人は人を救いたいとも思う 「死刑」 | フォトリーディング読書感想文

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死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う/森達也

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「死刑は隠されている」


死刑確定囚は家族と弁護士以外は面会を許されない。
外部との手外のやりとりも禁じられる。
もし家族がいなければ、死刑確定後は誰にも会えなくなります。
その理由を法務省は、死刑囚の心情の安定を保つためと説明する。

人と会話をさせないこと、コミュニケーションを取らせないことが、
心の安定に結びつくと法務省は本気で思っているのでしょうか。



死刑執行を知らされるのは、当日の朝です。
その日の朝にいきなり言い渡されて、その1、2時間後には処刑される。
毎朝の恐怖は凄まじい。

なぜ処刑を直前にしか知らされないのか。

死刑囚に自殺されると困るからなのか。
死刑囚は殺されなければならないからなのか。


◎死刑に立ち会った刑務官は感じています。
個人的な意見はあまり言いたくないけど・・・・やっぱり殺しているという意識はありました。
仕事だからという割り切りはできなかった。・・・

◎死刑囚に立ち会った教誨師は壊れました。
だから・・・・そのとき僕は、たぶんどこか壊れたと思う。
それは今も感じる。・・・・・あの執行の日以来、何かが壊れました。
そうとしか思えない。
たとえば車を運転しながら、何の脈絡もなく涙が流れてくることがあるんです。

◎確定死刑囚は出来ることをしたいと思っています。
私は確定死刑囚であり、執行まであと半年ぐらいと思われます。
そのため残すところ、時間はもういくらもありません。
犯罪は自分の意思で「やめよう」と決意するのはなかなか大変です。
外部からの圧力で「もう悪いことはよそう」とさせる以外にないのです。

「恨みと復讐」だけの世の中にしないためにも、加害者は被害者の苦しみを知り、被害者側のためにも、謝罪や被害者弁償をする努力をしなければならない。
ですから私に出来ることを何かしたいのです。

このような話はなかなか聞こえてきません。

死刑のこと、死刑囚のことは隠されているのです。


◎山口県光市の母子殺人事件の被害者遺族である本村洋さんの言葉です。
「犯罪被害者が声高に死刑を求めている」からではなく、
「社会全体が漫然と不安である」から死刑は廃止できないのではないのだと思います。

日本は先進国の中で殺人事件は圧倒的に少ない。
年間800件程度である。
死刑になるのはそのうちの11件、わずか1.3%です。

世界では、死刑制度を廃止する国が増えています。
しかし、日本では死刑制度存続支持率が80%を超えています。


日本はどうして死刑を選ぶのでしょうか。


一方で、日本の自殺者は先進国(OECD)の中で第1位です。
年間の殺人での死者は800人に対して、自殺での死者は3万人です。

死亡という括りでは、自殺も他殺も同じです。

日本は、「不安」な国なのです。

社会の仕組み自体に問題があるのではないのでしょうか。
マスコミの興味本位の報道と扇動・・・・

日本人は「死」を真剣に見つめていない。


◎最後に著者は言います。
僕は彼を死なせたくない。
なぜなら彼を知ったから。会ったから。会って話したから。
自分が出会った人が、言葉を交わした人が、やがて殺されるかもしれない状況を前にして、
それを仕方ないと肯定することは僕にはできない。
これは論理ではない。情緒とも少し違う。
敢えて言葉にすれば本能に近い。

人は人を殺す。でも人は人を救いたいとも思う。
そう生まれついている。

僕は彼を救いたい。

死刑囚にふれたからこそ出てきた言葉です。


「命」は大切なのです。

きっと、「どんな命」でも。



この本を読んで感じました。




目次

プロローグ
第一章 迷宮への入口
第二章 隠される理由
第三章 軋むシステム
第四章 元死刑囚が訴えること
第五章 最期に触れる
第六章 償えない罪
エピローグ