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Mr.ツイてるシーズン2

笑えば幸せやってくる



7月も半ばになると

ダンサー陣は振付もできてきて

形が見えてきた


これをどういう形で

見せようか!

市役所近辺の広場の

1箇所にとどまって踊る案、

場所を変えながら踊る案、

パレードしながら踊る案等々

様々な案が出る中で

いずれにしろ音を出す山車が

必要だろうと言うことになり

車のレンタル代、

山車の装飾、

当日のオペレーションも含めた

音響機材一式、発電機等

見積りをとり

合算すると約100万円くらいになった


ダンサー陣に良い環境で

踊って欲しいから

比嘉、七瀬達は寄付集めに

奔走する


とにかく市内のあらゆる団体、

ロータリークラブ、ライオンズクラブ、

青年会議所の例会で時間を

とってもらい、

DAT'sのコンセプトを

説明して賛同してもらい

寄付をいただいた!


まだ、どうなるかも

わからない物に

嫌味を言いながら

渋々寄付する人や

俺は寄付しないよ!と、

きっぱり断る人もいた

比嘉はムッとくることもあったが

一生懸命踊りを覚えている

ダンサー達のため!と

グッとこらえた



おおむね応援してくれる人が多く

なんとか目標額に近づいた



足りない分は

比嘉のクライアントから

協賛を頂いた



こうして山車制作の目処がたった






つづく













本番は生歌だけど

振付の練習用に

Shyuh先生のレッスンスタジオの

録音機材をお借りして

歌入れを行った!


ボーカル陣は皆14歳〜17歳で

結構夜遅く、といっても

18時くらいに終わり

Shyuh先生も一緒に

ファミレスでご飯を

ごちそうしていた


19時30分頃になったとき

ひとりの女性が血相変えて

こちらのテーブルに近寄ってきた


「○○ちゃん、すぐ帰るわよ」

「まだ、中学生の女の子を

こんな遅い時間まで引っ張り

回して、何を考えてるの」と

Shyuh先生と比嘉に

凄い剣幕で詰め寄ってきた


2人は平謝りに謝り、

なんとか落ち着いてもらい

女の子を連れて

帰ってもらった


食事も早々に切り上げ

他のボーカル陣を

自宅まで送り届け

比嘉は帰路についた



青少年健全育成を

コンセプトに

してるのだから

配慮すべきだった

と、

ふかく反省する




つづく














伊野尾とは同じ歳で

渋谷の広告代理店で

知り合い意気投合し

バンドを結成した


彼はドラムを担当

新宿、渋谷のライブハウスで

2年間活動した


バンドを解散して

山形に帰郷した後も

上京する度に

会っては当時の話で

盛り上がっていた




伊野尾は数年前に

インディーズレーベルを

立ち上げ、何組かの

アーティストを抱え

CDもリリースしていた

いわば、ビジネスとして

音楽をやっている

業界人である


そんな伊野尾にダメ元で

時間も予算もないことなども

含め事の経緯を話した


彼は

「比嘉ちゃんわかった

本来ならアレンジは

最低でも1曲30万円からだけど

特別に10万円で受けるよ」

と言ってくれたので

20万円の出費は

痛いとおもったけど、

時間もないので

お願いすることにして

楽曲を預けた。




後日届いた

オケは素晴らしい

出来上がりで、

さすがだなぁ!と

感心し

スタッフからの評判も

上々!


本番は生歌だが

振付の練習用に

4曲の歌入れに

入った!








つづく













Cチーム用の楽曲は

先出のミュージカルで

お世話になった方から

作って頂いた曲に

比嘉が詞をつけた


もう一曲、

全体で踊る楽曲として

♫夢を描いて♫を

比嘉は作詞作曲する



いつものように

剛田にアレンジを

お願いしたのだが

七瀬が剛田に対して

悪気なく

「ギャラないから作った曲を

CDにして売れた収益をギャラに

してください」と言った一言に

剛田が怒った!


剛田はお金は二の次にして

比嘉の気概と彼との

長年の付き合い

そして

DAT'sのコンセプトや

町づくりの一助になれば

という思いで協力していたのに

プライドが大きく

傷つけられ、

去って行ってしまった



さぁ、あと2曲のアレンジを

どうするか!

もちろん予算もないし

もう6月で時間もない!


早く仕上げて

振付をしないと

8月11日のひがしね祭

本番に間に合わない!


そこで

比嘉はかつて

東京で音楽活動をして

いた時のバンド仲間

伊野尾 順に

連絡をする!



つづく





















200人を越える人数を

収容できる

練習場所を確保するのに

行政マンの七瀬を筆頭に

スタッフは東奔西走した


毎週日曜日、

Aチームは9時から1時間、

Bチームは10時から1時間

Cチームは11時から1時間


今週は

山形市内スポーツセンター体育館

来週は

東根市内スポーツセンター体育館

その次は

企業の体育館

市内学校の体育館・・・などなど



今週はあっち、来週はこっち、

みたいな感じでダンサー達も

毎回違う練習場所に

不満が出てきたところに

七瀬が、

地元にある

某ビールメーカーの

ホップ倉庫を定期的に

借りられるように

交渉してきた!



学校の体育館並みの広さに

駐車場もあり、

多少ホップの匂いがきつかったが

会場確保に奔走しなくて

よくなったので

貸してくれたビールメーカー

には感謝です!



固定した練習場所も

確保できたため、

日曜日午前中の時間に限らず

平日夕方からの練習も

可能になったことから

振付も格段に進んで行った。

がしかし

まだ、チームに対する楽曲が

あと2曲必要であることは

比嘉の念頭にあった。

早急に創らねばと

思っていたところ

ちょっとしたいざこざが

起こる




つづく