(「パリ・ノートルダム大聖堂火災」のニュースにともない、構成を一部「変更」してお届けいたします)
ブレルの「オリジナル録音」です(1954年2月15日録音)。
曲自体は、1953年までに作られ、パリの「大物プロデューサー」、ジャック・カネッティ(1909-97)の前でも披露されたようです。
この録音の他に、1953年8月の「ラジオ放送用録音」、1957年12月の「ライヴ録音」、また、1957年6月の「テレビ出演」(の映像)といった音源が残っています。
バルバラ(1930-97)も、その「最初期」に、この曲を録音しています。
こちらは、「2つ」あるうちの「最初」の録音、「パテ・マルコニ盤」(1958-59)ですが、「ライヴ録音」のようでありながら、実は、「スタジオ」にて録音された、「疑似ライヴ盤」ということです。
この曲が収録されている「オリジナル・アルバム」のタイトルは、「Barbara a l'Ecluse "レクリューズ(エクリューズ)座のバルバラ"」(1959)です。
こちらは、1960年9月に録音され、翌1961年1月に発売されたアルバム、「Barbara chante Jacques Brel "バルバラ、ブレルを歌う"」(オデオン)からの録音です。前出の「パテ・マルコニ盤」に比べると、アコーディオンが「大きく」フィーチュアリングされていることがよく分かります。
こちらは、まったくの「驚き」でした。
最新のブレルの「トリビュート・アルバム」、「CES GENS-LA "あの人たち"」より、オクスモ・プッチーノ(1974-)の歌った、「驚異」の「ラップ・バージョン」です。
「必聴」!!
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12453818864.html(前回の記事)
https://ameblo.jp/daniel-b/theme-10096189787.html(「ブレル」がテーマのこれまでの記事)
https://ameblo.jp/daniel-b/theme-10097047678.html(「バルバラ」がテーマのこれまでの記事)
昨年、「没後40周年」(「10月9日」が「命日」)を迎えた、シャンソン界の「3大巨匠」の1人、ジャック・ブレル(1929-78)ですが、今年は「生誕90周年」と、これもまた「記念の年」に当たっています。
その「誕生日」は、「4月8日」でした。
というわけで、「特集」にてお送りしていますが、今回紹介する曲は、前回の「トリビュート・アルバム」の記事で「絶賛」した、「il nous faut regarder "見なくてはならない"」(1953-54)です。この曲を「ピックアップ」してみたいと思います。
この曲、「il nous faut regarder "見なくてはならない"」は、ブレル「最初期」の作品であり、以前採り上げた、「sur la place "広場で"」(1953-54)などと並んで、「知る人ぞ知る名作」といったところでしょうか(1956年の「quand on n'a que l'amour "愛しかないとき"」よりも、さらに「前」の作品です)。
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12195508471.html?frm=theme(参考:「広場で」の記事)
1929年4月8日、ブリュッセルにある大きな「段ボール工場」の経営者の息子として生まれたブレルは、ゆくゆくは、その工場を「継ぐ」予定でした。
ところが、「そのような生活」は、ブレルの「好み」に合うものではなく、彼は、「独学」でギターを学び、後に、病院などへの「慰問」で、「自作の曲」を歌うようになっていました。
「21歳」で、その当時知り合った女性、テレーズ・ミシェルセン(1926-, 愛称「ミッシュ」)と結婚し、「3人の娘の父親」となりましたが(その1人、1953年生まれの次女、「フランス・ブレル」さんが、現在の「ブレル財団」を創設した「中心人物」です)、歌への「情熱」は捨て切れず、1953年2月に、地元ブリュッセルで録音した2曲、「il y a "恋人の瞳の中には"」、「la foire "縁日"」(これらが、公式の「初録音」です)の「SP盤」発売が「きっかけ」となって、ブレルは「単身」、「パリ」を目指すことになったのです。
「il y a "恋人の瞳の中には"」です。
「la foire "縁日"」です。
パリでは、シャンソン界の「実力者」(大物プロデューサー)である、フィリップス社(当時)のジャック・カネッティ(1909-97)のもとを訪れましたが、早々「良い返事」がもらえるはずもなく、その「苦労」は、かなりの「長期」にわたったようです。
翌1954年2月、ブレルは、この「il nous faut regarder」を含む自作曲9曲を録音し、それが、「パリ」でのレコード・デビューとなりました。
作品自体は、「1953年以前」のブリュッセル時代に書かれたものがほとんどで、「la chanson de Jacky "ジャッキー"」(1965)の中でも歌われていた、「俺がまだジャッキーと呼ばれていた頃の、陰気な歌」とは、まさしく、「これらの作品」のことを指しています。
ブレルが、「シャンソン史に名を残す」大スターとなるのは、ここからはまだまだ「先」のことではありますが、そのアルバムの「タイトル曲」(通称)、「grand Jacques "グラン・ジャック(偉大なジャック)"」は、現在では、すっかり、「ブレルの代名詞」となっています。
次に挙げている曲が、その、「grand Jacques "グラン・ジャック"」(1954)です。
当時は、「偉大な」というニュアンスではなく、「偉そうな」、「生意気な」、などといった、「反語的な皮肉」がこめられていたものだと解釈することが出来、この曲は、早くも書かれた、「自分への批判」とも言える内容です。
サブタイトルとして付いている「c'est trop facile」とは、「あまりにも簡単だ」という意味です。
「あまりにも簡単だ...(知っている)フリをするだけならば...」と、この曲は結んでいます。
今回紹介している曲、「il nous faut regarder "見なくてはならない"」も、ブレル自身の詞・曲による作品ですが、そのブレルも、この曲を、「最初期の重要な作品の1つ」として挙げているようです。
ここには、載せられる動画が「ない」のが「残念」ですが、1957年6月18日のテレビ番組、「rendez-vous avec...」でも、その「女性司会者」、ジャクリーヌ・ジュベール(1921-2005)に、
「ブリュッセルでも、業界の人に会って、自分の歌を聴いてもらっていました。数曲歌いましたが、その中の1曲は、今でも歌っています。"見なくてはならない"という曲です...」
と説明し、その場で「披露」もしていました(この番組では、他にも、「le diable(ca va) "OK.悪魔"」などといった、「最初期の曲」が歌われていました)。
この曲は、実は、先に、バルバラ(1930-97)の録音で聴いています(ブレル自身の録音で聴いたのは、その「数年後」である、「1986年」のことです)。
「シャンソン初心者」だった頃のことで、もう「35年」は前のことになりますが、当時の「東芝EMI」から発売されていた「日本盤」、「シャンソンベストコレクション1500 バルバラ/晴衣の男」(EMI-Odeon, EOS-40184)に収録されていたことから、知ることが「出来た」ものです。
https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12450146772.html(関連記事:映画「バルバラ~セーヌの黒いバラ」)
このアルバムは、「最初期」に録音された曲をひと通り集めた「コンピレーション・アルバム(ベスト盤)」ですが、この曲の「出典」は、上にも書いている通り、「疑似ライヴ盤」と言える、「Barbara a l'Ecluse "レクリューズ(エクリューズ)座のバルバラ"」(1959)からとなっています。
当時は、そのような「裏話」は、当然、「知るよしもなかった」のですが、とにかく、「quand on n'a que l'amour "愛しかないとき"」(1956)以前の作品ということで、大変な「貴重さ」というものも感じていました。
当時の、永田文夫先生(1927-2016)のライナーによれば、単に、「感銘の深い反戦歌」としか書かれてはいませんが、私自身は、「永瀧達治先生の影響」もあって、その「裏」を、しっかりと「読み取ろう」と「努力」もしていました。「懐かしい思い出」ですね...。
実際、今回、自分でも訳してみることで(「原詞」は、本国フランスで発行された、「全詞集」、「歌詞カード」などを参照しています)、単なる「反戦歌」を「超えた」、この歌詞の「精神」をくみ取ることも心掛けました(その「成果」が、訳出に「生きている」と良いのですが...)。
この記事を書いている途中で、「パリ・ノートルダム大聖堂の火災」という、実に「ショッキング」なニュースに出合いました。
私自身も、2010年に大聖堂を訪れ、「日曜のミサ」の様子を見ていますから、ことのほか「衝撃」でした...。
しかしながら、この作品は、「このような状況」においても、私たちにぴったり「寄り添う」ような曲だということが出来ると思います。何より、ブレル自身の歌唱には、「優しさ」が感じられますし、バルバラの歌唱には、「ひたむきさ」が感じられます。またそれは、「祈り」という言葉にほかなりません...。
先日発売された、ブレルの「トリビュート・アルバム」、「CES GENS-LA "あの人たち"」に収録された、オクスモ・プッチーノ(1974-)のバージョンは、何と「ラップ」ということになりましたが、これまでにも書いている通り、この詞の「精神」から言えば、決して「違和感」は感じません。
彼、オクスモ・プッチーノ(1974-)は、「黒人のジャック・ブレル」とも呼ばれているようで、思わず「なるほど!!」と「納得」してしまいました。
たぶん、彼も、この詞に「ラップの精神」を読み取ったのでしょう。
単なる「朗唱」ではなく、「彼自身のスタイル」にて見事に「料理」をし、もはや、語られることも少なくなった、この「最初期の名曲」を、見事に「現代に甦らせている」、と私は感じました。彼のその「視点の鋭さ」が、まさに、「現代のジャック・ブレル」だと思います。
ですから、「真剣な話」、私は、このバージョンを「お薦め」し、出来るだけ「多くの人」に聴いていただきたいと思いました(どうしても「馴染めない」方には、無理にお薦めはしませんが...)。
この曲は、なかなか他に「カバー」を見つけることは出来ませんでしたが、パトリック・アブリアル(1946-)というアーティストのこちらの録音が「素晴らしい」と思いましたので、載せておきます。2015年からともに活動している、「Jye」というギタリストとの共演のもので、昨年に発表されたアルバム、「l'Amaque "ラマック(仮)"」からの1曲です。
「MV」は「2種類」あるようで、上の「映画仕立て」のものと、下の「演奏」のものと、どちらをとっても、「秀逸」だと言えることが出来ると思います。
それでは、以下に、「il nous faut regarder "見なくてはならない"」の歌詞を載せておくことにいたしましょう。
また、ブレルの「パリ・デビューアルバム」(1954)の中で、「好きな曲」をもう1曲挙げておきましょう。
「il pleut(les carreaux) "雨の中で(窓ガラス)"」。
この映像は、「後年」のもので、1960年3月20日放送のテレビ番組からとなります。
「1979年」に発表された、セルジュ・ラマ(1943-)のこの録音は、これまでほとんど「スポット」を浴びることのなかった、この「隠れた名作」を、「世に知らしめる」ことになりました。
「名曲名唱」として、必ず「挙げておきたい」録音だと、私は思います。
それではまた...。
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il nous faut regarder 見なくてはならない
derriere la salete
s'etalant devant nous
derriere les yeux plisses
et les visages mous
au-dela de ces mains
ouvertes ou fermees
qui se tendent en vain
ou qui sont poings leves
plus loin que les frontieres
qui sont de barbeles
plus loin que la misere
il nous faut regarder
私たちの前に広がる
醜いものの向こうを
細めた眼の向こうを
力のない顔の向こうを
それが開かれていようと、閉じられていようと
空しく差しのべられていようと
または、拳を振り上げていようと
その手の向こうを
有刺鉄線の張られた
国境線のはるか向こうを
悲惨のさらに向こうを
私たちは、見なくてはならない
il nous faut regarder
ce qu'il y a de beau
le ciel gris ou bleute
les filles au bord de l'eau
l'ami qu'on sait fidele
le soleil de demain
le vol d'une hirondelle
le bateau qui revient
l'ami qu'on sait fidele
le soleil de demain
le vol d'une hirodelle
le bateau qui revient
私たちは、見なくてはならない
その「美しい」ものを
灰色や、青色の空を
水辺の娘たちを
「誠実」で知られている友人や
明日の太陽を
つばめの飛翔や
帰って来る船を
「誠実」で知られている友人
明日の太陽
つばめの飛翔
帰って来る船...
par-dela le concert
des sanglots et des pleurs
et des cris de colere
des hommes qui ont peur
par-dela le vacarme
des rues et des chantiers
des sirenes d'alarme
des jurons de charretiers
plus fort que les enfants
qui racontent les guerres
et plus fort que les grands
qui nous les ont fait faire
恐れている人たちの
すすり泣きと涙
怒りの叫びの
コンサートの向こうで
街や工事現場
警報のサイレンや
車夫たちの荒々しい言葉の
騒々しさの向こうで
戦争を語る、子どもたちよりも強く
私たちにそれをさせた、大人たちよりもさらに強く...
il nous faut ecouter
l'oiseau au fond des bois
le murmure de l'ete
le sang qui monte en soi
les berceuses des meres
les prieres des enfants
et le bruit de la terre
qui s'endort doucement
les berceuses des meres
les prieres des enfants
et le bruit de la terre
qui s'endort doucement...
私たちは、聴かなくてはならない
森の奥の鳥の声を
夏のつぶやきを
身体を流れる血の音(脈動)を
母親たちの子守歌
子どもたちの祈り
そして、静かに眠る
大地の寝息を
母親たちの子守歌
子どもたちの祈り
そして、静かに眠る
大地の寝息を...
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(daniel-b=フランス専門)




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