「1970年」の、ほぼ「1年」を通して作られた、「2枚(組)」の傑作アルバム、「Amour Anarcie "アムール・アナルシー(アナーキーな愛)"」からの1曲、「ecoute-moi "聞いておくれ"」。
こちらは、「オリジナル録音」です。
「最新」の大全集(「バークレー」録音)は、「3分割」されての発売の様ですが、それだけ、その「内容」も「濃く」なっているようです...。
これはまた「貴重」な映像が出て来ました...(1970年ボビノ劇場公演より)。
「生誕105周年」であった昨年(2021年)に発売された、何と「18枚組」という「DVD大全集」、「la complainte de la tele "テレビの嘆き歌"」に収録されている模様です...。
傑作アルバム、「Amour Anarcie "アムール・アナルシー(アナーキーな愛)"」を「代表」する「名作」として、これまでに、「正式」に採り上げているのが、次の曲、「la memoire et la mer "追憶と海"」...。
まさに、「巨匠」レオ・フェレ(1916-93)の、「最高傑作」とも言える1曲です。
こちらは、1984年4月、「テアトル・デ・シャンゼリゼ」でのライヴからの映像です。
この曲についての記事(「歌詞対訳」も載せています)
これまでの記事
さて...。
「7月14日」は、フランスの「革命記念日」であると同時に、フランスシャンソン界の「3大巨匠」の1人、レオ・フェレ(1916-93)の「命日」でもありました(昨年が「生誕105周年」、また、来年は、「没後30周年」ともなります)。
また、「ユトリロさん」は、7月14日が「誕生日」ですね。
おめでとうございます...。
最初に書いているように、「Amour Anarcie "アムール・アナルシー(アナーキーな愛)"」は、「1970年」の、ほぼ「1年」を通して作られた、「2枚(組)」の傑作アルバムであり、これを「代表」する「名作」として、これまでに、「正式」に採り上げているのが、上掲の「la memoire et la mer "追憶と海"」です。
その「la memoire et la mer "追憶と海"」は、同時に、レオ・フェレの「最高傑作のひとつ」と言っても、決して過言ではないのですが、「シュルレアリスム」の書法のひとつである、「オートマティスム(自動記述法)」によっているため、その「詞」の解釈は、かなり「難しい」とも言うことが出来ると思います。
「オートマティスム(自動記述法)」とは、「あらかじめ何も予定することなく、"先入観"を捨て去って、文章を書きつける」(「完全な無心状態」で人間性を解放する)というもので、「シュルレアリスム」の「定義」にも当てはまるものです。
「教祖的存在」であったアンドレ・ブルトン(1896-1966)も、この手法を「重視」していたといいます(当然、「異論」を唱える人物も現われたということですが...)。
「美意識」や、「倫理」などが邪魔をせず、「意外な文章」が出来上がったとし、そこから、「自分たちの現実」をも「見直せる」、というのが、この「自動記述法(オートマティスム)」の「本質」だということです。
「多作」であったレオ・フェレは、しばしばこの手法を用いて詞を書いていました。しかし、「衝動的霊感」のままに書き綴られるため、フェレ自身も、「読み返して意味の取れないことが多かった」と話していたそうです。
今回紹介している曲、「ecoute-moi "聞いておくれ"」もやはり、そうした曲の「代表」とも言えるものですが、過去の「文献」(レコードの「歌詞対訳」、および「注釈」)を参考に、出来るだけ、「分かりやすい訳詞」を心がけました。
加えて、「注釈」も、出来るかぎり、書いておきたいと思います。
せっかくですので、このアルバム、「Amour Anarcie "アムール・アナルシー(アナーキーな愛)"」(1970)に収録の曲を、もう少し、載せておくことにしましょう(今後、「正式な記事」として書くこともあると思います)。
やはり、「オートマティスム(自動記述法)」によって書かれていると言うことが出来る作品、「sur la scene "舞台で"」。
この曲も、「大きなエネルギーの塊」と言えるくらい、実に「精力的」で、そのパワーに「圧倒」される思いがします...。
この曲は、カトリーヌ・ソヴァージュ(1929-98)によっても歌われています。
レオ・フェレとカトリーヌ・ソヴァージュは、ともに「苦しい下積み時代」を送っていましたが、その「出会い」により、ともに「道が開ける」ことにもなりました。
カトリーヌ・ソヴァージュは、後に、「偉大なレオ・フェレ歌い」として、「シャンソン史」にも、大きく、「名前」を残すことになります...。
この映像は「1980年」のものですから、1982年7月の「来日公演」(東京・赤坂「草月ホール」)の頃の雰囲気にも「近い」ものがあります...(シブい...)。
(私自身は、もちろん、「見に行った」わけではないですけれども、ある日、「偶然」、テレビで見ました。「詳しく」は、↓↓の記事にて...)。
カトリーヌ・ソヴァージュについての記事(この他に、「Paris canaille "パリ・カナイユ(パリ野郎)"」についての記事も、ぜひ、ご参照ください)
昔、「1枚もの」の「ベスト盤(アナログ)」に収録されていたのを見て、「気になっていた」この曲、「Rotterdam "ロッテルダム"」...(発表は、前年、1969年のボビノ劇場公演。こちらの映像も、同じく、1969年のものだということです)。
「ロッテルダム」は、言うまでもなく、「オランダ第2の都市」で、欧州の新幹線、「Thalys(タリス)」も停車する「大都市」ですが、「第二次世界大戦」中に「爆撃」を受けたため、「近代建築」が多いこともその「特徴」です。
しかし、どちらかと言えば「イタリア(南国)系」のレオ・フェレが、なぜに「オランダ(北国)」、なぜに「ロッテルダム」?
と思っていたら、「ウィキペディア(フランス語版)」に記述がありました...。
ジャック・ブレル(1929-78)の「Amsterdam "アムステルダム"」(1964)(言うまでもなく、ブレルの「最高傑作」のひとつ)の「大ヒット」に「いらだち」を覚え、その「反応(対抗)」とも言えるのが、この曲、「Rotterdam "ロッテルダム"」...。
...って、「やっぱり」か~っ!!...(笑)
(追加)(参考)ジャック・ブレル「Amsterdam "アムステルダム"」。
1966年10月のオランピア劇場公演からのこの映像は、「Blu-ray」発売用に、「HDリマスター化」されたものです。
この曲の記事(このほか、「Blu-ray」発売の記事もあります)
1968年の、いわゆる「5月革命」を機に、レオ・フェレは、若者たちの「メサイア(救世主)」的な存在となり、一躍、「時代の寵児」ともなりましたが、その「革命」も、「束の間の夢」に終わってしまいました。
まさに、その「失望感」、「挫折感」が歌われているのがこの曲、「Paris je ne t'aime plus "パリが甦る時"」(1970)。
その「原題」は、「パリよ、お前なんかもう嫌いだ」ということで、大変「ショッキング」でもあります...。
(この音源は、1969年12月、パリ南東約18kmに位置する、イェールの文化センターでの公演からのものです)
このような映像も見つかりました。
大変「貴重」な、「ドキュメンタリー映像」です(約47分)。
それでは以下に、「ecoute-moi "聞いておくれ"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。
この詞は、「日本盤(アナログ)」にある解説によれば、1962年に出版された「詩集」にすでに収録されているとのことです。
また、先述のように、この詞は、「オートマティスム(自動記述法)」によって書かれているため、その「解釈」は、かなり「難しい」と思われますので、「注釈」も、少々書いておきたいと思います(「日本盤」の歌詞対訳の「注釈」をもとにしています)。
まず最初に、
ecoute-moi, listen to me, ascolta me Lazare
とありますが、「アスコルタメ」は、「イタリア語」で「聞いておくれ」です。
つまり、「3ケ国語」で「同じこと」を言っているわけですね、
「ラザロ」は、「ベタニアのラザロ」のことで、イエス・キリストの奇蹟により、「蘇生」したとされる人物です。
「バビロンヌ」は、パリのメトロの「セーヴル・バビロンヌ駅」(10号線/12号線)を指していますが、レオ・フェレは、「学生時代」に、ここで「新聞(「パリ・ソワール紙」もそのひとつ)」を売る「バイト」をしていたそうです。
また、この「バビロンヌ」が、「古代オリエント」の「バビロン」と照応することから、このような詞になったようです。
「頑固者の海」は、「mer(海)」が、同音の「mere(母)」にかかっています。
「赤ワイン」は、「イエス・キリストの血」を象徴するものとされ、「コルトン」はその「産地」。
「ブルゴーニュワイン」のひとつです。
後の「シュルレアリスト」たちにも「大きな影響」を与えた、ロートレアモン伯爵(本名:イジドール・デュカス)(1846-70)の「代表作」でもある、「マルドロールの歌」の、その「主人公」、マルドロールは、「悪の超人」というキャラクターです。
「ニュールック」は、1947年2月にクリスチャン・ディオール(1905-57)が発表した、「新しいシルエット」をもとに、「世界的流行」を見せた、「服飾のスタイル」のことです。
「フォースル(フォア・セイル)」は、帆船の「一番前(フォア)」にあるマストに付ける大きな縦帆のことで、「斜め前」から「真横」、「斜め後ろ」までの風を効果的にとらえることが出来ます。
「風向きの変化」が多い海域のために発達した帆だということです。
ありがとうございました。
それではまた...。
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ecoute-moi 聞いておくれ
ecoute-moi, listen to me, ascolta me Lazare
quand les pendules sonneront leurs voix stellaires
et que les boulevards traineront plus par terre
tu pourras te lever dans ce siecle bizarre
聞いておくれ、リッスントゥミー、アスコルタメ(*イタリア語)、ラザロよ
時計の振り子が、その天界の声を響かせ
街の大通りが地を這うことを止めるときが来るなら
こんなおかしな時代にも、君の復活は可能だろう
moi qui vendais des Paris-Soir a Babylone
quand les avions a reaction avaient des plumes
et gueulaient des chants doux comme un concert de brume
sur cet Orient avec leurs gorges microphones
僕は(セーヴル・)バビロンヌのメトロの駅で、「パリ・ソワール紙」を売っていた
ジェット機に羽があったころ
そして、このオリエント世界にて、そのマイク(ロフォン)ののどで
幻想のコンサートのごとく、甘い歌をわめいていたころ
tant que j'aurai le souffle et l'encre dans ma rue
et que le vent du Nord ouvrira mes eponges
il regnera chez moi comme une mer tetue
qui me tiendra la main a la maree des songes
街が、僕に風とインクをくれるかぎり
そして北風が僕のスポンジ(肺)を開き続けるかぎり
夢想の潮の流れに乗って、僕の手を取るものが
頑固者の海のように、わが家に君臨するだろう
qui dira la passion du corton a la messe?
cette rouge chanson plus rouge que le sang
qui dira la virginite de nos caresses
quand il y passerait Jesus entre nos dents?
ミサに出される、コルトンの赤ワインの受難を誰が言う
血よりも赤い、この赤の歌を
僕たちの愛撫の純潔さを誰が言う
僕たちの歯のすき間から、イエスの名が出て来ようとするときに
rien n'est plus beau qu'un matin laique(laic) dans la brume
alors que le soleil est encore au dortoir
et que la gaze dans la plaine se consume
comme un rictus d'encens quand s'ebroue l'encensoir
霧に包まれた俗世の朝ほど美しいものはない
太陽がまだ宿舎で眠っているころ
平野を覆うガーゼは焼き尽くされる
香炉を揺り動かしたときの、お香の苦笑いのように
je vis , des aujourd'hui je suis mort dans la cire
ma voix microsillonne une terre ignoree
on me lit n'importe ou a l'heure du delire
a l'ombre d'un juke-box ou bourgeonnent des fees
僕は生きてる 今日から、ワックスの中では死んでいる
僕の声は、未知の大地にレコードの溝を掘る
人は、どこであろうと、熱狂のときに、僕の心を読む
妖精たちがうごめく、ジュークボックスの陰で
dans l'azur en prison vautre sous la memoire
Maldoror d'une main et Sade dans le froc
je suis en or galvanoplaste et je m'egare
sous la tete diamant d'un phonographe toc
投獄された青の中、記憶を背負って横たわり
片手間のマルドロールに、僧服のサド侯爵
僕は電気メッキの金で出来ていて
安ものレコードプレーヤーの、ダイヤモンド針の下で道に迷う
ma voix dans quelques temps sous la lune en plastique
quand ma carcasse presumee aura fane
et que des Romeos sur les places publiques
tendront complaisamment leur perche aux chats niches
僕の声もそのうち、プラスチックの月の下にあることだろう
僕の身体(遺体)と思しきものが朽ちたあとには
そして、街の広場に集まるロミオたちは
親切にも、迷い込んだネコたちに、救いの手を差し延べることだろう
ma voix les bercera dans des berceaux de passe
niche-toi mon copain et perches-y ton bouc
moi le berger perdu qui renifle la trace
de mes brebis rasees de frais pour le new look
僕の声は、束の間の揺りかごで、彼らを揺らすことだろう
友よ、安心して引きこもれ そして、その山羊ひげも隠せ
僕は、道に迷った羊飼い 「ニュールック」を作るために
毛を刈られたばかりの牝羊たちのあとを、匂いでたどる
la vie est un chaland ou meurent les rengaines
les larmes sont les flots la peine roulis
quelquefois le bonheur invente des misaines
a ce rafiot qui s'envoilure alors et plie...
人生ははしけ船 流行りの歌が次々と消えて行く
涙は波、苦労は横揺れ
ねじれ、たわむこのボロ船では
時に、幸せが「フォースル(フォア・セイル)」となることもある...
(daniel-b=フランス専門)
