今回の記事は、こちらの記事の「リブログ(リレー)」で書きたいと思います。

 

 

(「元の記事」もぜひ、ご覧ください。また、今回の記事の「裏側」が、「PART2」となります)

 

 

櫻井智(1971-2025)「冒険の数だけ」(1997)。

 

 

ゲーム「天外魔境 第四の黙示録」OP(1997年発売。「セガサターン」)。

 

(フルコーラス版)

 

 

 

 

 

 

 

 

「前回(「お知らせ」)」の記事

 

 

 

 

動画サイトチャンネル

 

 

 

 

 

櫻井智さん自身の公式「X」

https://x.com/TOMO_SAKURAI_

 

 

 

 

最終所属事務所「FEATHERED」公式サイト

 

 

かつて所属していた(創立メンバー)、「朝倉薫演劇団」の公式サイト

 

 

 

「櫻井智」がテーマの記事一覧

 

 

「国内旅行(鉄道・航空)」がテーマの記事一覧

 

 

 

 

さて...

 

 

 

いまから28年前、「1997年8月」のこと...。

 

 

 

1995年、翌1996年開催予定であった、「世界都市博覧会」(東京臨海副都心)が、当時の、青島幸雄東京都知事(1932-2006)の「鶴の一声」で「中止」となったものの、1993年には、「レインボーブリッジ」が完成し(私も、開業間もないころだったか、田町駅からバスに乗って行き、「芝浦側」から、「レインボープロムナード」を歩いたことがあります)、1995年11月には、その「レインボーブリッジ」を渡る新交通システム、「ゆりかもめ」も開業しました(今年、「開業30周年」!!)。

 

 

 

当時「お台場」は、まだまだ「開発(発展)途上」といった感じで、私自身も、「向こう側まで渡る」ということはしていませんでしたが、1997年3月、フジテレビが、その「お台場」に移転したことで、「イベント」が開かれることになりました。

 

 

(私が「フジテレビっ子」となったのは、それから数年後、まったく「別の理由」からですが...)

 

 

 

 

(参考記事)

 

 

 

 

同じ「フジサンケイグループ」の「ニッポン放送」にて、ラジオ番組、「櫻井智の冒険ラジオムービー」を始めたことが「きっかけ」となり、その夏のスペシャルイベント、「お台場DoDon' Pa! ~FCGまつり '97~」に出演が決まった櫻井智さんでしたが、その「特設会場」(現在、「ユニコーンガンダム」のある、「セントラル広場」のあたり。フジテレビ本社屋の「裏」)というのは何と、「収容8000人」という、「広大なスぺース」でもありました。

 

 

 

「他の日」には、「SPEED」(7月30日、31日)や、篠原ともえさん(1979-)(8月8日)の出演も決まっていたということで、その後の、「お台場冒険王」の「前身」とも言える、まさに「一大イベント」でもありましたが、

 

 

 

それに何と、

 

 

 

 

5000名様 無料ご招待

 

 

 

 

という「驚きの知らせ」が、「ファンクラブ会報」でもたらされたのであり、私は迷わず、「応募」することに決めたのでした(「応募先」は、「フジテレビ」)。

 

 

 

 

 

開演日時は、「1997年8月2日土曜日18時(16時30分開場)」で、私は見事、「当選」の通知(「B3エリア 148番」。実際の入場人員は、「約6000人」だったそうです)を手にすることが出来たのですが...。

 

 

 

「参戦費用」を「節約」するため、「行き」を、当時の、金沢始発の特急「白山」(?)(「7時44分発」ながら、「普通列車」からの乗り継ぎで、乗車自体は「可能」)、「帰り」を、これまた、大変「異例」ながら、上野始発の夜行急行「能登」(当時は、「福井発着」)にしていたとも思いますが(こちらは「確実」。「実現」していれば、「下り」では、「唯一」の乗車...)

 

 

 

ただでさえ「多忙」な、「夏の時期」のこと...

 

 

 

何と、「前日」になって、

 

 

 

 

39℃の高熱を出してダウン!!

 

 

 

 

 

...とてもそのような「ハードスケジュール」を、「実行」などできるはずもなく(明らかに、「過労」...)、それどころか、病院で「解熱剤」を注射して、その日は、「絶対安静」にせざるを得なくなってしまいました...。

 

 

 

 

何も出来ないまま時間が過ぎて行き、「自宅」で、ただ「無念」の想いで「開演時間」を迎え、過ごしてしまった「その一日」...。

 

 

 

まさに、「絶望」でしかありませんでした(「夏が終わってしまった...」)。

 

 

 

 

ところが、そのイベント後に届いた会報(8月25日発行「'97 夏休み特別号」)において何と、

 

 

 

 

「TOMO夏 '97 IN NAGAOKA」

 

 

 

 

の開催が、急きょ発表!!

 

 

 

 

しかし、「8月29日(金曜日)」(18時30分開演)と、まったく「間がない」状況でもあったため、「無理は承知」ながら、それでも、「言うだけは言ってみよう」と、職場に「相談」してみたところ、

 

 

 

「チケットが取れるのなら、(後悔するより)行ってきたらいい」

 

 

 

と、本当に「信じられない」くらい、「温かい言葉」をもらえたことから、私はさっそく、「会場」となる、「長岡市立劇場」(新潟県長岡市)に、「電話」で問い合わせてみることにしました。

 

 

 

 

「長岡市立劇場」公式サイト

 

 

 

 

その「問い合わせ」は、本当に「ギリギリ」の、「当日朝」になってしまったのですが、

 

 

 

それこそ何と...

 

 

 

 

「席なら大丈夫ですよ。もう、いくらでも空いていますから...!!」

 

 

 

 

という、まさに「まさか」の、「驚き」の回答が!!...

 

 

 

 

私はすぐ、「職場」にも電話をかけ、「許可」をもらった上で、福井駅に走りました。

 

 

 

乗車した列車は、当時はまだ、走っていた、青森行きの特急「(旧)白鳥」(福井駅12時06分発、長岡駅15時45分着。「終点」青森到着は、「22時47分」)...。

 

 

 

到着後、しばらく時間があったので、少し駅前を見て回ってから、電話で教えてもらったバスに乗り込み(「会報」にメモしてありましたので、現在でも、「そのまま」残っています...)、会場となる「長岡市立劇場」に向かったのですが、そのバスの中には、「ファン」と見られる、「中学生」くらいの女の子も、「ひとり」(だったと思う...)で、会場に向かうため、乗っていたことを思い出します...。

 

 

 

しかし、「地元」では、「宣伝」もしていたのでしょうが、私などのような「他県の者」にとっては、こうして、「会報」で「発表」されるまでは、「知る由もなかった」のが「当時(の実情)」であり(「唐突」だし、智ちゃんに、本当に「近い」人くらいしか、「知らなかった」のでは?...)、会場は、「予想」にもまして、本当に、「ガラガラ」でした。

 

 

 

「パンフ」は、8月2日の「お台場」(「TOMO夏 '97 ~10th ANNIVERSARY~」として公演)と同じものが、この会場でも販売されていたのか、あるいは、「通販」で手に入れたのかどうか、憶えてはいませんが、とにかく、現在でも、「手もと」にはあります。

 

 

 

しかし、「公演内容」は当然、「変更」となっている箇所もあり(と言うより、「まったく別もの」だったかも...)、それだけでも、「特別感」は感じられました。

 

 

 

それより、もっと「驚いた」のが、

 

 

 

あまりの「ガラ空き」ぶりのため、

 

 

 

 

「みなさ~ん、前に詰めてくださ~い!!」

 

 

 

 

と、アナウンスがされたこと...。

 

 

 

 

現在では「削除」されているのか、もう見つけられませんが、当時の「この模様」を、詳細に記してあった記事によれば、約1500席の「大ホール」において、入場」はわずか、「300名」(「約2割」)ほど...。

 

 

 

 

...でも、おかげで、本当に「近く」に、智ちゃんの姿を見ることが出来ました。

 

 

 

 

あの「お台場」の、「エリア(ブロック)指定」の入場では、果たして、「見えた」かどうか...。

 

 

 

 

まさに、「棚ぼた」...。

 

 

 

 

「このこと」こそが、

 

 

 

私が「あの日」のことを、

 

 

 

 

 

「長岡の奇跡」

 

 

 

 

 

と呼ぶ、「最大の理由」でもあるのです...。

 

 

 

 

 

当時、智ちゃんと一緒にステージに立っていた、「劇団メンバー」の公式「X」。

 

 

 

元「遊星王女」、橋本遊(あそび)さん(「橋本悠」、「安藤夏」とも。後に「制作」部門)。

https://x.com/hashiyusa?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Eauthor

 

 

旧名義「長崎萠」。女優、平良千春さん(1977-)。

https://x.com/chiharu_taira

 

 

 

 

 

...というわけで、まさにその、「長岡市立劇場」まで、18日土曜日、行ってまいりました...。

 

 

 

 

「当時」と違い、「乗り継ぎ」などで、逆に「行きにくくなっている」長岡ではありますが、先の、「9月27日」に続くものとして、何としても、「行っておきたかった場所」でもありました。

 

 

 

それが今回、「実現」までこぎ着けたことは、それこそ、本当に、「幸運」だったとも思います。

 

 

 

 

 

「次回」は、今回の、その「裏側」について書いてみたいと思います...。

 

 

 

 

最後に、当時、その「ステージ」でも歌われ、記事冒頭にも載せている曲、「セガサターン」のゲーム、「天外魔境 第四の黙示録」(1997年1月14日発売。ハドソン)のオープニング主題歌、「冒険の数だけ」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。

 

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

それではまた...。

 

 

 

 

「遺作」となった、「デジタル写真集」(2025年3月1日発売)。

 

 

 

 

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冒険の数だけ

 

 

魔法の 呪文唱えれば すぐにわかるよ

知らない街 これから訪ねる街

知らない人 これから出会う人

 

冒険の数だけ 夢が輝いてる

そして 夢は かなえる ためにある

旅立ちの朝 ほら 顔を上げて

うつむいた ままじゃ 空は見えない

 

悲しみを 涙で 吹き飛ばして

笑顔の 虹を 架けよう

 

今日と違う明日を

切り開いてゆこう

 

心に 呪文唱えれば すぐにわかるよ

知らないこと これから学ぶこと

知らない道 これからひらく道

 

冒険の数だけ 希望が あふれてる

だから 希望に 向かって 歩き出せ

旅立ちの朝 さあ 手を伸ばして

背伸び しなきゃ 星はつかめない

 

勇気と いう名の 鍵を持って

未来の 扉を 開こう

 

誰かと違う自分を

輝かせてゆこう

 

悲しみを 涙で 吹き飛ばして

笑顔の 虹を 架けよう

 

今日と違う明日を

切り開いてゆこう

 

 

(daniel-b=フランス専門)