こちらは、1969年3月に「再録音」されたバージョンとなります。
日本でレコードが紹介されたこと自体、「少ない」のではないかと思われるレオ・フェレ(1916-93)ではありますが、この録音は、1980年代に、「日本盤」の「ベスト」にも収録されていました。
こちらが、「オリジナル録音」です(1953年10~11月録音/翌1954年発売)。
「没後30周年」を記念して、またあらたな「大全集」が発売となりました(日本では、7月21日より販売予定)。
「24枚組」で、値段を見る限り、ちょっと手が出ませんが、「フランス」のサイトでは「115ユーロ」となっていましたので、「送料」を含めても、ここまで高くはならないと思います。
こちらは、その「大全集」からの「4枚組ベスト」で、「主要な曲」は、だいたい「収録」されていますので、「お薦め」と言えるでしょう。
「一番の盟友」であった、カトリーヌ・ソヴァージュ(1929-98)も、もちろん採り上げています。
レオ・フェレ自身よりも1年早い、1953年のリリースとなっています。
これまでの記事
(参考)カトリーヌ・ソヴァージュについての記事
さて...
「7月14日」は、フランスの「革命記念日」であると同時に、フランスシャンソン界の「3大巨匠」の1人、レオ・フェレ(1916-93)の「命日」でもあります。
(「ユトリロさん」は「お誕生日」でしたね。おめでとうございます。「お疲れ」ではないですか。 ca va?)
それも今年は、何と、「没後30周年」の「記念の年」ということでもあり、「時の流れの早さ」に、あらためて「驚いて」もしまうものですが(「生誕105周年」だった「2021年」が、もう「一昨年」のこと!!)、それだけの「時」が流れても、レオ・フェレの名は、「忘れられる」ことはありません。
フランスでは、「自国の文化の発展に貢献した偉人を絶対に忘れない」といった考え方があり、「没後○○周年」、「生誕○○周年」といった形で、何がしかの「記念」となる、「歌手」であれば「CD発売」であったり、「行事」が行なわれたりしますし、テレビの「ニュース」で採り上げられたりもします。
特にレオ・フェレは、「巨匠」とまで呼ばれたアーティストですから、フランス人にとっても「誇り」であると思う人も、決して少なくはありません。
今回は、そんなレオ・フェレの、時期としては「最初期の曲」ということになりますが、その「代表曲」のひとつ、「l'ile Saint-Louis "サン・ルイ島"」(1947-54)について、書いてみることにしましょう。
そもそも、その「l'ile Saint-Louis "サン・ルイ島"」とは、いったい何ぞや...
という話になりますが、まずは、パリの中心を流れる「セーヌ川」の、そのさらに「中心」にある「シテ島(l'ile de la Cite)」から。
この「シテ島」には、現在まだまだ「再建工事中」である「ノートルダム大聖堂」があり、「司法機関」があったり、「大病院」があったり、また、パリの「南北」を結ぶ幹線、「メトロ4号線」が、「右岸」の「シャトレ」/「レ・アル」、「左岸」の「サン・ジェルマン・デ・プレ」をつないでいる、まさにその「中心」にあったりと、何とも「賑わい」を見せている界隈でもあるのですが...。
一方、その「シテ島」のすぐ「東隣り」にあり、小さな「橋」(「サン・ルイ橋」)でも結ばれているのが「サン・ルイ島(l'ile Saint-Louis)」なのですが、こちらは、パリで最も古い住宅街であり、「著名人」が数多く住んでいる、「最高級住宅街」でもあります。
(ちなみに、その「語源」は「聖王ルイ9世」のことであり、これは、アメリカの大都市、「セントルイス」もまた「同じ」です)
まさに「パリ発祥の地」である、この「シテ島」、「サン・ルイ島」ですが、その佇まいは、実に「対照的」であると言うことが出来ます。
こちらは「サン・ルイ島」の様子を紹介している動画ですが、「village a Paris(パリの街なかの村)」とありますね。
この映像は、2007年5月23日に放送されたもので、この島に住んでいた、ジョルジュ・ムスタキ(1934-2013)の姿も目にすることが出来ます(そう言えば、ムスタキも、今年で「没後10周年」にもなるんですね...!!)。
こちらの動画は、「シテ島」の様子を映したものですが、「スタート地点」は、やはり「サン・ルイ島」となっています。
(「リンク」のため、「別ウィンドウ」が開きます)
今回の曲、「l'ile Saint-Louis "サン・ルイ島"」は、このように、「にぎやか」である「シテ島」の隣り(後ろ)でじっとしていることに「飽き飽き」した「サン・ルイ島」が、ある日、その「舫綱(もやいづな)」を断ち切って、「大海」へと旅立っていくという、実に「ファンタジック」な内容を持った作品です。
詞は、「俳優」で「芸術監督」など、「マルチ」な才能を発揮し、友人でもあった、フランシス・クロード(1905-89)との共作で、1947年、まず、レオ・フェレ自身がラジオで歌ったのが「最初」だと言われています。
ただ、ジャクリーヌ・ヴァロワが1948年に、やはりラジオで歌ったのが「最初」だとする説が、現在では「有力」ともなっています。
1952年、この曲で「デビュー」したのがミシェル・アルノー(1919-98)です。
彼女は、フェレの紹介でフランシス・クロードと「結婚」したとありますが、その「年月日」についての記述はなく、詳細は「不明」のままです(二人いる「子」の「生年月日」から考えると、「再婚」?)。
ルネ・ルバ(1917-2009)のこの録音も「1952年」となっています(1948~49年頃とする記述もあります)。
レオ・フェレには、特に「初期」の頃、「パリ」を歌った曲が数多くあります。
それは、フェレ自身が、パリを「愛していた」からに他ならないと私は思いますが、そうした曲を、いくつか挙げておきましょう。
「Paris canaille "パリ・カナイユ(パリ野郎)"」(1953)。
この曲の記事(「歌詞対訳」も載せています)
「Paname "パナム"」(1960)(「パナム」とは、パリの「俗称(愛称)」です)。
「a Saint-Germain-des Pres "サン・ジェルマン・デ・プレで"」(1947-49)。
この曲も、1947年に、すでに歌われていたという記述がありますが、現在となっては、その「詳細」を、知る由もありません。
なお、この録音も、1969年の「再録音」で、やはり、1980年代に発売された、「日本盤」の「ベスト」には、こちらが「採用」されていました。
「Paris, je ne t'aime plus "パリが甦る時"」(1970)。
原題は、「パリよ、お前なんかもう嫌いだ」という、何とも「ショッキング」な曲。
1968年の、いわゆる「5月革命」は、「理想の実現」にも思えたものの、「束の間の夢」に終わり、その激しい「挫折感」が歌われた曲です。
この詞の中にも登場する「ナンテール」(「ラ・デファンス」。「新凱旋門」のある、パリの「副都心」となっている地域)はまさに、この「5月革命」の下地を作った、「3月22日」の、「学生」と「警官隊」の「衝突」が起きた場所ですが、「2023年6月28日」にはあの...(「歴史」は繰り返される...)。
せっかくの「7月14日(le quatorze juillet)」なのですから、こちらの曲も「再掲」しておくことにしましょう。
パタシュウ(1918-2015, 本名アンリエット・ラゴン)で、「a Paris dans chaque faubourg "パリ祭"」(私の「イチ押し」です!!)。
この曲についての記事(「歌詞対訳」も載せています)
それでは、以下に、「l'ile Saint-Louis "サン・ルイ島"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。
この詞において、「サン・ルイ島」が「擬人化」されていることはもちろんですが、「ile(島)」は「女性名詞」のため、必然的に、「彼女(elle)」という「代名詞」に置き換えられている点にも「注目」です。
ありがとうございました。
それではまた...。
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l'ile Saint-Louis サン・ルイ島
l'ile Saint-Louis en ayant marre
d'etre a cote de la Cite
un soir(jour) a rompu ses amarres
elle avait soif de liberte
avec ses joies, avec ses peines
qui s'en allerent au fil de l'eau
on la vit descendre la Seine
elle se prenait pour un bateau
サン・ルイ島は
シテ島のそばにいることにうんざりして
ある夜(ある日)、その綱を断ち切った
彼女(サン・ルイ島)は、「自由」に飢えていたのだ
その喜び、悲しみとともに
水の流れの赴くまま
セーヌ川を下って行く島の姿を、人々は見た
彼女(サン・ルイ島)は、船になったつもりでいた
quand on est une ile
on reste tranquille
au coeur de la ville
c'est ce que l'on dit
mais un jour arrive
on quitte la rive
en douce on s'esquive
pour voir du pays
島なのだから
街のど真ん中で
おとなしくしているもの
それが当たり前だ
しかしある日
彼女は岸を離れ
こっそりと逃げ出すのだ
世界の国々を見るために
de la Mer Noire a la Mer Rouge
des iles blanches aux iles d'or
vers l'horizon ou rien ne bouge
point n'a trouve l'ile au tresor
mais tout au bout de son voyage
dans un endroit peu frequente
on lui raconta le naufrage
l'ile au tresor s'etait noyee
黒海から紅海まで
白い島々から黄金の島々まで
何ひとつ動くもののない水平線の彼方に
宝島は、まるで見つかることがなかった
しかし、旅の終わりに
あまり人が寄り付きもしないところで
彼女は、遭難の話を聞かされた
宝島は溺れ死んだのだと
quand on est une ile
on vogue tranquille
trop loin de la ville
malgre ce qu'on dit
mais un jour arrive
ou l'ame en derive
on songe a la rive
du bon vieux Paris
島なのに
あまりに遠く、街を離れて
静かに海を漂っている
人が言うにもかかわらず
しかしある日
その魂が
ふと想うのは
古き良きパリの岸辺
l'ile Saint-Louis a de la peine
du pole Sud au pole Nord
l'ocean ne vaut pas la Seine
le large ne vaut pas le port
si l'on a trop de vague a l'ame
mourir un peu n'est pas partir
quand on est ile a Notre-Dame
on prend le temps de reflechir
サン・ルイ島は悲しみに暮れる
南極から北極まで見たところで
大海は、セーヌ川にはかなわない
外海は、港にもかなわない
あまりに心が波立てば
旅と言うより、死にも等しい
ノートルダムの島であるならば
熟慮の時も持つことだ
quand on est une ile
on reste tranquille
au coeur de la ville
moi je vous le dit
pour les iles sages
point de grands voyages
les livres d'image
se font a Paris...
島なのだから
街のど真ん中で
おとなしくしているもの
そう言っておこう
良識のある島々にとっては
大航海なんて意味がない
「絵本の世界」は
パリにいてこそ作られるものだから...
(daniel-b=フランス専門)

