「断捨離して、西久保さんはなにが一番変わりましたか?」
というご質問をきっかけに、このブログを書いています。
経緯につきましては、こちらのブログをご覧ください。
↓↓↓
50代の断捨離:第1話。
今日は第2話です。
50代からの断捨離。
『断捨離しながら見つける
自分の変化~10のステップ』
具体的に、自分の中では、こんな変化がありました。
行動の変化と、心の変化です。
- 場面ごとの意図
- 小さな目標設定
- いただく心
- 喜捨の心
- 自分の軸
- 暮しの美意識
- 尊敬の念
- なんとかなる
- 大きく廻す
- 世界への目
今日は、いただく心と喜捨の心ですが、
まずは「いただく」。
そして「喜捨」です。
いただく心
まずは、いただく心。
私たちは、つねに、いただくのが先なのです。
..........
私がいまこうしてブログを書けるのは・・
生きているから。いのちをいただいているからです。
動く手をいただいている。
考える頭をいただいている。
断捨離トレーナーの公認を、提唱者やましたひでこからいただいている。
ただ、それを当然といいますか、ふだんはまるっきり意識していないという感じなのですよ・・・。
この感覚もね、モノを捨てながら気づいていったんです。
冷蔵庫や食品庫にいっぱい「いただいている」食品や食材。
クロゼットにはみだしているほどの「いただいている」服やバッグ。
靴箱もおなじこと。
本棚もおなじこと。
自分で買っていると思っているけれど、じっさいには、いただいているモノなんです。
まさに、モノを手離すことを通して、本来はいただいているばかりだと感じました。
このことに気づいて、いまでは、家の中のモノは、すべて自分の一部に近いと感じました。
つまりは愛着があるのです。
余談ですが、写真とかおみやげ、人形が捨てにくいのもそこに原因がありますね。
モノに、いのちがやどっているように感じるから。捨てづらいのです。
ただ、その感覚が強くなってしまうと、「執着」になりますから要注意。
執着は、怖いですね・・・。
うらめしや、につながると、やましたひでこも話していたとおもいます。
仏教でも、執着(しゅうじゃく)は苦しみをもたらす原因になっていると言われているそうですよ!
いただいている。
ということは、自分のものではないのです。
だから、いつか、感謝のうちに、きちんと手離さないとね、って思います。
喜捨のこころ
喜捨(きしゃ)。
これも実は仏教の用語で、ほどこす。
それも、喜んでほどこす。
惜しむことなく、喜んで金品や大切なものを手離していくことを意味するようです。
...........
捨てるのが惜しいときは、これは「喜捨」だとおもうようにしました。
さきほどの、いただく心とセットで。
たまたま、私が、幸運にもいただいて使ってきたモノの数々だ。
いまが手離す時だ! と執着することなく、感謝して手離せていったのです。
それでも、本とか、母の形見の服とかはね、辛かった・・・。
ただ、本がなくても私の知識には変わりないし(また見れば思い出すし)、母の形見の服がぼろぼろになったり、ずっとクロゼットの片すみにあってひっそりと静まり返っているのであれば、逆に服が・・・ひいては、母(の服)がかわいそうだとおもったんです。
私が着るのだったら、供養になると思うけど、ただ、取っておいているだけ。執着しているのでした。
わずか、0.1秒で、母の笑顔とか記憶は思い出せると気づきました。
服がなくてもね。
このプロセスは、やましたひでこから「しっかりと、とむらってあげようよ」「誰にも着られることなく朽ちるのは逆に不憫だ」とハッパをかけられて、背中を押されたことも大きいです。
いただく心を味わってからの喜捨。
スッと背筋がのびて、さわやかな風に吹かれるような、モノとの付き合い方と感じています。
..........
これからも、私が断捨離を通じて体験した/体験している10のステップについて詳しくお話しします。
これらのステップは、単なるモノの処分ではなく、自分自身を再発見する旅だと気づきました。
幸せになる意思から始まり、小さな目標設定を育て、さらには社会への貢献まで、さまざまな行動と意識の変化が詰まっています。
50代の断捨離。『断捨離しながら見つける、自分の変化~10のステップ』
どうぞ、リラックスして、お付き合いくださいね。
断捨離オンラインセッション
10のステップをお読みくださっている方限定で、期間限定の無料セッションをお届けします。
断捨離についての疑問や悩みをオンラインで一緒に解決していきましょう。
30分間の無料相談を通じて、あなたの断捨離の一歩をサポートいたします。
この機会に、ぜひご利用くださいね。
先着10名さま
断捨離無料相談~オンラインで30分
今期は終了しました。ありがとうございました。