【戦跡を巡る旅】戦艦ミズーリ①【ハワイ・真珠湾】 | 双子と共に外食日記。

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ノリ(夫)双子と四人家族です。
外食&おうちごはん日記です。
たまに
ぴぴぃ(私の父)と、アンクル(私の弟)も出てきます。

やしの木ハワイ3日目やしの木

この日は、この旅行メインイベントです!
食べ物や、楽しい観光場所ではないので
興味のある方のみどうぞ。


ツアーバスに乗って移動します。
軍敷地内に入ります。

広い敷地に駐車してむかうのが

巨大な戦艦です。





大量の星条旗がお出迎え

戦艦の前には、アメリカの州旗が
掲げられています。
ハワイ州旗は、いちばん右端で
ユニオンジャックが入っているそう。

ハワイが正式にアメリカの州になったのが
1959年ということで(それまでは併合で準州)
1941年の真珠湾攻撃の時は
正式なアメリカ本土じゃなかったのですね。

大きすぎて

なかなか全体が写らない

巨大戦艦です。

早速艦内に入っていきます。


パンフレット

受付でパンフレットを貰います。
ここから、日本人ガイドさんが
説明しながら案内してくれました。

艦首と、砲台

砲台がでかすぎです驚き
これより大きい砲台があって
それが戦艦大和なのだそう。
どんだけでかいんだーーー!
下に置いてある弾丸を正確に飛ばすらしい。

黒い部分は、弾を発射した時
砲身に反作用する力を砲台内に吸収する部分だそう。

ディスコーンアンテナ

壁に描かれている地図と数は
クウェートの地図に弾丸のイラストと数
湾岸戦争の時に
戦艦ミズーリが発泡した砲弾の数だそう。
星のところが艦が活躍した場所だったかな?

何ヵ所か同じような壁画がありました。
弾丸数が違うので、一回の攻撃あたりなのかしら?

『降伏文書調印式』

                                                                    ※Wikipedia

ここで降伏文書調印式が行われました。

思ったより広くはないです。

日本の代表者達

ペリーが日本開国の時に掲げていた
昔のアメリカ国旗を博物館から
わざわざ持ってきて飾ったそう。
星条旗の星の数が
今と違って31州(現在は50州)分です。
演出がアメリカらしい。

降伏文書のレプリカ。
カナダの代表が間違えて一段抜かして下に署名した為に
カナダ以降が全員署名欄が違ってしまい
手書きで修正されたのが残っています。

マッカーサー元帥が調印式の時に降りてきた階段



海兵隊の副砲(下段)

カミカゼデッキへの案内

トマホークミサイルのバッテリーだったかな?
後方の箱形の壁をよくみると
トマホーク(斧マーク)のイラストがあります。
世界初、湾岸戦争の実践で使われました。
28発のトマホークミサイルが発射されたそうです。

矢印に向かって進んでいきます。

どんどん進みます。

向かった先は

カミカゼデッキ
神風特攻隊
零戦が衝突した場所です。

こんな少ししか凹んでいない…。

特攻隊の零戦2機が、戦艦ミズーリに特攻。
一機は海に打ち落とされ
もう一機が、舷側に衝突しました。
機体は炎上しましたが、爆弾は爆発しなかったそう。
パイロットの上半身のご遺体が
デッキで発見されました。

この黒い足跡は、水葬の参列者のマークです。

ミズーリの艦長ウィリアム キャランハンが
零戦のパイロットのご遺体を水葬にすると命令。
ミズーリ乗員の手作りの旭日旗でくるみ
パイロットに敬意を評して海に還されたそう。


つづく