先週、こどもと一緒にインフルエンザの予防接種を受けました。



かかりつけの整形外科と内科が一緒になったクリニックで、理学療法士さんと放射線技師さんもいるいい感じのクリニックです。




ご近所のクリニックの中で1番、インフルエンザの予防接種の料金がお安いのでここ数年お世話になっています。




大人3300円。こども2300円。

こどもは2回接種なので助かります。




他は小児科だと、こども4000円が相場なのかな?



予防接種で利益出さなくても、理学療法士さんのリハビリが盛んなクリニックなのでリピートの人も多いからかな?




予防接種は、内科の奥様の方で、先生が注射して下さいます。



それも丁寧だなと感じます。


看護師がするところも多いよね。





既往歴に乳がんと書いたので、『若いのに、大変だったね。抗がん剤はした?』って聞かれて、さらにやっぱりいい人だなと思いました。





抗がん剤はしなくて済んで、早くに見つかったからステージ1で済んだと答えました。




『なんで見つかった?』と先生に聞かれたので、きっかけは次女が幼稚園に入ったから看護師に復帰しようと思って。


幼稚園の近くの養護学校に面接に行ったら、胸のレントゲンを提出しなくちゃいけなくて。



『レントゲンにはうつらないでしょ?』と言われて、私、喘息もあるし胸のレントゲンあんまりきれいじゃないんです。


小さい印影は多分乳首だったと思うけど、念のため、乳腺外科と呼吸器外科にまわされて。




CTを撮りました。



『それで見つかったの?』



いや、違うんです。

何にも出なかったんです。




乳腺外科で、もうすぐ40歳も近いし、乳腺腺腫だと思うけど毎年検診がてら、診てあげるよと言われたんです。37歳でした。




しこりはずっとありました。

だけど、動きはあるし、硬くもなく、つるっとした面で、マンモの模型のしこりとは違いました。


19歳にはあったと思います。




次の年にも乳腺外科で検診がてら、エコーを受けたら先生が細胞診、今から取るね。と言ってきたんです。




だけど、結果は陰性。

病理医の先生は癌とは診断しませんでした。




細胞診をしてくれたヨボヨボのおじいちゃん先生には、オレは納得出来ない。あやしいと思った患者は帰さないとかなんとかいって、さらにぶっとい細胞診のやつを出してきて。





結局、それで乳がんの確定診断がおりました。





先生に納得できない理由を聞いたら、針を刺したときにカツンと当たって手ごたえがあった。

針を抜いたあとも、じわじわ出血して、結構圧迫しないとダメだったこと。




この、ヨボヨボの手が震えた白内障の乳腺外科部長は、関西でマンモグラフィを検診に取り入れた先生の1人と聞きました。





おじいちゃん先生は、レントゲンやマンモグラフィの技術が進むずっと前から、乳がんを見つけて、戦ってきた外科の先生なんだ。

そう思いました。





わたしは、ラッキーでした。

検診は40歳からだから、看護師じゃなかったらあと2年はそのままでした。



2年でステージは2に進んでいたかもしれません。






乳腺外科の部長にカルテをまわしてくれたのは、人間ドックの保健師です。


久しぶりに看護師に復帰する話をしていたので、週2日だけアルバイトに来てる腕のいい先生が今日いてるからカルテまわしたげる。





結局、手術はその病院ではしませんでした。

年間の乳がんの手術件数も少ないし、オペ室も1つと聞いたからです。




滋賀県で乳がんを診てもらうなら、県立総合病院か京都府立医大と先輩看護師に教えてもらいました。





県立総合病院のオペ室は、確か9部屋あったと思います。

私のオペは切除に30分。麻酔の前後で1時間。

1時間半で終わりました。





県立総合病院の部長の先生に紹介状を送ってもらいましたが、1年9ヶ月経過し、今、わたしはとても元気です。




傷は、再建もせず、全摘です。きれいな白色で、ひきつれもありません。




乳がんじゃなかったら、、、とか、手術がなかったら、、、とか。

今は思わないかな。



乳がんでも、生きていく。



乗り越えた自分を誇りに思ってる。