今回の記事は、こちらの記事の内容とも「関連性」があることから、その「リブログ」としています(「元の記事」もぜひ、ご覧ください)
1996年3月2日公開、映画ドラえもん「のび太と銀河超特急(ぎんがエクスプレス)」。
「アニメ映画」の、まさに「命」である「絵コンテ」について、芝山監督自身が、丁寧に、「説明」してくれています。
(「映画予告編」も収録されています)
この映画について書いている記事(2025年8月14日付け)
その、芝山努監督の「功績」を、分かりやすく「解説」している動画もあります。
芝山努監督が「設立」し、「代表取締役社長」も務められた、アニメーション制作スタジオ、「亜細亜堂」も、その「公式サイト」にて、「訃報」を伝えています。
芝山努監督の「逝去」を伝えるニュース(3月17日付け)。
さて...
まさに、映画「ドラえもん」公開の時期でもある「3月」ですが、そんなときに、何とも「悲しい」ニュースが入って来ました...。
私たち、「リアルタイム世代」でなくても、大山のぶ代さん(1933-2024,「ドラえもん」)、小原乃梨子さん(1935-2024,「のび太」)らが「声優」を務めた映画を、一度でもご覧になったことのある方であれば、それだけでこの、芝山努監督の「名演出」を目にしているとも言えるわけですが、
まさに、
映画「ドラえもん」の「歴史」そのもの
とも言える「レジェンド」が、ついに、「この世」を去ってしまいました...。
「芝山マジック」とも呼べる、「映画終盤」の展開の見事さは、「原作に忠実」なゆえ、「活きている」と言えるのですが、そのこともあって、藤子・F・不二雄先生(1933-96))自身が「脚本」、「制作総指揮」にまわり、その「名パートナー」として、まさに、「最強タッグ」の、「黄金時代」を築き上げたのです。
藤子・F先生亡き後も、前声優「最後」の作品となる、「のび太のワンニャン時空伝」(2004年3月6日公開)までは「監督」を務められ、「名作」を世に送り出しました。
やはり「がん」だったということですが、奇しくも、今年の映画は、自身が「初めて」、映画「ドラえもん」の「監督」を務めた作品でもある、「海底鬼岩城」(1983年3月12日公開)の「リメイク」ということに...。
監督が亡くなられたのは、今作公開のちょうど1週間後、「3月6日」のことでした...。
(本来なら、その「3月6日」が「通常」の公開日。
もしかすると、「病床」の芝山監督と、何か「関係」があったのでは、とも思ってしまう...)
思えば、この「最強タッグ」を支えた、「劇伴(BGM)」の作曲者、菊池俊輔先生も、自身が作曲を務めた作品の「リメイク」である、「のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ) 2021」(「コロナ禍」のため、「1年延期」の、2022年3月4日公開)の「公開」を待たず、2021年に「逝去」されています。
菊池先生が書かれた、映画「ドラえもん」の「劇伴」の数々は、特に、「スリリング」な場面において、「これ以上はない」くらいの、「輝き」を放っていたと思います。
そしてそれは、藤子・F・不二雄先生の「脚本」、芝山努監督の「名演出」と相まって、しっかりと、「記憶にも残っている」ほどなのです...。
...これで、本当に、「一時代」が終わってしまいましたね...。
(参考)「のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ) 2021」についての記事
謹んで、芝山努監督の、ご冥福をお祈り申し上げたいと思います。
合掌...。
芝山努(1941.3.9-2026.3.6)
(daniel-b=フランス専門)


