今回の記事は、前回記事の「裏側」で、その「リブログ」となります(「元の記事」もぜひ、ご覧ください)。
上り「かがやき502号」(JR西日本「W7系」/「敦賀-金沢間」)。
(2024年3月17日公開。「敦賀開業一番列車」。途中、「越前たけふ」、「小松」にも停車)
上り「はくたか560号」(JR西日本「W7系」/「敦賀-東京」全区間)。
(2024年6月8日公開)
「えちごトキめき鉄道 妙高はねうまライン」(旧「信越本線」)「妙高高原-直江津間」前面展望映像。
そのうち、私自身は今回、「上越妙高-直江津間」に乗車しています。
(2025年8月29日公開)
JR信越本線「快速」、「直江津-長岡間」前面展望映像。
(2024年8月30日公開。 *今回、実際に乗車した列車です)
下り「とき319号」(JR東日本「E7系」/「高崎-新潟間」)。
(2023年1月14日公開。 *今回、実際に乗車した列車です)
上り特急「しらゆき2号」(JR東日本「E653系」/「新潟-新井」全区間)。
(2025年7月16日公開)
下り「はくたか555号」(JR東日本「E7系」/「東京-金沢間」 *「敦賀延伸前」)。
(2021年2月9日公開)
下り「かがやき507号」(JR東日本「E7系」/「大宮-敦賀間」)。
(2025年8月8日公開)
(*記事中のすべての動画は、説明のため、お借りしているものです。
また実際に乗車の列車、車両とは、一部異なります)
「えちごトキめき鉄道(略称「トキ鉄」)」公式サイト
「国内旅行(鉄道・航空)」がテーマの記事一覧
さて...
というわけで今回は、「前回記事」の「裏側」ということで書いてみたいと思います。
私自身、「長岡の奇跡」と呼んだ、「あの夏(1997年8月)の一連の出来事」は、いまでも、「振り返るに値する」と思うもので、前回の「9月27日」には、どうしても、行程に組み込むことは出来なかったものの、「近いうちに、必ず行っておきたい」との思いから、今回、「実現」にまで、至ることとなりました。
しかしその際、やはり「ネック」ともなるのが、「北陸新幹線開業」により「分断」されてしまった、「(旧)北陸本線」、「信越本線」、「羽越本線(「白新線」も含む)」、「奥羽本線」からなる、いわゆる、「日本海縦貫線」...。
「前回記事」でも少し触れているように、「在来線の直通列車」があったころには、新潟県長岡市まで「(最速)約3時間半」の上、もちろん、「在来線の料金」でもあったことから、「現在」と比べると、まだまだ、「気が楽」なところがありました。
現在では、新幹線によって「分断」されただけではなく、「直通」となっていた、従来の「直江津駅」(新潟県上越市)とは別に(離れたところに)、新たに、「上越妙高駅」(同)が「誕生」(2015年3月)したことにより、さらにその2駅間の移動も「必要」となったことなど、やはり、「ここがネック」と、言わざるを得ない状況となっています。
「特急列車」がない時間帯には、「快速(普通)列車」で移動するしかなく、「長(遠)距離旅行者」にとっては「大きな負担」となる上(だからこそ、「しらさぎ」、「サンダーバード」は、「区間短縮」でもまだ、「生き残って」いる...)、また、そのためゆえ(だけ)に「宿泊」しなくてはならないとなると、さらに大きな「負担」ともなるため、「直江津以遠」は、本当に、「遠くなってしまった」という感があります。
しかし今回は、そうした「悪条件」を、「跳ねのける」に充分な「動機」でもあり、
「わずかな時間でも、日帰りで行けるなら、それに賭ける」
ということから、「もうこれしかない!!」という行程を、まさに、「実行」することにしたのです...。
とにかく、まだ荷物の少ない「往路」では、上掲の動画にもある、「直江津-長岡間」の「快速」(直江津駅9時22分発、長岡駅10時25分着)に乗るのが「ベスト」で、福井駅を6時32分に出発し(「かがやき502号」)、金沢駅始発の「はくたか554号」(7時19分発。上越妙高駅到着8時22分)に乗り換えるという「答え」は、すぐに出ても来ました。
「上越妙高駅」までの「新幹線特急料金」は、「通し」で計算できるので、「直通」でも「乗り換え」でも「同額」ですが、その後、長岡まで「在来線特急」を利用すると、「別料金」ともなるため(「乗継割引」も廃止された...)、その「合計」が、いかに「高額」になるかも、容易に想像いただけるのではないかと思います。
(「所要時間」は、「約30分短縮」ですが、「乗り換え」と「本数減」のため、「不便」なことには変わりありません...)
...というわけで、「定刻」に、「新幹線福井駅」を出発した私ですが、「もう、すっかり慣れた」とは思うものの、「東京」という「行き先表示」や、この日、この「かがやき502号」(福井駅6時32分発)に入っていた、JR東日本の車両、「E7系」の車内チャイム「TR-12」(上越新幹線と「共用」)を福井で見聞きすると、やっぱり、ちょっとした、「ワクワク感(気分の高揚)」を覚えますね。
JR東日本E7系「TR-12」と、JR西日本W7系「北陸ロマン」。
(ちなみに、金沢駅で乗り換えた、「はくたか554号」は「W7系」でした...)
(関連記事)谷村新司さんの曲、「北陸ロマン」についての記事
「9月27日」は、久しぶりに「東海道新幹線で往復」を選んだため、福井駅から、「金沢・富山方面」の「北陸新幹線」に乗車するのは6月以来ということになりますが(「福井以南」では、その「9月27日」も含め、「3列車」に乗車しています)、「今回」は特に、その、「北陸新幹線フリーパス」を利用した「Day3」(6月12日)以降で初めて、「糸魚川駅」を越え、新幹線で、「JR東日本エリア(上越妙高駅)」にまで、入ることとなりました。
(参考)「6月12日」についての記事(「まるぴ・ハニー」...笑)。
糸魚川駅到着直前に、やはりその「まるぴ・ハニー」(ゴメンナサイ!!...笑)を「しっかりと確認」(爆)してから、「各駅停車の新幹線(はくたか)」では、本当に「久しぶり」となる、その「上越妙高駅」へ...。
「JR西日本」と「JR東日本」の「境界駅」となる、「北陸新幹線上越妙高駅」は、駅自体は、「JR東日本の駅」となっていますが、「かがやき」は「全列車通過」となるため、乗務員の交代は、すべて、「長野駅」で行なわれています。
(「上越妙高-長野間」の、「区間運転」の上り列車、「はくたか596号」だけは「例外」で、「JR東日本」による運行です)
「新幹線」では久しぶりの、その「緑色の駅名標」が、「新鮮」にも感じられた、「上越妙高駅」...。
「かがやき」は停車しないとはいえ、「在来線時代」の特急停車駅、「直江津」、「高田」、「新井」、また、「妙高高原駅」までの乗客を、「一手に引き受けている」という感もあって(駅は、その「高田駅」、「新井駅」の、ちょうど「中間」にあります)、やはり、乗降客は、「多い」という印象を受けました。
今回は、「乗り換え」のためだけとはいえ、「行き」と「帰り」で、この「上越妙高駅」を利用したわけですが、この駅で降りたのも、実に、「10年ぶり」ということになりますか...。
「前回」は、「北陸新幹線金沢開業」の2015年、「4月8日」に、長野からの「帰り」で利用して以来ということになるでしょうか。
「直江津駅」にしても、同年8月5日に利用したのが「最後」で、それ以降は、「通ってすらいない」はずです...。
(行っていたら、「記事」にも書いているはず...)
元はやはり、(「新青森駅」などと同じく、)「脇野田」という、「中間の小駅」に過ぎなかった、この「上越妙高駅」。
「新幹線開業前年」の2014年だったか、一度見に行ったこともありますが、本当に、「立派な駅」に大変身したと思いますね...(私からすると、やはり、「不便な立地」とは思いますけれども...)。
その「上越妙高駅」から、「在来線」である、「えちごトキめき鉄道 妙高はねうまライン」(旧「信越本線」)の「普通列車(各駅停車)」に乗って、「直江津駅」に移動ですが、その直江津駅に、新幹線駅の「併設」が叶わなかったのは、長野から、「北陸方面」へと向かう際の、「ルート(線形)上の問題」にもよるものです。
(ここで大きく、「方向を変える」ため、「東京駅停車時」と、「北陸の各駅停車時」とでは、「車両の向き/座席位置」が「逆転」しているようにも、感じられるのです...)
「単線区間」のため、途中、上越市の中心駅、「高田駅」にて、上り列車との「行き違い(交換)」がありましたが、この日は「土曜日」ということもあり、「ラッキー」なことに何と、「トキ鉄」の運行する、「国鉄形観光急行(455系&413系電車の「混成」車両)」がやって来ました!!
JR西日本より「購入」したというこの車両、2021年7月4日より、「土休日」(一部を除く)に運転されていますが、こちらは、その「運転初日」の模様です。
(私自身は、今回は乗れませんでしたので、その点では「アンラッキー」でしたが、もともと、「北陸線急行列車」から、「北陸線普通列車」で使用されていた車両で、「日常的に利用していた」こともありますから、まあ...)
*現在では、「急行券(料金)なし」で、「乗車出来る」そうです...。
詳しくは、「公式サイト」をご覧ください。
「直江津」から先は、先述のように、JR信越本線の「快速」に乗車し、「長岡」を目指すわけですが、途中、「犀潟駅」までは、新幹線開業の「直前」(2014年、または、2015年初めごろ)、最後に、「在来線時代」の特急「はくたか」(「北越急行ほくほく線」経由、「越後湯沢」方面)で通過してもいる「はず」ですが、そこから、「柿崎」、「柏崎」方面となると、いったい、「いつの日ぶり」のことになるのか...。
今回、「長岡駅での下車」は、たしかに「28年ぶり」だったと思いますが(「乗り換え」だけなら、それ以降にも、「1回」くらいはあったかも...)、実際、この線路を通ったのも、最後に「青森」(「行き」「帰り」とも「寝台特急」)へと行った、2005年10月以来ということになるかも知れず、また今回、ひと足伸ばした「新潟駅」も、「廃止直前」であった特急「(旧)白鳥」で、2001年1月、羽越線「鶴岡駅」(山形県鶴岡市)、また、「酒田駅」(同酒田市)まで行ったとき以来ということになるかも知れません。
「海辺の車窓」が、(「トンネル」の多い)直江津以西よりも「楽しめる」と言えるのが、この、信越本線「直江津-長岡(柏崎)間」ですが、これまでは、その行程上、「夜行での通過」が圧倒的に多かったこともたしかで、あの、「碓氷峠」(「横川-軽井沢間」)同様、「もったいないことをした」と思うことしきりでもあります...。
やはり「ロングシート」が中心の「2両編成」で、利用が少ないのかと思いきや、長岡駅に近い、「来迎寺駅」以降は、乗客も格段に「増えた」ので、「別の意味」では「安心」もしましたが、「長(遠)距離旅行者」としては、やはり「指定席」があった方が、「安心」とも思います。
いずれにせよ、「柿崎駅」にしても、「柏崎駅」にしても、またそのほかの「各駅」にしても、本当に「久しぶり」で、「懐かしい」とすら感じられました...。
そして、「長岡駅」...。
「巨大な駅ビル」のためか、「耐雪構造」のためか、一見、「地下要塞」にも感じられる「在来線ホーム」ですが、この駅もまた、訪れるのが「28年ぶり」ということで、やはり、「浦島太郎状態」になりました。
「接続」する「快速」新潟行きを「遠目」に見ながら(「別のホーム」だったので、ちょっと乗り換えが「不便」そう...)、「改札階」へと上がりますが、「以前の駅」は、もはや、思い出すことすら出来ませんでした...。
「駅」と、「駅周辺」がよく分かる動画も見つけました...(2023年8月7日公開)。
(冒頭に出て来る「ぽんしゅ館」へも行きましたが、「この時点」では、ただ「立ち寄った」だけでした...)
長岡駅「大手口」のバスターミナル(「越後交通」)は、昔とそう変わっていないのか、「長岡市立劇場」へのバスも、昔、電話で「案内」された通りの、「10番乗りば」で変わっていませんでした。
目の前のビルは、元の「イトーヨーカドー」(現「Dia Plaza 長岡」)で、たしかここで(「新星堂長岡店」 *現存しません)、やはり昨年亡くなられた、「セーラージュピター」篠原恵美さん(1963-2024)の「CD」も購入したのだと思います。
篠原恵美さんについての記事(2024年9月11日付け)。
目指す「長岡市立劇場」は、駅からバスで、おおよそ「10分」のところにありますが、この日はちょうど、12時30分から「(地元の)イベント」があった模様で、「多く」の人が集まって来ていました。
「バス」を利用されていた方も、「大半」が、そのイベントに向かう人たちだったようですが、本当に、「次から次へ」と、人が押し寄せるその様子に、私自身はと言えば少々、「複雑な思い」に駆られることしばしでもありました。
(あまりの人の多さのため、しばらくは、入口に近寄ることすら出来ませんでした...)
バスは、10分少々で「折り返し」てくるため、そのまま駅に戻ることも「可能」ですが、せっかくここまで来たのですから、せめて、「隣接」する、「長岡市立科学博物館」(「さいわいプラザ」内)へは、立ち寄ろうかと思いました。
「長岡市立科学博物館」公式サイト
「時間調整」には「最適」なところだと思いましたが、「真剣に見る」となると、やはり、もう少し、「時間がほしい」ところでもあります...。
帰りのバスが少し「遅れていた」こともあり、ちょうど入場が落ち着いていたころの「市立劇場」の入口へ行ってみました。
建物自体は、2004年10月の「新潟県中越地震」、2007年7月の「新潟県中越沖地震」の後、「修復・リニューアル」が行なわれたものですが、私自身は、智ちゃんのために「ここ」に集った、あの、「1997年8月29日」に思いを馳せ、見つめていました...。
「あの日」、帰りのバスは、それなりに「混んだ」ものでしたが、「そんなこと」も、本当に、「良い思い出」として、思い出されますね。
また、「直江津駅」(駅前すぐの、「ホテルハイマート」さん)にしても、「長岡駅」(「池田屋」さん)にしても、本当は、「駅弁で有名なところ」でもあるのですが、今回は「縁がなかった」のか、残念ながら、両駅の駅弁を口にすることは、出来ませんでした。
そして、28年前に訪れた際、「次に来たときにはぜひ、悠久山公園に」とも思っていたのですが、それは今回も、結局果たされることなく、終わってしまいました...。
その長岡駅から先は、こちらも、本当に「久しぶり」となってしまった、「上越新幹線」に乗車します(13時22分発、「とき319号」)。
たぶん、「高崎-新潟間」は、「北陸新幹線開業」の2015年3月以降は、「乗っていない」と思います。
もうそんなに「長い間」、乗っていないというのは、少し「意外」にも感じられますが、「新型コロナ禍」もはさんでいますから、やはり「そんなもの」なのでしょう。
「長岡駅新幹線ホーム」は、やはり長年、「風雪に耐えた」ということもあってか、「北陸新幹線」の各駅に比べると、いささか「古びた」という印象は否めませんが、現在ではそこに、その「北陸新幹線」と「共用」の、「E7系」がやって来るのです...。
現在は「2面2線」という新幹線ホームは、将来の「羽越新幹線」開業のために、その「反対側」も使えるように、スペースが「確保」されてもいるのですが、まだまだ、「見通しが立たない」ようでもありますね。
現在、「議論」もされているようですが、北陸新幹線「上越妙高駅」から、この「長岡駅」までは「約70km」。
ほぼ、「福井-金沢間」(「大宮-高崎間」)くらいの「距離」で、「ここがつながれば...」とも、私は思うのですが...。
「新潟駅」までの乗車は、実は、智ちゃんのライヴが終わった後にも、「思い立って」、急きょ、「実行」したことでもありました(「今回」は、最初から、「予定」に入れてあります)。
当時は、新潟駅発「最終」の夜行急行、「きたぐに」(22時16分発)という、「奥の手」があったからこそですが、そのような時間から、帰る方向とは「逆」の新幹線で、「新潟駅」に向かうなんて、「現在」ではもう、考えられないことですよね。
しかし「昔」は、この「きたぐに」があったおかげで、「新潟」でも、「山形県」ですらも、1日を「フル」に使えて、「日帰り」すら、「可能」だったのです...。
「新潟駅」までは、「各駅(燕三条)停車」でさえ、やはり「21分」の乗車に過ぎないことから、「コンビニの軽食がやっと」ではありますが、とりあえず、ここで「昼食」は済ませました。
「何から何まで懐かしい...」
そう思っていると、新潟駅でも、やはり、「浦島太郎状態」に...。
(2023年8月13日公開)
本当に、「約四半世紀ぶり」とはいえ、近年、さらに「再開発」が進んでいるとあって、駅構内は、それこそ、「まるで迷路」...。
「脱出ゲーム」かとも思うくらいですが、とにかく、「出口」、「改札口」が「東西南北」とある様子は、ちょっと、「札幌駅」にも似ているイメージで、ホント、「東京駅」より「分かりにくい」かも...(←「大げさ」?)。
「西改札」の方に出た私でしたが、とりあえずは、「指定席券売機」で、「入場券」を購入。
あわせて、初めて新潟駅を訪れた、1991年8月25日にも立ち寄った、「新発田(しばた)駅」(新潟駅から「27.3km」)までの乗車券を、特急「いなほ」の特急券とともに、「記念」として購入しましたが、新発田駅までだと、「経由」が「白新線」にしかならないので、いかにも「東北」を感じさせる、「羽越線」を入れたいがため、その先の、「中条(なかじょう)駅」(新潟駅から「40.4km」)までの乗車券も、「こども」用のきっぷで購入することにしました。
今回は、新潟駅を16時25分に発車する、特急「しらゆき8号」(「新井行き」)が「タイムリミット」であったため、実際には、新発田駅はおろか、「もはや、一駅たりとも動けない」状況でもあったのが、本当に、「とても残念」でした...。
しかし、せっかく「新潟」まで来たからには、せめて、「萬代橋(ばんだいばし)」(「国指定重要文化財」。指定以前は、「万代橋」とも表記)を渡り、「古町」までは「行きたい」と思いました。
最初に新潟市を訪れた際には、「新潟港(「佐渡汽船」乗りば)」まででも、「歩いて行った」ものですが、さすがにもう、それは「無理」というもので、「雨」も降って来ましたし、時間も「わずか」しかありませんからね...。
ここは迷わず、「バス」を選びました。
本当に、「行ってすぐ帰った」感じにしか、なりませんでしたけれども...。
しかし、それにしても新潟は、「日本海側有数の大都市」だと思いますが、昨今の、「インバウンド」による「オーバーツーリズム」により、外国人旅行客であふれかえる金沢に比べると、やや、「人が少ない」ようにも感じられました(あくまで、「私見」ですが...)。
そしてやはり、「新潟駅」では「こちら」へ...。
(2025年8月26日公開)
もともと、「越後湯沢駅」構内のお店として紹介されていて(「元祖」?)、それで私も、「下車」して訪れたのが「最初」だったのですが(このことから、「越後湯沢駅(「CoCoLo湯沢 ぽんしゅ館」)」のことを、私は、「東のワンダーランド」と呼んでいます)、現在では、先の「長岡駅」、そして、この「新潟駅」にもお店があります。
以前は、この「唎酒番所」、「1銘柄につき、専用コイン1枚」だったと思うのですが、「現在」では、「コイン2枚」、「コイン3枚」という銘柄もあったため、結局、「2セット(500×2=1000円)」頼みました。
まあ、「毎度」のことながら、もはや「醸造酒」ではなく、「蒸留酒(ウオッカ)」という、「40度」ある銘柄をまずいただいたのですが、これが、「コイン2枚」だったかな?
「ぽんしゅ館」公式サイト(新潟駅) *他に「長岡駅」、「越後湯沢駅」もあり。
そんなこんなでもう、「帰り」の時間となってしまい、本当に、
「あわただしいこと、この上ない」
という感じだったのですが、この「復路」は、先述の通り、16時25分発の特急「しらゆき8号」から、「上越妙高駅」にて、「はくたか571号」に乗り換え、さらに、「富山駅」からは「かがやき513号」という行程で、福井駅到着は、「20時21分」ということになります。
「上越妙高駅」では、乗り換え時間が「8分」しかなく、「もし遅れたら...」と、少々、「ヒヤヒヤ」もしましたが、しかしそれも、「杞憂」に過ぎませんでした。
「新潟駅」の発車ホームは、すぐ隣りが「新幹線ホーム」で、「羽越線」の特急「いなほ」の場合、「そのまま」、乗り換えられるようにもなっているようです。
辺りは、すっかり「暗く」もなってしまいましたが、やはり、新しくなった「高架ホーム」から発車というのは、特急「(旧)白鳥」や「雷鳥」、「北越」、また、急行「きたぐに」の時代からすれば、まさに、「隔世の感」といった感じがしました。
「新津」や、「東三条」などといった駅名も、私にとっては、とても「懐かしく」響きますが、それだけに今回、「駆け足」となってしまったのは、何とも「残念」です。
「駅弁」は、「鮭の焼漬弁当」、「焼漬鮭ほぐし」、「まさかいくらなんでも寿司」を購入しました。
いずれも、「新発田三新軒」さんによる駅弁で、その名の通り、かつては、「新発田駅」にもお店がありました。
「新発田三新軒」さん公式サイト
この後、「富山駅」でも、「ますのすし」「ぶりのすし」を購入しようと思って、「富山乗り継ぎ」にしたのですが、「反対側」の、「上りホーム売店」(「改札内唯一の店舗」。20時まで)では、すでに「売り切れ」...。
やっぱり、「欲ばりすぎ」はいけませんよね...(苦笑)。
大変長くなりました。
ありがとうございました。
それではまた...。
(daniel-b=フランス専門)

