営業における、職人技って
先日、MP3プレイヤー(という呼称であってる?)を新調しました。
ハードディスクタイプのものは重いし、これまで使っていたフラッシュ
メモリータイプ?のものは軽くていいけどいまいち容量が少なくて、
頻繁にコンテンツを入れ替えるなんざ、絶対にしない、そのくせ飽きる、
でもめんどくさいからやっぱり入れ替えたりしない、でも飽きる・・・
というサイクルになるのが、この数年の運用実績で判明していたから。
と、いうことで、長い斯く斯く然然の後、予め、自分が欲しいのは
メディアを入れ替えたりする、昔ながらのウオークマンタイプのやつ!
と心に決めて買いにいったのでした。
フロア内にずらりと並んだ各メーカの沢山の品揃えの中から、目的の
ブツは、すぐに見つかりました。なぜって、何百も居並ぶプレイヤーの内で、
たったの2種類しかなかったから。
後は、その2つの機種を並べて、どちらを買うか決めるだけです。
・・・しかしこれも、あっさりと決まってしまいました。なぜってそのうちの
1種は、やや大きめで、それは避けたいスペックの一大要因だったから。
こうなると、後はレジまで持っていくだけなのですが、すぐにそうせず、
グズグズとしていたのはあまりにもあっさりと決まってしまって、
この物余りの時代に少しの迷いを楽しむ隙もなかったことに、少し
興ざめな思いがあったからです。
私「メディア入替えタイプのプレイヤーって、これだけなんですよねえ・・・」
店員「ええ・・・」
私「・・・ ・・・ ・・・」
店員「・・・ ・・・ ・・・」
私「これって、○○円なんですよねえ?」
店員「はい・・・」
私「・・・ ・・・ ・・・」
店員「・・・ ・・・ ・・・」
私「も、もう少し、安くなったりはしないですかね?」
店員「いえ、これ、緊急値下げしたばっかりで、これ以上はもう・・・」
私「ですよね・・・」
店員「はい・・・」
この状況下では、私が買うべきプレイヤーは、ただ一つであり、値段に
関して不満があったわけでもなかったけど、すぐに「買う」と宣言
しなかったのは、これに決めて良かったと、もう少しはっきりと意識した
かった、そのために、店員さんに少し背中を押してもらいたかったからでした。
結局この店員さんは、私に何かをアピールすることもなく、ただ大人しく
私の意志が固まるのを待つばかりでした。が、しかし。そこへ通りがかった
その機種の製造元、メーカーの営業さん!
営業さん「これはいいですよ~。どうしてだかわかります?」
営業「他のタイプだったらね、○○でしょ、でもね、これだったら△△・・・」
営業「私もね、使ってるんですよ」
私「えー。いいのはわかるけど、それってやっぱり、自社製品だからです?」
営業「違いますよ!自社だからって、そんなに安くなったりしないですから!」
営業「だってね、ほら、私なら、○○○○ってこんな風に使ってて・・・」
私「ふーん。いいかも」
営業「でしょう?もしこういうタイプがいいなら、これは間違いないです」
まあ出るわ出るわ、立て板に水のごとく。
おかげさまですっかり気をよくして買いにいきましたさ、そりゃ。
いいえ、もう、わかっていたんです。その営業さんが通りかかり、店員さんが
その営業さんを呼び止めるのを目で追いながら、
”ああ、この人はきっと私の背中を押してくれる”
”きっとすっかり気をよくして買っちゃうことになるんだろうな”
というのが、会話の前に、既に想像できていたんです。
ずっと営業系の仕事をしてきた私にとって、その方の、振り返ったその瞬間に
私というターゲット客と目が合った瞬間に見せた笑顔とその風貌からして
職人だな、と思わせる術は、見事なものでした。製品に詳しいこと、そんなのは
あたりまえ。どうやって使うか、使うとどんな楽しいことがあるか、詳しく説明できる、
そんなのももうあたりまえで、そうではなくて、「買う」という一連のプロセスをいかに
演出できるか、そんなことが、私にとっては営業のプロ、と呼ばせる職人の技
なのでした。
そういえば、前職でお世話になった社長も、こんなことを言っていました。
「気持ちよく買わせてあげるのが、お前の仕事だ」
正しく、それが営業の仕事だと思うのです。
・・・でもやっぱりそれも、好みなんですかね。
そういう接客はウザイ!という人は、やっぱりいるんだろうな。
モチベーションをキープし続けること
社外からとある問い合わせがあった時のこと。
その問い合わせに対しては、他部署のプロセスを経る必要が
あり、結局最終的な回答を用意するのに一週間以上も時間が
かかった。途中、部署間をたらい回しになったことも、その要因
のひとつになった。
私がこれまで働いてきた環境では、そんなことは許される話では
なく、”あり得ない”話。それが商談であれば尚更のこと。そんな
ことがあれば、上司からも当然叱られるし、自分自身、2、3日を
経過した時点で「もうダメだ…」と思うだろうから、他部署に回さず
自分で徹夜してでも終わらせていた。
だけれども、そういう話をしても、共感が得られるのはやはり
中小規模の組織で働いていた人が殆どで、大規模組織の人には
あまり共感されない。実際、今回のやりとりを通じて、経過を都度
報告していた上司にも、何も言われなかった。プロセスが無事、
次に移ったことに関してだけ、「うむ」とは言われても、時間に
ついては何もなし。敢えてこちらから投げかけても、特にコメント
もない。むしろ、何をそんなに慌ててる?とでも言われかねない
空気だった。
そういえば、対応時間○○以内、などという目標値も聞いたことが
ないし、測定しているという話を聞いたこともない。ちなみに以前の
会社では、24時間以内、というルールがあったと記憶している。
これが大企業だ、と言えば確かにそういう面もあるのでしょう。
その一件がたとえ消えてなくなったとしても、明日のキャッシュが
なくなるわけじゃないし、そもそもプロセスを細かく分けているの
だから、まずは自分の領域を早く通過させて、次の部署へきちんと
早く仕事を渡すことに専念しろ、と言われれば、まずはそれが
正しいのかもしれない。
いや、たまたま私が知るサンプルではそうだけれど、大企業と
言われる組織の中にも、自社の効率性以前に、社外へのアウト
プットが前提とされ、その上で社内のプロセスが効率的に組まれて
いるような会社があるのかもしれない。
しかしながら今の環境下で今回の事をこうして振り返ると、なぜ、
中小企業で働いていた時に大企業をコンペの相手にしながらも
勝てたのか、提案中、顧客に「うちは、小回りがきくような会社の
方がいいから」となぜ言われたのかも実感として理解できる。
とは言え、違いを理解するだけじゃなくて、もしこうした部分に
メスを入れたいと自分が思うなら、結局自分自身が出世でもして
変革していかないとダメなんだろうな、とも思う。
組織の中でのし上がる、とか、出世する、とか、成功する、といった
場合に必要な要素っていくつかあるのでしょうけれど、最近の私の
一番の関心ポイントは、
”モチベーションをいかにコントロールできるか”
ということ。これができているかできていないかで、大よそが決まる
ような感触があります。
残念ながら今の環境では、「ああいう人になりたい」というロール
モデルをまだ身近に見つけることができていないので、尚のこと
自分自身としてどうなのか、というのが問われる気がします。
”お取り扱い注意”ですね
ほとんどない私には、貴重な情報収集源である中吊り広告。
「芥川賞発表 受賞作全文掲載」というのが幾度か目に入ってきていて、
やっぱり気になって買ってしまいました。文藝春秋三月号。
受賞作は、川上未映子さんという方の作品でした。
作品そのものの批評は、プロの批評家におまかせするとして、
川上さんご自身による”受賞のことば”は、すっと自分の中に入ってきました。
「言葉とそれが指し示すものとのあいだに横たわる断絶」
まさしく私も数十年来、感じていることです。
この感触について、川上さんは
「とてもいらいらするし、大変だし、それでもやっぱり何もかもがもうそれだけで
いいと思ってしまえるくらいにそれは時に鮮やかに発光するのだから、
言葉というものはたまらない」
非常に絶妙な表現だと思いました。
言葉は、真でもあり、偽でもあり、あくまで概念でしかないんだろうけど、
それでも人と人との関係性をつなぐのが目的だとすれば、それはとても
効率的なツールです。
効率的、とはいっても、ツールとして何万年?もの間に人々の手により洗練
されるなかで、言葉そのものも発達してきたわけで、その人がどういう言葉を
使うかで、同じことを言わんとした場合にも、受け手に与えるイメージは、表現の
数とほぼ同じくらい、いろんなパターン、可能性があると思われ。
ツールは、それを使う人を選ぶ、というか、本来的には、慎重に扱わなければ
と思う類のものですね。