中京圏の「ローカル番組」のようですが...。「熱田神宮」の様子がよく分かる動画です。

こちらも、境内の様子がよく分かります。

「三が日スペシャル」です。

今年は、「初詣」について書いてみたいと思います。

 

ちなみに、これまで、次のような記事を書いています。昨年は「不思議な夢」について、一昨年は、「縁起の良い地名」についてです。

https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12341476579.html(昨年の記事)

https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12234318321.html(一昨年の記事)

 

昨年同様、「夜勤(連チャン)明け」の「火曜日」に、さっそく行ってまいりましたが(水曜の「休み」を「有効」に使うためにも...)、昨年は「2日」、今年は「元日」ということになりました。

 

「元日出勤」の上、その後「名古屋」まで「遠征」ですが、「やろう」と思うと、これが、不思議と「出来てしまう」ものでもあるのです!!

今回は、いつもとは少し「違う」行き方をしてみましたので、記事にしてみようと思いました。

 

とは言っても、「驚く」ほどのことでもありません。ただ単に、いつもなら「特急(新幹線)」で行くところですが、今回は、「往路」のみ、「普通列車利用」としてみただけの話です...。

 

昨年は、福井駅発11時36分発の特急「しらさぎ58号」から、米原駅で「ひかり520号」(名古屋13時25分着)という、実に「オーソドックス」な「乗り継ぎ」で向かったのですが、この時の「しらさぎ」は、座席がもう、「ほぼ無い」状態から、「ギリギリ」で押さえたものでした。

 

「年末年始」は、こちらの「天候」いかんによっては、「出発出来ない」ことも「予想」されるため、毎年、「予約なし」(あるいは「前日予約」)が「当たり前」となっているこの「初詣」ですが、「元日の列車」は、割り合い「空いている」ことも「確か」なのです。

 

だからこそ、「元日限定」の「フリーきっぷ」が、JR各社で発売されてもいるわけですが、今年は、天候がそんなに大きく崩れることがなかったこともあって、「満席」となった列車も、それなりにあったようでした。

 

しかしながら、今年は、「条件さえ良ければ」、「普通列車で行く」ことを、あらかじめ決めてもいました。

「青春18きっぷ」(若い頃は、よく使いました)ユーザー(の多さ)や、あるいは、「インフル感染のリスク」も考えはしましたが、普段の「平日」よりは「マシ」だろうと高をくくって、駅に着いても気が変わることがなく、そのまま「普通列車で」と押し通しました。

 

「名古屋」まで出かけるのは、昨年の9月15日以来のことですが、その時の、「予期せぬトラブル」も、今回の「普通列車利用」の「動機」の1つとなっております(「帰り」に新幹線が「ストップ」して、「在来線利用」に切り替えたというお話です)。

https://ameblo.jp/daniel-b/entry-12405617163.html?frm=theme(「9月15日の裏側」の記事)

 

さて、そういうわけで、私は、福井駅10時12分発の普通列車敦賀行きに乗り込みました。先行する特急列車に若干の「遅れ」が出てはいましたが、私の乗る列車には影響がありませんでした。

 

福井から敦賀までは、特急の「33分前後」に対し、「53分」という所要時間です。座席が確保出来れば、何と言うほどのことでもありません。しかし、車両は、「新型」である「521系」にすべて置き換わっていますが、この系列は、京阪神地区同様の「転換クロスシート」であり、「着席率」は、あまり「良い」とは言えません。そうした点でも「不安」ではありましたが、無事「着席」することが出来ました。

 

現在、「普通列車」にて、敦賀以遠へ向かう場合は、ほぼ必ず、「乗り換え」が必要となりました。過去には、長浜・米原まででも「直通」する列車が何本かはあったのですが、現在では、「長浜直通」は、15時10分発の「1本」のみとなってしまいました。

 

その列車の「前面展望映像」ですが、収録は「敦賀」までです。

 

「着席」出来たこともあって、車中ではつい「ウトウト」としてしまいました。「湯尾(ゆのお)駅」(10時45分)に着く頃までは、ほぼ「寝ていた」のではないでしょうか...。

 

「北陸トンネル」を抜けると終点の「敦賀駅」に到着です。このトンネル出口付近に、「交直セクション」があり、それまでの「交流区間」から、「直流区間」へ「切り替え」となります。かつては、「田村-坂田間」(1991年9月1日まで)にあったこの「切り替え区間」が、「虎姫-長浜間」(2006年9月24日まで)へと移り、その後、湖西線「近江塩津-永原間」(2006年9月24日まで)もあわせて、現在の場所に「移設」となりました。このことにより、敦賀から、米原、または湖西線近江今津駅を経由して、京都・大阪方面への「新快速」が「直通運転」出来るようになったため、「運行系統」も変更となったのです。この「交直セクション」は、全国各地にあり、現在の電車では、通過するときも「気付かない」ことが多いですが、「かつて」の車両(例えば、特急「485/489系」など)では、「セクション通過(電源切り替え)」時には、「車内灯」も「消灯」となったものでした(「夜間」は、本当に「真っ暗」になります)。

 

建設中の「北陸新幹線」も、「新北陸トンネル」方向から延びて来る、「高架橋」の橋脚が、次第に出来つつあります。新幹線の敦賀駅は、背後に「車両基地」を抱えることもあって、福井駅よりも、はるかに「巨大」な構造です。また、「曲線上」に位置する在来線駅と違い、「直線的」な立地となりますので、現在の駅舎、ホームからはかなり「離れた」構造となります。開業後のその「乗り換え」や、現駅舎への「通路」をどうするかは、かなりの「議論」がされているようです。

 

敦賀駅で、まず「最初」の乗り換えとなります。18分の待ち合わせで、11時23分発の「新快速姫路行き」(湖西線経由)に乗り込みます。この列車は、「米原方面」へは向かいませんので、2つ先の駅、「近江塩津」(ここから「滋賀県」です)で、「米原方面行き」にまた乗り換えが必要です。

 

 

敦賀と近江塩津の間にある駅「新疋田(しんひきだ)」までが「福井県」です。その「新疋田駅」は、「撮影の名所」として、「鉄道ファン」が集まって来る駅でもあります。また、敦賀を出た上り列車は、下り線を「オーバークロス」し、「鳩原(はつはら)ループ線」によって、勾配を緩和しながら登っていきます(このため、「下り」よりも、「数分」は多くかかります)。「ループ線」ですので、途中、左手側に、「敦賀湾」(後にしたはずの「敦賀市街」)も見えて来ます。「山に入ったのに...」と思える瞬間です。上掲の動画は「解説入り」ですのでぜひどうぞ。

 

(ちなみに、この「ループ線」は、西村京太郎さんの鉄道推理小説、「雷鳥9号殺人事件」の「舞台」ともなりました)

 

 

近江塩津駅への入線も、ちょっとしたポイントです。この列車は、「湖西線」の列車ですので、入線経路も「特急サンダーバード」と同じで、湖西線上りの「分岐点」より「高架」に上がり、「北陸線」をまたいで「西側」へと出ます。この「分岐点」というのはすでに「近江塩津」の「駅構内」ということであり、かなり「大がかり」な駅であるということが出来ます。

 

「近江塩津駅」です。

 

昔は、「分岐駅」と言えど、「単なる通過駅」といったイメージの強い駅でした。現在では、それなりに「乗り換え駅」として「機能」しているようでもあります。私は、この駅を過去に1回、利用したことがありますが、その時も、同様の「乗り換え」でした。主に、「湖西線」から「北陸線」への乗り換えとなりますが、上の動画を見ていただいても分かる通り、「連絡通路(地下)」からして、まるで「要塞」のような駅だと言えます。また、この駅を通過する「下り」の特急「サンダーバード」は、ホームのない線路(進行方向左端)を通ります。

 

私がこの駅で乗り換えた時間帯にも、その、特急「サンダーバード」(17号)の通過の様子を見ることが出来ましたが、1つ、「面白いこと」に気付きました。それは、特に「北陸線」側のホームから見ていたからだと思いますが、右手奥の方にまっすぐ延びて見える湖西線の高架を走って来る「下り列車」は、駅の手前(のカーブ)で、一度「見えなく」なります。それが、接近してくると「また見える」というもので、これは、この駅に「いる」からこそ見れる光景だと思いました。「新疋田駅」も良いですが、この「近江塩津駅」も、なかなか、「マニア心をくすぐる駅」と言えるのではないでしょうか。上の動画は、そのポイントもよく「押さえている」と思います。

 

続いては、「近江塩津-米原間」を「各駅停車」で走る「新快速姫路行き」です。この動画のように、米原駅到着時に、前方へ「増結」するため、入線してからいったん「停止」して、作業を行ないます。

 

米原駅からは、東海道線の「上り」に乗り換えです。上り「大垣方面」は「JR東海」の運行で、名古屋直通の特急「しらさぎ」も、この米原駅で乗務員が「交代」となります。また、「直通しらさぎ」の場合、進行方向が「逆向き」となりますので、「座席の回転」も必要です。

 

今回の行程では、「13時ちょうど発」の普通列車大垣行きから、「新快速」に乗り換えでしたが、上の動画は、「直行」の列車のものを載せてあります。

 

福井駅を10時12分に出て、下車した「金山駅」(「名古屋」の次の「新快速停車駅」)での時刻は「14時20分」でした。

 

何と「4時間」!! 「4時間」もかかって来たのです。いつもならば、「新幹線乗り継ぎ」で、わずか「1時間40分前後」の道程ですが、「たま」にならば、こういった旅も「味があって良い」と思います。今回は、乗車した列車すべてで運良く「座る」ことが出来ました(米原-大垣間は、多少混みあいましたが...)。席も、いつもの「特急」同様の「窓側」で、「東海道線区間」では、バッチリ「車窓」を楽しみました。この調子だと、「静岡」、「東京」方面までも、このまま乗って行けそうな気もしましたが、「夜勤明け」です。「ムチャ」はいけません...(過去に、実際、「東京」まで「在来線のみ」で行ったことがあります。名古屋までは「しらさぎ」の力を借りましたが、以降は、「普通列車のみ(快速列車含む)」です。「約10時間」。静岡県内と、神奈川県内で「満員電車」の洗礼を受けました。また、西方面では、「広島」まで、同様の旅をしたことがあります。いずれも、「片道のみ」ですけれどもね...)。

 

また、途中で気付いたのですが、最初の列車から、「敦賀」、「近江塩津」、「米原」と、同じように乗り継いで旅行されている「家族連れ」を見かけました。「大垣以降」はちょっと見ていなかったのですが、同じような旅行をされる方は、やはり「いる」ようですね。「今さら」のような気もしますが、「家族連れ」だったことから、少し「驚き」ました...。

 

乗車した「新快速」は、この日、「熱田」にも「臨時停車」するとのことでしたが、持っている乗車券は「金山」まででしたので、最初の予定通り、金山で「名鉄」に乗り換えることにしました(名鉄ならば「神宮前駅」での下車で、この方が「近い」と言えば「近い」です)。

 

予想通り、「元日」の熱田神宮は「スゴイ」人出でした。それでも、「4時間」もかかって、「午後から」となったためか、まだ「マシな方」だとも思いましたね。「本殿前」では、やはり「規制」がかかってはいましたが、そこへ進むまでは、意外と「スムーズ」だったのです。

 

今年も、みなさまの「ご無事」もあわせてお願いして来ました。

今年一年、どうか、よろしくお願いいたします。

 

さて、いつものように、「大破魔矢」に加えて、「これがなくては始まらない」、「おみくじ」を引いて来ましたが、今年は何と

「大吉」でした。

 

「第22番 大吉」ということで、「運気盛大なり。しかし倹約を守り無益な消費はつつしめ。日々心身を正さねば運気忽ちに衰えると心得よ。おごる平家は久しからず」とありました。

はは~っ...。

 

願望は「叶う」、旅行は「行くがよし」と出ましたが果たして...。

 

この後は、「規制」からは外れ、そのまま駅まで向かえば良いので「楽」でした。4年前、「宝物館」へ立ち寄ったところ、そこで「インフル」をもらってしまったようなので、それ以来、「混雑期の入館」は「避ける」ようにしました。

 

「神宮前駅」に戻り、次は「セントレア詣」となりましたが、実は今回、「ネットブース」の「コインパソコン」に向かっていただけで「予定時間」が過ぎてしまいました。

 

「何しに行ったんじゃ」と言われそうですが、「セントレア」自体が、私にとっては「ラッキープレイス」だと言えるので...。「こんな感じ」じゃ「ダメ」でしょうかね...。

 

この動画、もう一度載せておくことにしましょう...。

 

これまでにも書いているように、「セントレア(中部国際空港)」は、私の「初出国」(2008年)の空港です(「験担ぎ」で来ているということもありますから、まさしく、「セントレア詣」なのです)。それ以前にも、「北海道からの帰り」で利用していました。「開業当初」(2005年2月開港)は、名鉄「ミュースカイ」(空港への「最速特急」)が、「本数」も「座席」も「少なかった」ので、「リムジンバス」といったこともありましたが、これだと、「1時間」はかかりました。

 

何はともあれ、再び「金山」で乗り換えて、「名古屋駅」まで戻って来ました。

 

さあ、帰りは「新幹線」と思って、「窓口」へ行こうと思ったのですが、「目の前」にある「券売機」で、どうも「出せそうだぞ」と思ったので、試しに操作してみました。そうしたら、これが意外と「便利」で、「ひかり」の指定席はもちろん、「しらさぎ」の指定席も、「希望の席」で取ることが出来たのです!!

 

かつては「不便」とも思えた「JR東海」のシステムでしたが、近々、JR西日本の「e5489」システムも「処理可能」になるということらしく、ようやく「使えるようになった」と感じました。

 

そして、その「帰りの列車」は、「19時19分発」の「ひかり523号」で、米原駅にて「しらさぎ61号」に乗り継ぎ、福井駅到着は「20時59分」。

わずか「1時間40分」という行程だったのでした...(短かっ!! 速っ!!)。

 

この日は、あの「9月15日」のようなことは「ありません」でしたので、まったく「いつも通り」の「スムーズ」な帰路でした(「天下とり御飯」は「売り切れ」でしたが、「駅弁」もちゃんとゲット出来ました...)。

 

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ちなみに、名古屋発の「下り(直通)しらさぎ」は、「普通列車(「新快速」などを含む)」とは「違う線路」を走ることはご存知でしょうか。

 

これは、「しらさぎ」に限らず、大阪行きの特急「ひだ36号」、寝台特急「サンライズ瀬戸/出雲号」、そして、「貨物列車」でも「同じ」です。

 

まず、大垣駅を発車(通過)すると、「約2分半」ほどで、「南荒尾信号場」を通過します。この時、「下り普通列車」は、「垂井(たるい)駅」に停車するため、「左端」の線路を「直進」しますが、これは、実は、後から作られた「垂井支線」と呼ばれるもので、「特急」が走っている「中央」の線路が「下り本線」です。

 

この「下り本線」は、元々は、「関ヶ原」へ向かう「上り勾配」を「緩和」するために作られたもので、「上り本線」を「アンダークロス」する形で、「北側」へ「迂回」します。現在、「普通列車」は、車両性能が「向上」したために「直進」して「垂井駅」に「停車」(上下線とも)していますが、かつては、「下り本線」上に、「新垂井」(1986年11月1日廃止)という駅もありました。

 

現在では基本的に、「特急列車」、「貨物列車」しか走らない「下り本線」。「解説付き」でどうぞ。

普通列車は、左端の「垂井支線」を通って、「垂井駅」へと向かいます。

「下りしらさぎ」の「右手側車窓(米原まで)」です。大垣発車は、「32分35秒頃」です。また、「新疋田-敦賀間」(1時間25分45秒頃から)は、「下り線」ですから、「ループ線」はなく、そのままほぼ「直進」で、坂を下りていきます。

「上りしらさぎ」の「左手側車窓(米原から)」です。「2時間18分50秒頃」、「下り本線」が「オーバークロス」する様子が分かります。また、「1時間24分40秒頃」に敦賀駅を発車してから、こちらは「鳩原ループ」へと入って行きますが、「右手側」なので、「分かりづらい」かも知れません...。

 

この「下り本線」は、私の場合、「復路での利用」でないと、基本的に乗ることが出来ません(後は、わざわざ「乗りに行く」か...)。近年は、「陽の高いうち」に「帰路」に着くことも多いですから、そういった選択も「可能」ではありますが、そう言えば、なかなか乗ることが「ない」ですね、ここ最近は...。

 

以上で、この記事を終わりたいと思います。

 

それではまた...。

 

(daniel-b=フランス専門)