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七飯男爵太鼓創作会 BLOG

西洋農業発祥の地、北海道七飯町で活動する創作和太鼓の会
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朝から
秋を感じさせる雨がしとしと降っていました。
今日は敬老の日。
そんな記念日に
入居者さん17人のアットホームなグループホームにお招きいただきました。
この空間で太鼓の演奏をしても大丈夫だろうか…と少し気になったままスタート。
心配は始まりってすぐにうち消えていました。
入所者さんが聞き入ってくださり、手拍子で参加してくださったり…
最後は皆さまと一緒に終えることができました。
グループホームあいさん。実は男爵太鼓OBの中川さんが施設長をされており、この度ご依頼をいただきました。最後はご一緒に演奏することができ、古くからのメンバーは懐かしい思いでした。時がたっても、昔体にしみついたものはすぐによみがえります。


また、あいさんでは
石川啄木の朗読劇の挿入曲「あたらしき朝に〜君に与ふウタ〜」を演奏させていただきました。敬老の日ですから、聴いてくださる皆さまになにか感じていただきたくて……
終わったあとの職員さんの感想が心強ったです。
あいさん
本当にありがとうございました。

文:わかさあやこ


今日は、風も雨も日曜日な様子。どこをみても青空。

秋もお休みなのかなと思うような日。

青い空に黄色い田んぼのじゅうたん。くっきりと輪郭がわかる山。

大野平野がおだやかでした。

到着すると職員さんがせっせと会場準備をしています。

今日はグループホームさんのおまつりの出演…なはずなのに

地域の方も子供たちも会場準備をしていました。

入居者さんとご家族さんが集まり始めて

北陽祭は始まりました。



グループホームさんのお祭りなのですが、地域の秋祭りといった印象を受けました。

昨日ゴスペルをうたっていた施設長さん。今日は挨拶と写真撮影と走っていました…その顔は笑顔で場が和みます。

今日も新しいお囃子を持ってご利用者さんにも太鼓に触れていただきました。

手拍子が踊りになり

踊りが踊りを呼び…

時間が平成はじめの盆踊りまでさかのぼったような気がした令和のはじめでした。

北陽さん、ご縁をいただきまして本当にありがとうございました。



これは8月の終わりのこと。
空は青いのに、秋を思わせる風が日よけのテントを吹っ飛ばすような勢いでお祭りを歓迎していました。

利用者さんの合唱で始まったぽぽろ祭に今年も呼んでいただけました。

出番を待っていると、今度は雨がお祭りを歓迎に…。

職員さんがブルーシートを持ってきてくれて、来賓の方々が席を太鼓に譲ってくれてテントの足を抑えて守ってくださいました。

おかげで出番の時にはおひさまが温かく迎えてくれた、そんな秋の始まりでした。



今年は子供たちがたくさん太鼓に集まってきてくれました。

子供たちのキラキラした目に

太鼓もうれしそうな音で返事をしていました。

出演後には、手作りのラーメンや唐揚げなどをおいしくいただき、ダイナミックなゴスペルを聞きながら笑顔と音楽のパワー改めて感じました。

またあした…無事に明日が来ますようにと願ったぽぽろ祭。

今年もお声をかけていだいて

本当にありがとうございました。

 

9/21開催文学の夕べ

「後輩ケンジへ、石川啄木拝〜賢治命日に贈る、笛と太鼓と歌の手紙〜」は、

おかげさまをもち、【定員】に達しました。

お申し込みくださった皆様、ありがとうございます。

 

 

 

 10/12「石川啄木物語」は、まだお席がございます。

こちらも、お待ち致しております。

公演のお知らせ

<和太鼓朗読劇「石川啄木物語〜君に与ふウタ〜」>

10月12日@函館市文学館

 

「歌はわたしの悲しき玩具」「おれは死ぬ時は函館へいって死ぬ」・・・

そう書き残した歌人、石川啄木さん。

手紙、日記、詩歌を紡ぎ、和太鼓朗読劇として届けさせていただきます。

函館市文学館。直筆原稿のおそばで、ひともじ、ひともじをひろいます。
 
  やまひある 獣のごとき
  わがこころ
  ふるさとのこと聞けばおとなし

 

  遠くより笛の音きこゆ
  うなだれてあるゆえやらむ
  なみだ流るる

 

その笛の音は、どんなでしたか。
 
にんげんにも、根っこがある。
でも、引き抜いて生きる、さだめがある。
 
引き抜けないでしまった
心のさきっちょが、
ふるさとの土のなかで呼ぶから
涙が流れて、とめどない。
異土の土の上で
枯れそうな心を、潤してくれるのも、その涙。
  
啄木さんの歌や、手紙や、保存してくれと言い残した日記は、

その時は、自分のため、友のために書かれたものだったかもしれません。

でも、それは、いのちある誰かに、伝えたかった、わたしたちへの語りかけであるように思えます。

 

26歳で世を去られましたが、
いのちあった頃の1秒1秒を、歌にされました。
その走馬灯に、目をひそめたく存じます。

お待ち申し上げております。

光をあててくださり、ありがとうございます。
赤松街道沿い、男爵いも発祥の記念碑の前を通る時、

車の中からで失礼ですが、いつも頭をさげてご挨拶をいたします。
今日もひとつ、よいご報告をできそうです。
 
1月の七飯公演、2月の宮城公演。

この歴史とあゆみに携わられた多くの方々、

先輩方に、どうかお見守り頂けますように。(りさ)

 

宮城公演の稽古について、ご紹介くださりました。

大変有り難く存じます。

「農」ということが両町での公演をむすぶキーワードになりました。

道外での上演、ここで生まれた物語、喜びをもって準備してまいります。

 

記事はこちらでもご覧いただけます。

 

<【七飯】北海道ニュースリンク>

http://hokkaido-nl.jp/article/13249

 

 

 

地に足をねばりつけなくては、人も立っておれない。
大太鼓まで吹き飛ばす、浜風に驚いた。
空を埋める、大漁旗、かもめの聲。

 

第38回しかべ海と温泉(いでゆ)のまつり。

和聲アンサンブル・リオ5名、初構成での演奏でした。
  
造船界のリーダーだった龍吉男爵も歓びそうな
海文様の舞台に立って、
故郷を讃えて生きる方々の誇りに会って。
 
本当の恵みとは何だろう、
デパ地下やコンビニに無い何かが、会場にあふれていました。

その中で歌った和太鼓合唱曲「われゆく先に」。

”口の泡より腕の汗”。龍吉の、民衆への呼びかけの歌。

 

タオルを巻いたおかあちゃんたちや、

日に焼けたばあちゃんたち、作業着のおじちゃんたち・・

この歌の風景が、見えました。想像ではなく、目の前に。
   


スタッフの方々も、気づけば誰かそこに居て、

運搬や誘導や、休まず手を貸してくださいました。

音響さんもMCさんも
いいステージにしよう!と笑顔で言ってくださり。
実家に里帰りしたような、そんな、なつかしい気持ちにもなった。
 
駒ケ岳にひっついてくらす家族兄弟として、
これからも、よろしくお願いいたします。
 

鹿部の盛田町長さん。

これからもよろしくお願いいたします。

去年大沼学園公演にも来てくださり、有難うございました。

 

七飯に帰ってくると、

駒ケ岳、

洗濯したての白い旗を振って

いつもの横顔で、待って居てくれました。

 

りさ

りさです。

先週に遡りますが、
今初めて担当させて頂いた「異世代音楽交流会」。

 
みなさん、初めての太鼓体験にもかかわらず、
本当に素敵な演奏でした。
ご参加くださった皆様有難うございます。
またこのような空間をもてますよう願っております。


講師として、師匠とご一緒した中で学んだこと、
参加者として、若輩年齢側として学んだこと、
さまざまありました。

 
世代を意識した交流と、
世代を意識させない交流、どちらを選ぶかという選択。
   
三昭先生からのプレゼント曲「相心(おもいみる)」の演奏。
過去の青年亡霊たちと明るく行進するような感覚になった。
始まりを作る、という歓びと覚悟、なくしてはならない歓びと覚悟。
    
参加者のおばあちゃま、演奏後のご感想。
むかし、神さまと仲がよかったころの村まつりを思い出した・・とのお話。
「神様と仲がよかったあの頃」ー
簡単な一言、でも私には、
決して見つけられない言葉だった。
  
その記憶あってこそ選ばれる一言の表現。
その瞬間に、個人が個人であることの尊さに打たれます。 
ひとつでも多く聞いていきたい、そのような言の葉・・。
  


当日、定員をこえる方々とご一緒できたこと。
函館市文化スポーツ振興財団さん、
函館市公民館さん、ご参加のみなさん、
フォローくださった男爵チーム。本当に有難うございました。

   
そのまま夜は、定期練習。
三昭先生に、
七飯男爵太鼓創作会のご指導をいただきました。
アイドルのように軽快なステップを踏んでしまう前に、
田んぼの泥の中を歩くような経験をしたい、
こどもにさせたい。ーそう思いました。
今後もどうか、よろしくお願いいたします。

 

函館新聞さん、有難うございます。

 

北海道新聞さんも、ありがとうございます。

 

七飯男爵太鼓創作会の会名は、
男爵いもの父・川田龍吉に因みます。
 
男爵という称号は、龍吉がお父様から継承した爵位。
日銀総裁をつとめられたお父様(川田小一郎氏)が、
日清戦争の戦費調達の功績を認められ、授けられたものでした。
 
けれど龍吉は、受け継いだ爵位を、
自ら育てた「おイモ」に継がせていった。

 

 

わたしたちの バチの刻印は
-Peace Drums Action from Nanae- 

 

大切な事、握りしめていたい。