リーかあさま記念館のブログ -94ページ目

草津温泉の「大滝の湯」の地はかつてはこうだった!

GWも最終日になりました、大勢のお客様が訪れている草津温泉です。温泉に入られた方いかがだったでしょうか?
 
草津温泉には温泉センターが三箇所あります、そのうちの一つ「大滝の湯」にまつわる話です。
 
場所は草津温泉のメインである湯畑から至近距離にあり周りは谷に囲まれている。
 
明治20年以前は、草津町のもっとも不衛生な場所であった(下流のため全ての物が流れていく場所だったのです)
 
古来より、ハンセン病に苦しむ人々が温泉治療で湯畑周辺に大勢集まっていた、この病者達の事を「裏壷の客」と呼んでいた
 
草津温泉がさらなる発展するためには?っと考えた町はハンセン病者をこの場所から移転するよう考えた
 
                        そして、決行!
 
ハンセン病者専用の湯之沢集落が誕生したのである、この湯之沢集落があった場所が今の大滝の湯一帯なのです。
 
今朝6時少し前のかつての湯之沢集落の写真を通称”地蔵坂”から撮影してみました。 中央奥が大滝の湯です当時このあたりに「御座の湯」がありました。 右の白い三階建ての建物のところに聖バルナバ教会がありました。 右の土手上は現在のコンウォール・リー女史頌徳公園です。 この写真では見えないけど中央奥に建設省の中和工場があります当時は聖バルナバ病院があった場所です。
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                       ここから左を見ると青い建物と大きなホテルの間に見える赤い屋根の家あたりがこの地でハンセン病者や町民(当時上町と呼ばれていた)の医療をおこなった女医服部けささんが住んでいた場所です、道路の左先は間もなく上町と下町(湯之沢集落のこと)の境です。 桜が満開ですね。
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当時のことが絵本になりました、タイトルは「リーかあさまのはなし」です、その頃が偲ばれる絵があります 桜が咲く季節の運動会でしょうか?
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                                       参:絵本「リーかあさまのはなし」
 
明治~大正~昭和の戦前にかけて存在したこの湯之沢集落も国立療養所栗生楽泉園へと移転し現在はありません。
 
その後群馬大学医学部草津分院が出来ましたがこちらも移転し
 
現在の大滝の湯へと変わったのです。
 
 
大滝の湯から地蔵坂を少し登ると頌徳公園があり当時のことを知ることができる記念館があります、リーかあさま記念館です小さいけど案内板も出てます 駐車場もあります 詳細はリーかあさま記念館のホームページ見てください こちら です
 
                                                                                         (担)バルナバ★UっP- でした

コンウォール・リー女史・・あの時と同じが風は吹いているのだろうか?

コンウォール・リー女史(以下リー女史)はどのような交通手段でどのような経路で草津温泉へ来たのか?
 
今日は始めて来た時ではなく、草津温泉に電車が開通した時からの話です。
 
すでに、聖バルナバミッションを開始して10年の歳月が流れていた頃です。
 
草軽電気鉄道っていう電車が避暑地として当時から有名な軽井沢~草津温泉に全線開通したのが大正15年 55キロの道のりを4時間位かけて結ばれたのです。 これで東京方面から草津温泉に来るのには 軽井沢で一回乗り換えるだけで草津温泉に来られるようになったのです、勿論車が普及されてないので大変便利な乗り物であったのです。 リー女史がこれを利用したのです。
 
路線図がこれです(※この路線図は晩年です、当時の国鉄長野原線が開通してますので)
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軽井沢を出発した電車は北軽井沢の浅間高原を走りぬけ草津温泉へと向かったのです
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(こちらの油絵は、このブログを担当している、バルナバ★うっP-家の長老が生前描いたものです、長老はリー女史が一時住んでいた家のお隣さんだったのです、長老は聖バルナバ幼稚園卒で日曜礼拝にも度々参加しておりました リー女史のことを「リーさん」と呼んでました 残念ながらもうそういう話を聞くことが出来ません・・・・・・)
 
電車は嬬恋を通りイヨイヨ草津へ
 
こちらは今日の写真です、すでに草津前口駅~草津谷所駅を通過し草津温泉駅まで約2キロ地点、今でも線路道残ってます、ウォーキングコースにもなってます リー女史が東京へ向かう時・・・・・あるいはイギリスから帰ってきた時この車窓(ここは当時は立ち木がなく景観が大変良い場所です)から何を思ったのでしょうか?
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さあ、あと一つ曲がれば草津高原が見てくる ここは一之沢です 右側の釣鐘は道しるべではありません 熊よけです、ウォーキングのみなさん思い切り鳴らしてくださいネ、熊と勝負しても”勝てません~ヨ!!) こちらの写真も今日です
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草津温泉駅跡地に到着しました、今は回りにホテル、マンションが立ち並んでます リー女史がみたらビックリでしょうね、中央の鉄道祈念石碑の下に何か2本見える イメージ 4
 
線路があります、軽井沢~草津温泉間で線路として唯一現存する線路らしいです
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では、当時の草津温泉駅の紹介です
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 リー女史が長旅から草津温泉に降りたときどんな風が吹いていたのでしょうか? その風は今でも同じ風なのでしょうか? 軽井沢~草津温泉間の足跡を今後も訪ねてみたいと思います、もしかしたらリー女史が車窓から見た風景、同じ風に出会えるかもしれないから・・・・・・
 
 
                 リー女史ってどんな方? この方です
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リー女史の記念館が草津温泉に開館して3年目です 詳しいことは こちら から
是非お越しください。

花見が今頃なんです、そこで草津温泉の桜特集です。

5月4日快晴の草津温泉です、温泉街のあちこちに桜が満開です。
 
コンウォール・リー女史頌徳公園付近で花見のハシゴをしてみました写真で紹介します。
 
まづはかつての湯之沢集落から頌徳公園へと続くコンウォール・リー女史(以下リー女史)が歩いた通称地蔵坂に咲き誇る桜
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こちらも地蔵坂です、桜がアチコチに見えます、リー女史がいた頃は大パノラマが広がり絶景POINTだったことでしょう
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頌徳公園に到着です、 リー女史の聖バルナバミッションの一つである”聖テモテ館”というホームがかつてあった場所に咲いた桜です 朝日が幹付近に隠れてます
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かつての湯之沢が見下ろせる場所に咲いた桜です、ご近所の方々が言ってました「おーそろそろやるんだー」 何をするのか?ご想像におまかせいたします(何をするのか想像できますよネ!御座ひろげてネ?)
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こちらはマーガレット館に咲いた桜です、マーガレット館はリー女史の聖バルナバミッションの一つで現存する唯一の建造物です
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この桜は逆方向からみるとこんな感じです、 右側にリー女史の胸像が見えますか?
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コンウォール・リー女史の記念館がこの公園内に出来ました 聖バルナバ教会に併設されています 本日は教会でミサがあるため12:00~15:00が会館中です 入場無料です駐車場もあります
記念館の詳しいことは こちら を参考にしてください 案内地図もあります
 
満開の桜の花見とリーかあさま記念館へ是非きてください。 
 
今回のGW中昨日が一番道路が渋滞しました、本日も渋滞が予想されます草津温泉のお越しの方道中の運転気をつけて来てくださいネ
 
                                     (担) バルナバ★うっP-  でした