4月2日、第6期始めの日だ。この日自分はいきなりの栃木出張だった。
今日4月3日、先方と一緒に茨城県大洗に「釣りに行く」計画があったが、
強風があって中止になった。そこで栃木から事務所に戻ってきたところ
である。
事務所に戻っていきなりブログ記事を書くというのは、
時間が昼だった事もあるが「書きたい」と思った事があるからである。
4月2日、私が栃木への出張に行く前、6:30~7:00頃だったと思う。
その時間にTBS系の「朝ズバ!」で「ホルムズ海峡」の話が
流されていた。
詳しく見てはいなかったが、恐らくは「これから石油の価格が上がって
いく」みたいなくだりで、その事を取り上げていたのだろう。
このブログを読んでくれている読者の数は相当に少ないだろうが、
私は過去のブログ記事で「ホルムズ海峡」を取り上げている。
http://ameblo.jp/dark-pon/entry-11159455922.html
記事を書いたのは2月8日の事だから、
今回朝ズバ!で取り上げた2ヶ月ほど前の事になる。
私は4月2日に朝ズバ!で流されていたその放送を見て、
「今頃???」という感想を口に出してしまった。
ここで大きく書いておきたいのは、
「マスコミによる情報操作は日々行われている」という事と、
「マスコミが大事だと思う情報と、実際に大事な情報には、隔たりがある
場合がある」という事だ。
私は新聞記事の、それもものすごい小さい字で書かれていた
一記事に「ホルムズ海峡」の事が書かれていて、それで事実を知り、
「極めて一大事で、非常に危ないかも知れない」と感じて、
話せる限り「原発反対と言うならホルムズ海峡の事を案じろ」と話して
いたし、「ホルムズ海峡が大変なんだ」とも伝えていたし、
ブログ記事にもしたのだが、
その頃の大手マスコミが中心に掲げた情報は、
「オセロ中島が出てきた出てこない」といった情報だった。
その新聞の小さな一記事を大事だと考え、
大きく報道をした様なメディアは無かった。
私は「オセロ中島の問題」について、重要でないとは言わない。
芸能界の中では重要だったんだろう。
けれど、ホルムズ海峡が封鎖されるかどうか、という事は、
国民全体の生活に関わる、極めて重要な問題だ。
それこそ本当に節電をしなくてはいけない一大事だ。
私は2月8日の時点で「危ない」と言い続けてきたが、
マスコミはのんきに他の事をトップ記事にしていた。
そして4月2日に至って、ようやくと「最近石油の価格が上がってきて
ますね、何でなんでしょう?」とホルムズ海峡の事を伝え始める。
こういった事実を踏まえて、このブログ記事に改めて書いておこうと
思うのだが、「情報というものは、何が大事な情報なのかを見極める事」
が本当に重要であって、そこをことさらに重要視しないといけないんだ
という事だ。
自分が将来の夢に掲げる「メディアリテラシー」というのは、
こういう事を言いたいのである。
「本当に自分にとって、クリティカルで重要な情報」というのは、
マスコミが提供をしてくれるものでも、スマホを見れば分かるものでも、
そういった類では無いものなのかもしれない。
それなのに多くの国民は、
「マスコミを正しい。マスコミから流れる情報が大きな情報で、
他は小事だ。」 その様に思っているふしがある。
そして日々満員電車の中でも、誰彼かまわずスマホの画面を見ては、
その情報に踊らされている。
そしてそういう連中に限って、ホルムズ海峡の事1つ知らない上に、
安直に「原発反対だ」などと言う。
私がそういう連中に聞きたいのは、「おたくらは石油が無くなってから、
石油が無くなった事実に気づいて文句を言うのか?」ってことだ。
そしてそういうレベルの危機感だと「ダメだ」と言いたいって事だ。
「石油が無くなってから文句を言っても石油は出てはこない。」
原発をダメだと言って、石油に頼って電気を作っている状況で、
「電気代を値上げするな」といってもダメだというのと一緒。
電気代値上げについては、確かに電力を供給する側の企業努力
の面で、大いに疑問を持つ部分はあるが、
その一方で、きわめて安直に「原発反対だ」と言っておきながら、
自分の電気代が上がる事については「嫌だ」というのは、
子供じみている。そしてそういう国民は極めて多い。
しかもそういう国民の意見となる様な報道を、連日マスコミがしている。
2月8日にそれを知っているのが「エラくて」、そうじゃないのが「ダメだ」
というのではない。そこは履き違えないでもらいたいのではあるが、
少なくともここに1人、2月8日の時点から「石油が危ないかも知れない」
と思って、それについて真剣に「危機感を持った方が良いよ」と
自分が伝えられる様な範囲ではあるけれど、伝えていた人間がいたと
いう事実を、その事実を「重く見てもらいたい」という事だ。
特にマスコミ関係者、「情報を発信する側の立場に居る全ての人間」
に対して、それを伝えておきたい。
私が何でこのブログ記事を書くのかと言えば、このブログ記事が
自分が「情報を受発信するホームページ制作」に携わる人間の1人
として、「情報の発信には責任が伴う事」を大事にしたいと思うからだし、
「情報の受発信」を簡単に出来るが故、その単純さや簡単さから、
「情報の受発信」を「軽く見ている人が多い」と思うからである。
「情報の受発信」というのは、その行為そのものは、
デジタル化によってこの先も「しやすくなる」行為だろうと思うけど、
「誰にどう受け止められるかが分からない」という意味において、
「極めて慎重に」「極めて真剣に」やらなければならない場合がある、
そういう事を、忘れてはいけないんだぞ、という事だ。
私がどう俯瞰で、出来るだけ公平に見ようと思っても、
多くの国民はその事を忘れて日々行動している様に見えてしまう。
今回の4月2日の朝ズバ!の報道で、その事を深く、
改めて心に刻んでいたので、それを書いておきたいと思った次第だ。
あともう1つ、この記事を書くに至ったのには、
たぶん電車の中で、伊坂幸太郎が書いている
「モダンタイムス」を読んでいたのも影響をしていると思う。
なかなか読みごたえのある小説であると思うし、
まだ下巻の途中でラストまで読んでいないけれども、
その中にも「情報の真贋(しんがん)」が取り上げられているのです。
この小説あたりを読むと、上に書いたような内容は、ひょっとすると
著者の伊坂氏が小説で伝えたかったかもしれない事と被るのかも
しれない、などと、ちょっと考えたりもしましたな。
未読だったら、この小説、オススメしておきます。