「分かった、お前のやりたいようにやったらええ。ただ、もしもわしがぽしゃってしもたら、みの源の暖簾を継ぐのはお前しかおらんのやからな、そのことだけは肝に銘じておいてや」
「大丈夫や、ぽしゃるような兄貴と違う、兄貴ならそのうちきっとみの源を立ち直らせるって」
そんな励ましの言葉も、心の余裕をなくしていた私にとっては逃げ口上のお愛想にしか受け取れなかったほどのショックでした。
結局は弟の決断が正解だったわけです。もしあのとき強引に私の許に引き止めていたらおそらく彼も私と共に破産して家族たちまでも巻き添えにしていたことでしょう。
泣きっ面に蜂、信頼しきっていた弟に去られた私はますます途方にくれました。
けど、四面楚歌ともいうべきそんな中であたたかい誠意を示してくださった人たちもいなくはありませんでした。
思い余って融資をお願いしたAビールさんからは思いもかけない返事を頂きました。
「ご用立ていたしましょう。いつでもお振込みします」
びっくりしたのはそのあとです。
「なお、このお金ですがわが社の製品を長年にわたってお売りいただきお取引いただいたお礼の意味ですのでご返済頂かなくても結構です」
ビール業界も競争激化の時代にどなたの判断だったのでしょう。
ひょっとしたら当時のAビールのS社長がかって船場地区の担当セールス時代に親父とも親しく、商売のことなどよく語っていたそんなご縁での判断かとも思うんですが、いずれにしろ私の力やなく先代が守り続けたみの源の暖簾とそれを評価してくださったAビールさんの厚情に涙の出る思いでした。
それと、N酒造の社長からもあたたかい援助をいただきました。
「私も会社での立場がありますんで形だけで結構ですから返済条件など書類にしてください。それも変更されたいときはいつでもおっしゃってください。お金はすぐにでもお出しします。苦しいときはお互い様ですからね」と言われたときのあの温和なお顔は今も忘れられません。
そんな温情をかけてくださった方々になんのお返しも出来ずに今日まで過ごしてきたことには心苦しさばかりが残るのです。
人の心の表と裏、薄情さと温かさ、自分が不遇の身になったときにそれがいちばんわかるんですな。
順風満帆、追い手に帆かけて走ってるときはすべての風が自分の後押しをしてくれているように思えるんです。
ところがそれが逆風に向かいますといままで後押ししていてくれたはずの風がどれだけ行く手を妨げることか。
すべてがうまくいかず万事窮した状態を大阪弁で「にっちもさっちもいかん」といいます。こうなってから世間の風の怖さを知っても、もう手遅れなんでしょう。
上り坂に背中を押してくれた手は下り坂には突き落とす手に変るんです.。