「逆襲のシャア」を再鑑賞 | おだんご日和

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Dango茶屋・いちのせの徒然記

 

 

 ガンダムは、多面的な楽しみ方ができる一筋縄では行かない作品で、それが敷居の高さになっているけれど、ファンを引き付ける魅力にもなっているのでしょう。

 魅力の一面は「アムロとシャアの人間ドラマ」で、これがおそらく女性ファンを引き付ける要素になっているのではなかろうか。
 また一面には「軍記物」という見方があって、モビルスーツの描写や様々な戦略・戦術がロボット好きの小中学生やプラモデルのファン、大人のミリタリーファンを引き付けている。
 そして、「硬派な未来SFモノ」としての楽しみ方もあり、架空の歴史を描くという面白さは昔から言われているけれど、人々の生活や技術の描写がことのほか面白い。私自身、この楽しみ方は、最近になってやっとわかってきました。
 逆襲のシャアの中でも、コロニーや宇宙船内の描写を丁寧にやっているし、ホビーハイザックや作業用のプチモビルスーツは生活の匂いがあって楽しい。テレビシリーズのZガンダムに自動運転のタクシー(モノレール?)みたいな乗り物が出てきたりしたのも面白かった。

 

 私自身は、ガンダムを平家物語の流れを組む作品だと解釈しています。平家物語には、鎧や兜を延々説明するくだりがよくありますが、あれはモビルスーツの描写みたいなものだし、短編連作の形になっているところとか、前提となる歴史を知っていないとよくわからない部分があるところとか、共通点が多い。

 

 さて、そんなガンダムシリーズの中でも屈指の人気作が「逆襲のシャア」です。
ただ、ガンダム初心者が見て面白いかというと微妙で、私自身も「ものすごく面白いけれど、ちっとも面白くない作品」という変な感想を持っています。
 劇場3部作の続編、つまり4作目にあたり、いろいろな説明が省かれているのだけれど、それにしたって、こちらの理解が及ぶ前に次々に要素が並べられていく感じで、正直に言って一回見ただけでは良くわからない。公開当時、小学生だった私は「ぽかーん」だった。

 

 今回、見返してみて気付いたのは、アムロとシャアの描写が半々になっていること。それがわかりにくさに拍車をかけているのではないかと思いました。普通の映画だったら視点をアムロ側に絞って、シャアが何を狙っているのか、状況証拠を集め、シャアの本心を推理・想像して行くという推理ドラマになるのではないかと思います。
 で、実際にそうなっているのですが、シャア側もたくさん描写しているので、「シャア自身の姿や行動をたくさん描きつつ、シャアの本心を隠す」という、なんだか矛盾した表現になっています。結果、アムロに感情移入できず、シャアの描写も中途半端なまま最終決戦が始まってしまい、モビルスーツ戦の華やかさでラストまで押し切ってしまう作品になっています。
 じゃあ、アムロ側に視点を絞って、最終決戦までシャアの姿が出てこない映画にすればよかったのか?
 多分、その方が映画的には面白くなったと思います。でも、「ガンダム的に面白くなったか?」というと・・・つまらなかったでしょう。

「ハイ・ストリーマー」と呼ばれる原作小説の冒頭は、アムロがコロニー内でシャアの動きを調査している場面から始まるそうなので、おそらく監督自身は全てわかった上で、ガンダム的な面白さを優先したのだろうと思います。

 

 そして、ゲスの勘繰りをするならば、「いや、やはり推理モノにするべきだった」という反論として「機動警察パトレイバー劇場版」が作られたのではないかと私は思っています。よく考えると、二つは物語のつくりがそっくりなんですね。
「ロンドベル隊」=「特車2課」の視点で見ていると、

「犯人の意図を主人公たちが追いかけて行く」

「官僚組織に翻弄される」

「官僚の中にも心ある人がいて陰ながら味方してくれる」

「巨大な構造物の破壊が主人公たちの目的になる」

「犯人の意図を理解した主人公たちは、破局を食い止めるために、超法規的に動き出す」

 

  映画的な面白さを目指したパトレイバーと、ガンダム的な面白さにこだわった逆シャア、興味のある方は、ぜひ見比べてみてはいかがでしょうか。。