ダンデリオン・フラッフです。
淋しさってどこからやってくるのでしょうか?
淋しさって、そう思ってしまった瞬間にたまらない気持ちになりますね。
どうにもならない孤独感。
自分を理解してくれる人なんて、この夜中に1人も居ないんだって・・・
私にもそう思う事は、何回かありましたよ。
淋しさって、”友人”の数でも補えないし、恋人が居たって駄目な時もある。
家族と暮らしていたって駄目な時もある。
淋しくないと思える時はどんな時でしょうか?
自分のコアな部分を共感してくれたり、理解しなくても寄り添おうとしてくれた時だったりします。
でも、その対象だって、自分の人生があったりします。
家族が居たり、恋人が居たり、他の友人や、同僚だったり・・・
だから、常に自分に共感してくれている〇〇さんではいられません。
そんな時に淋しさが湧くと、裏切られたようなとてもみじめで淋しい気持ちになりますよね。
ちょっとカッコ悪くて言えないかもしれませんが、それは皆さん体験ありますよね!
ハッキリ言って淋しくない人間なんて居ないんですよ。
周りを見ると自分だけの気がしますが、そんなことはありません。
今日のこの時間は淋しくなくても、あと数分で淋しくて孤独だと思うかもしれません。
人間の感情も流動的ですし、何かの影響でコロッとネガティブにもポジティブにも変わります。
淋しさは、ひょんな時に”自分だけ”と思ってしまう事から始まるのでしょう。
家に帰っても誰も待ってないけど、この街の光の一つ一つに家族があって”おかえり”と言って貰っているんだろうな・・・
災害のニュースを見て、自分が巻き込まれたら誰か探してくれるだろうか?探してくれなかったら・・・
なんでもいいんです。
そんな事をふと想像する時にたまらなくなります。
私も一人暮らしの時、みんな友人は友人の生活もあるので、私がここで災害にあって動けなくて、
取り残されても、それに気が付くのは何日もたってからだろうなと考えた事がありました。
結婚した時に、これで真っ先に思い出してくれる人が居るって安心しました。
でも、それも無くなりました。
今は娘や母は心配するでしょうが、娘が結婚したら真っ先に自分の家族を心配するでしょう。
その時には、私はどうなっているか・・・
そんな感じでみんな不安は有るんです。
産まれた時も1人、死んでいくのも1人です。
でも、本当は貴方を忘れたりしないものですよ。
いつも気づかなくてもあなたを見てる人は必ずいます。
私も震災の時は、めったに連絡を取らない(筆不精なので)友人たちに連絡を入れたものです。
真っ先に1人暮らしや、ひとり親などの方から順々にかけました。
みなさんもそうではないですか?
被災地の友人に連絡したでしょう?
一人ぼっちはないですよ。
それでも、皆さんと付き合いもしないで家に閉じ籠り、家族も居ない方は心配ですね。
もしもそんな境遇であるなら、一日も早く社会復帰を願わずにはいられません。
人は本来1人では生きられません。
産まれたから今まで、誰かしらにお世話になりながら生かされています。
たとえ閉じ籠りの君だって、見ず知らずの方が必死に働いた給与からの税金で保護されていたりします。
そのことに感謝することは大切です。
そんな時に、必ずあなたを見ている人はいます。
今ある自分を見つめてみると、多くの人がワンタイムでもあなたと関わってきたことを思い出されるでしょう。
淋しくなったら、それを一つ一つ思い出してください。
1人ではない事に気付けると思います。
それでも苦しみしか思い出せないとか、人間を信じられないとか、どうしようもない孤独感になられたら思い出してご連絡ください。
一緒に考えていきましょう!!