北斗市当別「侑愛荘」さんにて楽しい時間を過ごしたあと、
私たちの会名の由来「川田龍吉男爵」の足跡をめぐりに行きました。
車で5分、当別農場へ到着。
(この土地を受け継がれた木村正夫様や、関係の深かった方々が、
男爵亡き後、使われなくなった牛舎を整え、昭和53年から長きにわたり、
私設「男爵資料館」として開放。*数年前より無期限の休館)
50代で、函館ドック重役を退職。
その後の事業の拠点になった場所。
男爵自ら土地を開拓・開墾し、たてた牛舎や倉庫群。
当時は、牛40頭あまりが飼育され、
畑では、男爵いもを含む多くの作物を栽培していたそう。
この農場内の自邸にて、帰天ー95歳。
奥様、娘様、息子様のもとへ旅立たれました。
静かな敷地内へ進むと、牛舎の前に、お車が。
男爵資料館の守り人であり、男爵博士でもあられる、
東松さんが作業をされていました。
忙しいそうですが、昨日は草刈りにいらしていたということ・・。
突然お邪魔したにもかかわらず、優しいご対応をいただきました。
(記念撮影用に!と、持ってきてくださったハット。
子どもたちは、ここに来た思い出を頂きました。)
龍吉男爵は、自らデザインした作業着で、
夜の灯りが灯るまで、この場所で汗を流されていた。
その姿は「ロビンフット」を思わせるものだったそう。
「此処に集いし 我が朋よ・・・」
われゆく先に の歌詞と、風景が重なりました。
曲と歌を納めに、仲間と改めて参りたい旨、
心の中でお約束し、農場を出発しました。
そのまま、トラピスト修道院へ。
ソフトクリームで有名な売店。
その隣に立つ「聖リタ教会(当別教会)」。
龍吉男爵93歳の時、洗礼を受けた場所でした。
演奏する時に、
この一つ一つの風景の中に、
心の中で立ちたいと思います。
守ってくださっている方々がいるからこそ、
いまでも、触れることができます。
七飯男爵太鼓創作会は、今から40年前、
青少年有志の力を束ねる地域団体として誕生しました。
七飯が男爵いも発祥地であることにちなみ、ついた会名。
その初代の願いに応え、和楽器の音を通じて、
故郷に潜むドラマと、絆を結んで参りたいと思います。
機会をいただいたゆうあい荘さん、改めて、ありがとうございました!