと寂しかった。全然悪気がないのはわかっているし、今は彼氏がいるから、そりゃそうだよな!と思いつつも、やっぱりちょっと寂しかった。

秋の夜長にちょっとダークな記事を書こうとしていたからなのか、なぜか今日の家路に帰る街灯は薄暗くて、それが僕の心の闇を照らしているようで、風はいつもより冷たく感じられた。

PS.
P君には、こんな自分と真剣に向き合ってくれて本当にありがとうと伝えたい。そして、ごめんな。。。
最近ブログを更新していなかったのですが、某新宿のハッテンバの記憶を少しとどめておきます。この日はもともと一度会ったことのあるF君と会うために、はるばる新宿まで遊びに行きました。F君は、AKB48で例えるならあっちゃん似です。おそらく読者の皆さんの想像を遥かに超えるほど似ていると思います。本人に言うと、いやいやいや・・・とものすごく謙遜してますが、似ていると思います。

さてさて、この日は12:00-13:00でウリ専に行っていたので、その後ぶらぶらショッピングをしつつ、せっかく新宿にいるんだからということで、ハッテンバも行っておきました。F君との待合わせは17:00くらいで、90分くらい余裕があったので、店内にいい人がいたら・・・というわけで、散策していました。ここのハッテンバは初めてだったのですが、奥のスペースはこのブログに記述できないくらいのすごい光景が広がっていました。えっ?こんなところで、こんなんしていいんすか!?くらいの何とも言えない淫乱な空間となっていました。で、バッチリ見てきたけど笑。

廊下のような細い道をあるいていると、長身のアジアンテイストな若めのイケメン君がいたので、サクッとして、それからF君ともちょこっとしておきました。F君は私より3つくらい年上ですが、体はすごく元気でした。見た目は童顔なのに、やりたいことは相当変態なことが判明したので、この次にあったときは、もっと恥かしがらせてあげようと思っています。多分、それくらいしてあげないと、彼も満足できない気がします。恥かしいことって意外と快感だったりするのかも・・・と最近悟り始めました。小学生の高学年の男子が温泉で全裸になるときに、発育期だから恥かしいはずなのに、一度脱いでしまうと興奮しながらも、その場を楽しんでしまうような感覚ですかね。