私は原発については、絶対に稼働すべきだという意見を持ってきた。
そして節電に対しても「反節電派」だと伝えてきた。
そこにはそれ相応の根拠があるし、
それについて長文をこのブログに書いた事もある。
こんな書き出しで紹介をしたいのが、この記事。
・関西連合、現実考え再稼働容認へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120531-00000301-fukui-l18
私は関西の首長が集まる関西連合が、関西電力に対して
「大飯原発の再稼働」について、なしのつぶてで猛然と批判をしていた
様子を見ていたが、
「現実的に考えもしない首長が多いな」と感じていた。
そう感じていて、数カ月が経って、やはりこの結果である。
そもそも、関西連合が大飯原発の再稼働を容認しなかった
理由は何なのか?
それは核廃棄物の受け入れの問題もあるだろう。
そして最大の被害につながる「メルトダウン」の事態を懸念する
といった事もあるだろう。
しかしそこには決定的に足りなかった、致命的な弱点がある。
「じゃあこの夏の電気は? 冬の電気はどうするんだ?」という議論。
原発を「長期的に停止させていく」事については、私も賛成だ。
しかしながら、既に原発に30%の電気を依存してきた電気業界の状況
について、代替出来るには「いくらお金がかかるのか?」、
「誰がそのお金を出すのか?」「いつになったらそれが出来るのか?」
そこの議論が決定的に足りていない。
私は安易に「原発反対だ。止めろ。」という人たちに、
常にその事を伝えてきたし、そこに具体性をもった説明を加えられる
様な人に出会う事も無かったわけだが、それは当たり前の事である。
我々は「原発の専門家」ではない。関西の首長も専門家ではない。
それ故、理論立てて「いつまでに何をして、いくらかかる」という事を
示せるような人はほとんどいないというのが現実的なところだ。
それならば・・・である。
現実的な選択肢としては2つしかないという事になる。
1つ目は、原発を全機停止して、電力が30%減る状態で生活をする
それも代替エネルギーでまかなえるようになるまでずっと。
という選択肢。
もう1つは、原発を再稼働させて、足りない電気量を補う。
例えば夏場など、電気使用量が増える時のみ稼働再開をし、
利用料が減った際には冷温停止をしていく。
という選択肢。
私は、現実的にみて、原発全機停止で30%の電気量減というのは、
リスクの方が多いと思う。
原発で電気を作らないという事は、石油や天然ガスで電気を作る
という事だ。国連の明石さんがイランの核施設への査察に応じた
進展ある交渉を伝えた事で、ホルムズ海峡封鎖の危険性は
若干薄らいでくれたとはいえ、石油や天然ガス依存度が高まる事
には変わりない。
それを長期的に原発稼働停止とすれば、依存度の高さを抜け出せない。
石油や天然ガスが日本で大量に採れるような資源大国の様な状況に
あるのならば、そこは懸念にならないが、現実はそうではない。
当然ながら、ほとんど全ての石油や天然ガスは「輸入」である。
つまりは「他の国の力で、電気を作らせてもらっている」という事だ。
石油や天然ガスに依存をするならば、日本人はより「謙虚」
じゃなければいけない。
そういう事を真剣に考えている「原発反対」の人間がどれぐらい
いるのか?
口で「原発反対」というのは簡単だ。幼稚園児だって出来る。
言った事に責任を持つというのは、幼稚園児では出来なくて、
大人では無いと出来ない事だと思うが、
大人レベルでも言った事に責任を持たない人間が多過ぎる。
そういう意味で、関西連合の首長には、反省と謝罪が必要だ。
「あの時は感情的な議論になり過ぎていました。
現実を見たら、経済活動の面も含めて、原発再稼働というのは
妥当な判断だったと思います。安易に反対と言った事については
反省をしています。」という一言が必要だ。
私は原発を止めない方が良い事については根拠をもってこの場で
主張をしてきた。一方で関西連合は根拠に乏しかった。
差は1点のみ。ちゃんと考えていたかどうか、根拠がある話として
賛成や反対の意見を示したのかどうか、それだけだ。
全ての問題をいっしょくたにすると、批判をされるかもしれないけれど、
批判覚悟で書けば、前のブログでも書いた事もみんな根底にある
問題は同じなんだろうと思う。
「考えられる頭があるか?」「考えてから発言をしているか?」だ。
・原発再稼働は問題だ。
・生活保護の不正受給は問題だ。
・議員年金の厚遇は問題だ。
「問題として取り上げる事」は、各マスメディアに限らず、
個人のブログ・ツイッター・フェイスブック等、非常に容易になってきた。
だが一方で、容易に問題として取り上げられるが為に、
その問題について掘り下げて深く考えたりという事をしないままで、
適当に発言をしてしまう、報道をしてしまうマスコミや個人が多過ぎる。
容易な問題提起はするのが楽だ。
容易な議論はするのが楽だ。
だが容易な、楽な方法には「深み」は無い。
結果、情報の質的な低下が起きているように思える。
人間なんだから・・・
考えられる「アタマ」があるんだから・・・
もうちょっと根拠をもって、その上で主張をするようにしよう。
そうじゃない、安直な発想や、楽に大衆受けするだけの発言ばかりだと、
結果、底の浅さが後に露呈する事になるし、それは結果多くの人から
失望を受ける事になるだろう。
もちろん自分だって「完璧」だとは思っていないが、
「情報を伝える側には責任がある」という事を、
ちょっとは考えて、その上でこのブログでは書いていこうと思っている。