世間は3連休だったから、そういった事もあったんだと思うんだが、

原発反対デモに17万人が集まったらしいね。


テレビで「大江健三郎氏」や「坂本龍一氏」が、反対デモの中で

登壇して意見を言っていた様子をテレビで見ました。



はっきり言って、ものすごくガッカリしました。



私は大江健三郎氏も坂本龍一氏も、他の人には無いぐらいの

素晴らしい才能をお持ちの方だという認識をしていましたが、


今回の原発反対デモで話をしていた内容は、

全く建設的でも無かったし、すごく落胆をする内容でした。



私はこのブログ記事で何度も書いているのですが、


「原発に反対をする」のならば、対案は出さないとダメだ!

と書きました。


それは、原発によって電気を供給していくという計画は、

20年来の長期計画であって、その計画通りに日本は電力政策をとり、

すでに「30%」を原発から発電していた事実があるからであり、


本当に原発を無くしたら、少なくとも現状で言っても関西圏の方は、

電気が無い生活を余儀なくされ、経済活動もままならない状況に

さらされるでしょうし、それは全国的に悪影響を及ぼすでしょう。



その全国的な経済の悪化、生活の悪化と、

「来るかもしれない大災害にさらされて、原爆事故が起こって

しまったら」を想定して原発を止めるのとで、


どちらの方がより日本全体に問題が大きいかを判断した上で、

大飯原発は再稼働する事になったわけです。



「安全性が考慮されていない中で再稼働をするな」



それは理想論としては正しいと思うけれど、

今再稼働をしなければ、本当に電気は無いわけです。



だから原発に反対をしている人に対して聞きたいのは、


原発を止めたら電気が無くなるけど、本当に電気無しの生活で

良いんだね?って事です。



あのデモに参加する為に、どれだけの人が電車や車を使ったか。

電車や車を使う為には、必ず電気が必要なんですよ。

その事、理解しているんでしょうか?


車の方は、ガソリンしか使っていないじゃないかという人も

いるかもしれないけど、信号機の色はどうやって変わるのか?

踏切の遮断機は? ETCのシステムは?

と考えていけば、電気を大量に使っている事、分かりますよね。



本当に電気を使わなくて良いんであれば、

本当に電気に頼らない生活をして下さい。


原発に反対をするならば、電気を使わないで下さい。


現実的にいって、そんな事は出来ないでしょ。


それならば、「いつまでに原発を無くすかを考えようよ!」って会の方が、

よっぽど現実的で、建設的で、賢い集会だと思えるわけです。



私は大江健三郎氏も、坂本龍一氏も「識者」だと思っていますが、

おおよそあの集会での発言を聞くと、残念ながら、デモに参加をして

登壇をして影響のある発言をする場が用意をされているにしては、

そういった考えが無い発言に終始した様に見えました。



私は「原発を無くす事」に対しては賛成です。

それは長期的には、その方向で進むのが望ましい。


しかしながら、先にも書いた様に、20年来の計画を一気に転換し、

一気に0にした場合、多大な問題が発生します。


最大の問題は電気が無くなる事。


かつてのブログ記事に書いた「ホルムズ海峡封鎖」が小康状態を

むかえ、原油価格も抑えられたから何とかなってはいるものの、

原発を止めているが故の火力発電頼りは依然続いています。


この依存には、すごく危険が伴いますし、

それを20年前に議論をして、原発で発電をしていく方向で

話が進んだわけです。



何故そういった「経緯」を重んじず、感情的になるのかと言えば、

感情的になる程に、1回の事故の被害が甚大だったからです。



被害が甚大で感情的になる気持ちは大いに分かる。

だからデモに参加をしたい気持ちも分かる。



しかしながら、デモに参加をしたら問題は解決するのでしょうか?


私は、もっと建設的な議論が出来る様なデモならば大賛成だし、

問題解決にさえつながるかもしれないとも感じますが、


この間行われた17万人のデモについては、

「こうすれば原発なしでもやれるという具体性が示されなかった」

ので、問題解決にはつながらないと思いました。



せっかく17万人も集まっているのに、

かつ識者と思われる大江健三郎さんや坂本龍一さんを呼んでいるのに、

上の様な「建設的な議論をした方が良い」事を指摘する人も1人も

いないで、「原発を反対していきましょう!」「オー!」というような、

ただ感情的でしか無いやりとりだけをやっているのを見て、


それじゃあ、政治家は、国は動かないだろうな、と思いました。


残念。

タイトルが長いが・・・

このブログを見ているマスコミ関係者がいるのか?

と疑うぐらいのタイミングで、大津いじめ自殺に関しての報道の中に

「加害者の母親がPTA会長だった」なる記事を発見。


http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120716-00000004-sasahi-soci


「本当の被害者はうちの息子」だとかなんだとか、

ようやくと頭の狂った「我が子溺愛型の親」が登場してきたか………。



はっきり言おう。あなたが親だったからそういう子になったんだよ。



学校側や教育委員会が動かないわけだ、PTA会長の息子が

加害者なら。それほどPTAというものが、学校に対して力を

持っている時代だって事。


何かあればすぐに「学校の教育が悪い」という話になる時代だから、

その対応に追われて大変な学校は多くあると聞く。


今回の事例は、その典型かつ悪例という事ではないのか???



そして思う事は、前ブログ記事と同様に、

何故マスコミはそちらを先に取り上げなかったのか?

何故今更取り上げ始めたのか?という疑問。



みんなで学校批判や教育委員会批判をするのは良いが、

前のブログにも書いた様に、圧倒的に悪いのは、

「加害者自身とその親」だ。それ以外には無い。


それなのにも関わらず、あれだけ大々的に学校と教育委員会だけ

吊るし上げておいて、今さらこういう報道ですか………。


だからね、報道をする順番とやり方が違うって言ったじゃんか。


PTA会長にして、相当なレベルの低いアホウが、

今までどれだけの数、ほくそ笑んでいる事か………

考えただけで腹が立つでしょ。


このブログで多くの人に伝えたい事は、

「マスコミの情報は絶対じゃない」という事、

「マスコミの情報が大事な情報であるとも限らない」という事、です。


特に最近のマスコミは、私が見る限り、10年前よりも

「情報の取り扱いミス」が多いので、本当に注意が必要。


情報の受発信スピードが速くなった事の一番の弊害だと思う部分

なんだけども、その話をし始めたらきりが無くなるぐらい

長く書く事になってしまうので、これぐらいにしておく。

世間は3連休か………山の様な仕事もやっとあと1つというところ。

今日やればそれにもメドが立つであろう。


まあそれは置いておいて、世間をにぎわす2つの話題に対して

思う事でも、ちょっと書いておく事にするか。



1.小沢新党旗揚げ 等の政治の動きについて


相変わらずの体たらくである。茶番のようにしか見えない。

政党名が「国民の生活が第一」というのもふざけている。


「国民の生活が第一」というならば、私が前々から提案をしている様に、


・党に所属する議員は「無給で」仕事をする事

 あるいは、給与のうちの8割以上を被災地の救助のお金に充てる事


から始めたらどうだろうか。


そういった「自らの身を削る事」から始めない様な連中が、

軽々しく「国民の生活が第一」と言ってはいけないだろう。



今回の消費税増税については、

「財源そのものが無い」という、圧倒的に覆せない理由がある故、

私は法案には賛成である。


一方で多くの国民が反対をする最たる理由にある、

「まだ削れる部分を削りきっていない」という意見も正しい。


その意見は正しいが、しかし、削れるだけ削ったとしても、

今の制度で政治をやろうと思ったら財源としては足りないから、

依然として国債は発行しているし、やるといった事が出来なかったり

している。


根本原因としては「官僚政治」である事がやはり原因だが、

官僚そのものがその道のスペシャリストであるのに対し、

政治家から選出される大臣というのは、ある程度の知識を有していた

としても、官僚で実体を動かしている人間程では無いのが普通だから、


「政治家が官僚に対して、文句を言えない」 状態である。


民主党が「事業仕分け」等でやった事というのは、

上の「官僚が牛耳る事で、生じた無駄を解消する」為のものである。


そういう意味では政治家が官僚に対してモノ申した瞬間が、

あの事業仕分け等の活動だったのであるから、

だからこそ国民は支持をしたし、見ていて「爽快感」を感じた

事業仕分けであった。


ところがだ、事業仕分けをやったは良いが、

「そういう事ばかりをやるならば、自分達はおたくらの為には

動かないよ」と官僚がそっぽを向いてしまった。


だからスムーズに事が運ばない事が増えてしまった。


そうやって民主党は結局、官僚主導で進んでいく現場に対し、

刃向かってはみたが、返り討ちにあった様な状態にあると思う。



現在の民主党には評価を与えない人が大半だろうが、

自民党時代、官僚とべったりくっついて、利権を共に享受していた

事を考えれば、今はずいぶんとクリアにはなっていると思う。


ただし国家予算規模が拡大し続けるのは、

上に書いた様に「官僚が欲するから」であるし、

そこを根底から変える様な事が起きないと、たぶん

「国民の生活が第一」の政治にはなっていかないだろうな。



2.大津市いじめ問題 について


これはひどい。マスコミの煽りが非常に強くて、本質が見えない。


教育委員会や学校側の「何もしていない」感ばかりが

クローズアップされてしまっているが、


私は、最も悪いのは「加害生徒3名」であると思うし、

次に悪いは「加害生徒3名の親」であると思う。


そもそも中学生にもなって、人を傷つける様な行為が公然と

行われている事自体が「レベルが低い」のであって、

レベルが低いのは学校では無くて、加害生徒自身だ。


中学生レベルで、人を傷つけても何も思わない、

メール等で「死ね」と簡単に言う、その精神が異常である。

はっきり言って幼稚園からやり直せば良いし、

根性・性根が座っていない人間である。


今回の事を問題にするのであれば、

まずもって、その前提が無ければならないし、


しかもそういった人間を形成してきた外的要因になり得る、

その加害生徒の親が、どういった教育をしてきたのか、

という事の方に、大いなる疑問を感じる。


つまりね、私が最近の教育に対して思う事は、

「学校に教育を任せ過ぎている」事への疑問なんだよね。


今回の問題、何が一番の問題かと問われれば、それは

「加害生徒の倫理・道徳精神が完全に欠落している事」だろう。


そういった人間を醸成してきたのは「親の責任」だ。

特に「倫理観」や「道徳観」といったものを形成するのは、

学校だけでは出来ないし、家庭環境や、あるいはその家庭に

近い地域環境の方が大事である。


私がマスコミの側に属する人間であったとするならば、

間違いなくそちらにスポットを当てた形の報道をするだろう。


それなのにマスコミは、教育委員会の対応のまずさ、

学校側の対応のまずさばかりをクローズアップする。


今回の教育委員会や学校の隠ぺい体質というのは、

教育現場に携わる者としてのレベルとしては極めて低く、

人を教える資格が無いレベルの人間であると思う。


すなわち教育委員会や学校側の「教える側」にも、

今一度「倫理観」と「道徳観」の教育が必要に思えるし、

そこは指摘しても良い。


しかしながら、今回のいじめ自殺において、

「誰が最も悪いのか?」「どこが問題視されるべきなのか?」

のポイントは、大きくハズシた報道になってしまっていると思う。


圧倒的に悪いのは「加害生徒3人」で、

極論になるが、私は彼らに対しては「死刑」でも良いとさえ思っている。


中学生だからとか将来があるからという意見は出るだろうが、

根底にある倫理観や道徳観は、普通幼年期で十分に形成される

ものである。そこが無い様な人間は、人間として認めてはいけない。


そういうものが軽視されて、甘い考えでも良いという世間だから、

こういう「くだらない、レベルが低い事件」が起こってしまうのだ。


仮に死刑じゃないとするならば、彼ら加害生徒3人が、

今後どうやって倫理観や道徳観を醸成していくのだろうか?

それが刑務所の刑期でまかなえるのだろうか?


ましてや完全に少年法で保護されてしまう様な年齢だから、

刑期も驚くほどに軽いだろう。


今回の件で問題にすべきなのは、そういった事の方だ。

加害生徒が守られ過ぎてしまう事の方を論じた方が良い。



学校の説明会に参加した親が

「学校にはもっとしっかり説明をして欲しい」

「誠意が感じられない対応でしか無い」とインタビューを受けて

答えているような様子が連日流れているが、


そうやって教育の全てを「学校に頼る様な親」だから、

自分の子供の倫理観や道徳観が醸成されないのだと思う。


「いじめられている」事は知ったとしても、

「今度自分がその対象になるのは嫌」だから、口をつぐむ。


そんな事は私が学生の頃では考えられない対応だ。


「ダメなものはダメ」なのだから、その生徒を退学処分に課すなり、

親に対して「おたくの息子をちゃんと家庭で教育しろ」と指導するなり、

その様なシステムだったはずだが、


今は親側が家庭教育をないがしろにしているので、

教育上の問題はほぼ全てを「学校側の責任」としてしまうから、

学校側もそれをされたら困るので「世間体重視の教育」しか

出来ないようになってしまっている。


教育委員会が悪い、学校側が悪い、対応に問題があった、

という事ばかりを報じて、前提の「誰が悪くて起きた事件か?」

さえも、見えなくなる様な報道は、慎んだ方が良い。


はっきり言えば、

何で加害生徒がいまだに「のうのう」としているのか?

何で加害生徒の親が「貴方の教育が悪い」と糾弾されないのか?

すごく疑問であって、


今マスコミ側がああやって本質が見えなくなる様な報道を

続ける事で、私は加害生徒と加害生徒の親を、だいぶアシスト

している様に思える。


「今回の事件は教育委員会の不手際と学校側の不手際が

多分にある事件だから、加害者側に情状酌量の余地がある?」


「加害生徒も今の教育制度に巻き込まれた被害者である?」


そんな事には断じてさせてはいけない事件だと思うが、

このままの勢いの報道量だと、そういう「間違った、曲がった考え」

も普通に登場してきてしまいそうである。



私は大学時代マスコミ学専攻に所属していたので、

今のマスコミの報道体制に対して、ものすごく残念に思う。


マスコミはいつも「バカの一つ覚え」の様に同じことしかやらない。

それはその方が「ラク」だからだ。批判も浴びない。

そして異質な意見を書いたり言ったりして「叩かれる」事を嫌う。


でもそんな「自分たちの保身の為」の部分を先にして

報道をするなら、それはジャーナリズムの本質に欠けた報道に

しかならないと思うので、「報道をしない」方がよっぽどマシである。


今回の事件の一連の報道、本当に酷いね。

7月。早くも「13日の金曜日」である。

もうすぐ土曜日になるけど、書き出しは金曜日だよ。


7月4日に「7月12日までにサイトを作ってくれ」という緊急性の高い

依頼を受けて以後、ほぼ寸暇を惜しんで、このサイトの制作に

時間を充てていた…。


間に大幅な修正を挟みながらも、昨日無事サイトは完成。

質的にめちゃくちゃ高いものではないが、まあ見た目悪いものでも

無いように見える、そういった内容のサイトになった。


やっている事業内容が複雑で、私には全てが理解出来ないが、

依頼のまま、頂いた文章をWebへといった形で完成させました。


【作ったサイト、公開。 ジャン!】

http://executivepartners.jp/


私の技術はお世辞にも高いとは思わないし、

このレベルで1週間もかかるの?と言われてしまう方も

いるかもしれないが、見た目では分からない、

コーディングの部分も十分に配慮をして作っているので、

そのあたりは評価してほしいと思う部分もある。

※偉そうに書くほど、SEO対策について万全な形には

なっていないです。ゴメンナサイ。



さて、そんなサイト制作に注力せざるを得ない状況を経て、

例の「国関係の事業」の方について目を向けてみれば、


中心で動く事になっていた人と、国関連事業をやっていた会社

との関係が極めて悪化していた。修復不能レベルでビックリ。


木曜日に中心人物の方から連絡があって、その事態の半分を把握。

金曜日に中心人物と直接会って、ようやく全貌を把握。

納得する。


国関連事業をやるというのは、やはり一筋縄ではいかないようだ。

事態を聞いて感じた事は、やはり「誠実にやる事の大切さ」。


人間だから、自分にとって不利な情報だったり、

自分自身の評価が低くなってしまいそうな情報だったりというのは、

隠したがる気持ちは分からないでもないが、

そういう部分があると事業って成り立っていかないんだよ。


私の会社は極めて小さい会社なんだけど、

そこの部分だけは強く持ち続ける様にして動いている。

「誠実かどうか」「正直かどうか」「本音かどうか」というのは、

事業を行う上では極めて重要だから。


今回の国関連事業への取り組みは、おそらく無くなると思う。

国関連事業をやっている会社側に誠意が無かったし、

その事が分かってしまったから。

…それは残念だけど、一緒にはやっていけない決断になる。


ただし今回の経験で、私はまた一つ教訓を得たし、

自分の会社の反面教師として、今回の会社を見ることにする。



またおかげ様で、中心人物と深く関係をする資産家の方から、

本日色々と有難いオファーを頂いた。


常に誠実であった事に対しての、

「ささやかな」では無い、非常に大きなオファーである。


私はこのオファーの方を今後受けることになると思うし、

その事は、個人としても、会社としても、成長を遂げる為に

必要なオファーになるだろうと思う。


後先という意味では、一番後にはなるのかもしれない。

だけど常に誠実に仕事をしていれば、結局最終的には、

最も多くの利益が上がる様に、なっていたりするんだな。


その事を改めて深く感じる、そんな有意義な13日の金曜日になった。


そんなわけで、お待たせしてしまっていた会社の更新作業と

制作作業を、今日明日明後日で頑張って終わらせていくさ。

テーマ「パチンコ」の記事を久しぶりに書くが、
パチンコを打ってますという話ではなくて、今の業界の流れについて。

昨日仲間と会って立川の駅に寄る事があったのだが、
その立川の駅の看板に「マルハン昭島店」というパチンコ店の
広告看板があった。

そこにあった表示に「店内の空気を考えます。昭島店は全席禁煙。」
というもの。

これを見て私は非常に懐かしいと思った。

それは私が大学生であった10年前、就職活動をしていた時に
様々な職種への応募をし、その中の1つとしてあったのが、
「パチンコ店を経営している旧ダイエー系の会社」だったのです。

その就職の面接後のアンケートに、
「あなたがパチンコ店を経営する事になったら、
どういう斬新なパチンコ店を経営するか?」という設問があり、

私はこの質問に「全面禁煙のパチンコ店を作りたい」と答えたのである。

10年前は、喫煙している人が今よりもはるかに多かったし、
禁止をされるような場所もほとんど無い様な状況だった。
つまりは「喫煙者優勢の状況」にあったのだ。

ところが私は生涯に1度もタバコというものは吸った事が無いし、
学生時代からタバコの煙というものが非常に嫌いな「嫌煙家」だったので、

パチンコを打つ人の中にもタバコを嫌うような人はいるだろうし、
他にはどこにも無い「全面禁煙の店」を作れば、
タバコを嫌いな人でパチンコを打ちたいと思う人であれば入るだろう。
そしてそういう需要はあるだろう。と10年前の当時に答えていたのだ。

その答えを見た面接官の方からは、
「タバコを吸うという行為もパチンコを打って楽しむエンターテイメント
の要素の1つになっているから、禁煙のホールというのには
出来ないよね」という回答が返ってきた事を鮮明に記憶している。

確かにその時の自分は「納得」をした部分はある。
実際に自分がパチンコを打っていて、周りにタバコを吸っている人が
いれば、タバコを吸うという行為とパチンコを打つという行為が
セットになっているから。

でも10年前にどこにもなかった「全面禁煙のパチンコ店」を、
その時の面接官なり、その会社なりが面白いと思って
私が提案した当時からやっていれば、きっと今もその店が
「日本で初めてそういう風にした店」という評判を呼んでいて、
現在は人気店になっているんじゃないだろうか。とも思うのだ。

私をはじめとして「タバコの煙は嫌だがパチンコを打ちたい人」は
多く居る。そしてその数は、恐らくはその案が採用されなかった
10年前とは比較にならないぐらい増えているのだろう。

だからこその、大手パチンコチェーン店マルハンの
「全面禁煙店登場」なのである。


「先を読む」というのは、こういう事を言うのである。
私は会社経営者だから、この力が特に必要なのである。

そういう意味では、今回の全面禁煙店の登場という事象は、
1つ私にとって「勇気」になった出来事であった。