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本書は、学校における国旗、国歌の指導がどのようになっているのか、そのありのままの姿をまとめたものです。
国旗・国歌について反対する教員の反対は根強く、どの学校でも正しく実施するのが困難になっています。
公立学校校長の3年間の闘いの記録です。
国旗・国歌は学習指導要項で指導することが義務づけられているにもかかわらず、目の色を変えて反対する教員たち・・・・・
とにかく驚きました。
こんなに酷いとは思いませんでした。
国旗・国歌に反対する動きの根底にあるのは左翼のイデオロギーです。
日本の左翼は天皇とともに歩んできた日本の歴史や日本の形を忌み嫌い、日の丸・君が代を天皇に結びつくものとして忌避しています。
左翼イデオロギーにかぶれているのは、ほんの一握りの教員なのですが、この人たちの発言力や行動力に多くのほかの先生は巻き込まれてしまっているのです。
日本人でありながら、日本を象徴する国旗・国歌に反対すること自体がおかしなことです。
日本の成り立ちや歴史、そして天皇と戦争について全く理解していないがゆえに起きることです。
教員の思想の自由は許されますが、それを組合運動として学校に持ち込む行為は許せないものです。
その教員たちの態度と行動は異様です。
校長の言うことにほとんど耳を貸さず、
自分たちの言い分だけをただ繰り返し、
職務命令にも服さない、
相手を思いやることもなく、
謙虚になることもなく、
何ひとつ学ばない、
病的にも思える執拗な抗議と妨害行為、
普通の企業であれば、こんなことしたら即刻クビになります。
でも、それを断罪できない公務員制度、校長の権限のなさ。
著者の校長はストレスで体調を崩して、定年を1年残して退職したそうです。
同じようにストレスを抱え早逝した校長も多く、さらに校長の自殺者まで出ているのが現実です。
すべてが狂っています。
著者は、その原因は戦後教育によるものだとしています。
戦後の教育は、戦前のわが国を全否定することから始まりました。
日本の今までの歴史を黒く塗りつぶして、生徒たちに教えたのです。
こうして育った子どもたちが先生になって、国旗・国歌に反対し愛国心を嗤う貧しい精神が引き継がれてきたからなのです。
教員は学校を卒業したらすぐ学校に先生になるため、学校で受けた教育の営業をもろに体現するとしています。
僕が感じるのは、自由や権利ばかりが主張されるようになり、当然あるべき尊敬や威厳、規律が失われていることです。
子どもは自分の権利を主張し、保護者は子どもの自由を主張しています。
そして、教員は思想を主張しています。
学校基本法よりも、学習指導要項よりも、自らの基本的人権である思想の自由を声高に主張しているのです。
生徒や保護者は教員を敬って、教員は校長を敬い、指導を受けるという、当たり前のことが行われていない。
だから、国家を敬うという基本が行われないのです。
みんなが自由で、みんなが権利を主張しているだけです。
そんな無法地帯の学校は誰もまとめることなどできないでしょう。
とてもまともな教育は出来るとは思えません。
権威や威厳のない社会は制御不能です。
規制や強制のない自由や権利は学校を、そして日本も破壊してしまいます。
でも、学校だけで起きていることではありませんね。
今の政治も同じく無法地帯です。
政治家は自分の利権を守ることに必死で、節操もなく、威厳もない。
国の中心にいて、国に一番責任のある人たちが、責任をとらない、この体たらくです。
そして、今の政権与党である民主党を支持母体のひとつは日教組なのです。
この日教組こそが、本書の左翼教員の裏で糸を引いているのです。
皮肉なものですね。
権威主義は、なるほど社会の進歩、個人の自主性の自覚にともない衰退するであろうが、人間が権威から解放されると信ずるのは、人間の本質を知らないからである。
人間は、いかなる時代になろうとも権威から解放されることはない。
権威は人間生活の支柱である。
―――国体学者・里見岸雄
目次
第1章 「職場民主主義」の実態
第2章 背後に潜む政党の影
第3章 国旗・国歌法が制定されても
第4章 それは指示か、職務命令か
第5章 相も変わらず懲りない面々
解説・櫻井よしこ そしていま、私たちは、民主党政権の誕生を見た