今回の記事は、ジャック・ブレル(1929-78)の名曲、「quand on n'a que l'amour "愛しかないとき"」(1956)について書いた記事を「リブログ」して書いていますが、「内容」としては、ほぼ「リテイク」です(「歌詞」も、あらためて載せています)。
日本時間の24日昼過ぎ(現地時間早朝/時差は7時間/モスクワとは6時間)、ついに、ロシア軍部隊が、ウクライナに向けて「攻撃」、「進軍」を始めました。
「東西冷戦終結」以降の、「現在の世界秩序」の「崩壊」を試みる、「最も危機的な状況」にあるとも言え、すでに「民間人」にも多数の「犠牲者」を出しながら、「侵略部隊」は、首都キエフに到達しようとしています。
ロシア・プーチン大統領の、あの、「鬼のような形相」が忘れられず、私自身、「何も手につかない」状況であることから、この記事を書くことにしました。
プーチン大統領の「発言」は、その後、ことごとく「逆(ウソ)」となっていることも「明らか」であり、「映像」にも残っていますから、「昔の戦時」とは違って、もう、「言い逃れ」は出来ないでしょう...。
今回、あらためて、ジャック・ブレル(1929-78)の曲、「quand on n'a que l'amour "愛しかないとき"」(1956)を選んだ理由は、この曲が、当時、やはり「旧ソ連軍」による、「今回同様」の「ハンガリー侵攻」の際、民衆に、「熱狂的」に「支持」されたということもあります(実際の「事件」は、この曲が発表された「9月」よりも「後」の「11月」のことですが、「タイミング」としては、ほぼ「同時期」の出来事だったとも言えるでしょう)。
以降、「地域紛争」や、「テロ」など、「さまざまな場面」において、この曲は「歌われてきた」と思います。
ごく最近では、2016年3月22日の、「ブリュッセル」での「テロ事件」の際に、ブレルにとっての「かつてのライバル」、ジョニー・アリディ(1943-2017)によって歌われたのが、大変「印象」に残りました...。
1961年10月の、ブレル自身の「オランピア劇場公演」では、この曲は「ラスト」に置かれていましたが、ここに聴くように、まさに、「熱狂的」に受け入れられていました(この公演直前の「8月13日」は、「ベルリンの壁」の「始まりの日」でもありました...)。
1963年7月23日の、ベルギー・クノック(・ヘイスト)での公演は、かつて、自身も「参加」した「コンクール」(結果は「惨敗」)での、「ゲスト・スター」としての登場でしたが(いわば、「凱旋公演」)、数少ない、「ギター弾き語りの映像」としても、大変「貴重」なものです。
こちらは、ついに「実現」した、「HDリマスター」(「Blu-ray」発売)による、「サンプル映像」(公式)です。
1956年9月18日録音の、「最初のバージョン」です(編曲・指揮:アンドレ・ポップ)。
こちらは、1960年1月25日頃に、フランソワ・ローベール(1933-2003)の「編曲・指揮」にて「再録音」されたバージョンで、現在の「ベストアルバム」に収録されているのは、まさに「こちら」の録音となります。
1972年6月27日に、「バークレー社」にて「再録音」されたこちらのバージョンは、ジェラール・ジュアネスト(1933-2018)のピアノを「大きく」フィーチャリングしているもので、「スタンダード」としての「風格」も充分にある「名録音」ですが、先述のように、「現在のベストアルバム」では、上掲の「旧録音」が採用されています。
「公式サイト」(「統一」されました)。
「ブレル財団」は、昨年(2021年)、「創立40周年」を迎えました
これまでの記事
1995年10月、セリーヌ・ディオン(1968-)の「ゼニット・パリ」での公演でも、まさに「クライマックス」で、この曲は歌われました。
当時、「フランス語」によるアルバムを発表したこともあって、この公演は、「フランス語曲」が「メイン」の構成となっています。
「アレンジ」も、聴いて分かる通り、ブレルの「1972年録音盤」をもとにしています。
パトリシア・カース(1966-)の映像もありました。2003年の、「ブレル没後25周年記念コンサート」のものだと思われます。
こちらは、ブロードウェイ・ミュージカル「Jacques Brel is alive and well and living in Paris」(1968)を、「映画化」(1975年)したものからの映像です。
「サムネイル」の男性(動画内では「向かって左端」)が、ブレルに「心酔」し、自身で「翻訳」して、「上演」にまでこぎ着けた、モート・シューマン(1936-91)です。
「英語版」でのタイトルは、「if we only have love」となっています。
まさに、「武力による現状変更(「独裁者と、その国家」による「テロ」/「大虐殺」)」と言える、今回の「ウクライナ侵攻」ですが、「quand on n'a que l'amour "愛しかないとき"」は、それに「対抗」しうる曲であるとも思います。
「強力な核兵器の存在」をちらつかせて、「介入」を「阻む」プーチン大統領の「戦術」(まさに「強者」の論理/「弱い者いじめ」の構図)もありますが、「日本」は、「非核三原則」を「破って」まで、「核武装」をする必要はありません。
「何十年」も「先」を行き、「保有数」も、「システム」も「最高レベル」の「超大国」を相手に、いまさら、「急ごしらえ」で、「10発」程度保有したところで、何ら、「脅威」にはならないと思います(「鼻で笑われる」だけ...)。
そんなくらいならば、たとえ「滅びよう」とも、「非核三原則」を「堅持」していた方が、「日本人」としては、「誇り高い(誇れる)」のではないかと思います。
かつての「ロシア」(「現政権」とは、何ら関係ありません!!)の作曲家であるムソルグスキー(1839-81)は、「親友」で、「画家」、「建築家」でもあった、ヴィクトル・ハルトマン(ガルトマン)(1834-73)の死を悼み、組曲「展覧会の絵」(1874)を作曲しました。
その「終曲」、「キエフの大きな門(大門)」は、ハルトマンがその「絵」に、その「夢」に描いた、本当に「大きな門」の様子が、堂々と、その「ピアノ」によって描かれている、大変に「スケールの大きい」名曲だと言えます。
実際には、その「着工」すら目にすることなく「急逝」してしまったハルトマンですが、現在の「ウクライナ国民」、「キエフ市民」のみなさんも、「この曲」のように、「気持ち」だけは負けずに、「堂々」としていてほしいと願っています。
ともにがんばりましょう!!
(参考)組曲「展覧会の絵」、「キエフの大門」に関する「解説記事」
この曲についての記事
(追加)参考記事
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quand on n'a que l'amour 愛しかないとき
quand on n'a que l'amour
a s'offrir en partage
au jour du grand voyage
qu'est notre grand amour
愛しかないとき
僕たちの愛の
大いなる旅立ちの日に
すべてを分かち合うために...
quand on n'a que l'amour
mon amour toi et moi
pour qu'eclatent de joie
chaque heure et chaque jour
愛しかないとき
恋人よ 君と僕とが
いつの時間も いつの日にも
喜びにあふれるために...
quand on n'a que l'amour
pour vivre nos promesses
sans nulle autre richesse
que d'y croire toujours
愛しかないとき
僕たちの誓いを生きるために
他に何の豊かさがなくても
それだけを信じて...
quand on n'a que l'amour
pour meubler de merveilles
et couvrir de soleil
la laideur des faubourgs
愛しかないとき
素晴らしいもので満たされ
場末の醜さも
太陽の光で覆い隠せるとき...
qunad on n'a que l'amour
pour unique raison
pour unique chanson
et unique secours
愛しかないとき
ただ1つの理由
ただ1つの歌
そしてただ1つの救いのために...
quand on n'a que l'amour
pour habiller matin
pauvres et malandrins
de manteaux de velours
愛しかないとき
朝に
貧しい人々 家のない人々に
ビロードのコートを着せてあげるために...
quand on n'a que l'amour
a offrir en priere
pour les maux de la terre
en simple troubadour
愛しかないとき
この世の幾多の不幸のために
祈りを捧げる
一介の「吟遊詩人」として...
qunad on n'a que l'amour
a offrir a ceux-la
dont l'unique combat
est de chercher le jour
愛しかないとき
「戦い」だけが
「光明」を求める唯一の手段
そんな人たちに向けて...
quand on n'a que l'amour
pour tracer un chemin
et forcer le destin
a chaque carrefour
愛しかないとき
それぞれの岐路に立ったとき
運命を切り開くために
道を指し示すために...
quand on n'a que l'amour
pour parler aux canons
et rien qu'une chanson
pour convaincre un tambour
愛しかないとき
大砲に語りかけ
太鼓にも打ち勝つために
歌しかないように...
alors sans avoir rien
que la force d'aimer
nous aurons dans nos mains
amis le monde entier
このように 持てるものは
「愛する力」しかなくても
僕たちはこの手の中に
世界中の「友」を持つことができるだろう...
(daniel-b=フランス専門)

