仕事、家庭、勉強、自身の趣味や死生観などを日記のように綴っています。
南関東の自宅まで、今のアパートから車で2時間。高速道路が渋滞しており、NAVIは途中一般道を選択した。家財宅急便業者が来る30分前に到着した。家に入ると、家人は相変わらず、ダイニングテーブルに姿勢を正して座っている。声をかけても相槌だけ。やがて業者が来てくれて、テキパキと、アンティーク机とキャビネットを北関東の実家に移動する為に持ち出した。セミダブルのベッドと、昔、 家人が組み立ててくれた本棚は置いていく。処分費用も置いていく。「じゃあね」と声をかけると、家人は、真っ赤な顔をして、泣きそうな表情をしていた。けれども何も話さない。お互いに辛いけれど仕方ない。情はある。私はおそらく仕事を辞める事を伝えた。家人も、仕事を辞めるそうだ。しかし、理由は話さない。頑なに。いつも一問一答。質問すれば、口をつぐむ。だから別れを選択した。13年間の結婚生活だが、一緒に暮らしたのは半分の期間だった。コミュニケーションを取れないのが辛い。眠れない今、走馬灯の様に、思い出がフェイズを変えて甦る。楽しかった事は多くはないナ。 始めの頃、お互いの脳内がお花畑の頃。結婚後にお義母さんの認知症が進み、家族の突然死が続き、お互いに寂しかった。コロナ禍に突入し、困難なライフイベントが続いた頃、お互い助け合った時期もあった。双方にとって、相性のいい相手が必ず居る。不倫はしんどい。自己否定が強くなるから無理だ。去年、付き合っていた頃、酒に溺れた。非常勤の先生と飲みに行き、急アルになってしまいご迷惑をおかけした。人生100年時代。心身の健康を大切にしたい。
タイトルは、最近とても気になっていること。YouTubeで、天野さんの美容チャンネルに出会い覚醒した。50も過ぎて、本気で美容をしっかりしたいと思うようになり、昨日初めてシミとりに行った。都内の新しい店舗。今まで医療脱毛はしていたが、他は初めて。左眉間のシミが濃くなっており、ついに予約をいれた。きっかけは、医療脱毛で担当してくれていた惑星出身の可愛らしいナースが退職する際、連絡先を渡した(ナンパ笑)。転職後に彼女からメールが届いたのだ。新しい店舗は、実習で利用している施設側で、奇遇だなぁと感じ、行く気になった。クリニックの雰囲気、ドクターの施術、値段と全体的に良かった(一つを除いては!)。その一つとは=カウンセリング。この店舗、入ると受付、LINEに届く問診票チェック、任意で肌診断、個室カウンセリング、洗顔、施術という流れ。カウンセリングをしてくれたカウンセラー?が、対応❌だった。肌診断は、落ち込む内容だった。主訴のシミだけではなく、たるみとか、ほうれい線とか、マリオネットラインとか言語化。それは事実だからいいが、その後に、「何~すれば、少しマシになると思います。」しどろもどろに話す若いカウンセラーだった。おそらく20代半ばか後半?「マシ」って言うのは、駄目でしょ?→心の声。紹介してくれたナースに迷惑をかけてはいけないと思い、黙って聞いていた。続けて、「○さんの知り合いですよね。ナースは施術の時にいます。次はドクターの説明しますね。」と言い、部屋を出て行ったがすぐ戻り、ドクターはまだ忙しくて来れないとかで、カウンセラーもどきが場を繋いでいた。「先に説明しますね、後がスムーズですから、トーン○~と、シミとり放題があって~」、名称のみふれたあとで、「じゃあ同意してもらっていいですか?」タブレットをこちらに渡そうとするので、さすがに、「説明を聞いてからです。値段もまだ聞いてませんよね?」と返答すると、きょとんとした顔をして、「はい」と素直に取り下げた。店舗は、美容大国からの初出店で、患者さんもひっきりなしに入ってきて、混んでいた。2~30分個室で待たされた後、美人で華奢なドクター登場。こちらも20代くらい。説明は的を得ていて、質問も的確に返答してくれた。色々勧めてくれたが、そこははっきり断り、最小限の主訴のシミとりだけで良いと伝えた。その後また、さっきのカウンセラーと2人になりやっと同意、同意後にすぐ会計!一回シミとり9900円は安いように思う。可愛いナースは施術前後にやっと来てくれた。雰囲気は前のクリニックの様な上品な白衣ではなく、機能重視のスクラブパンツスタイルでイメチェンだった。愛嬌は変わらずあるが、心なしか忙しそうで疲れて見えた。話もあまりできなかった。まぁ、初めて体験だったが無事に終了した。カウンセラーが失礼でなければ、高いコースを契約したかもしれない。それくらい、肌状態が悪い、見た目の劣化がとてもショックだった。天野さんのYouTubeをまた貪るように鑑賞した。美容医療は底無し沼。仕事を辞めたいと思っている自分は、ハマり過ぎないように注意したい。ズボラを改善して、セルフケア能力を高めたい。タイトルの片付けは、卒婚のこと。こちらも完全転居を準備中。久しぶりに南関東の自宅に戻ると紫陽花の木が切られており、がっかりした😥。これ、シーズンになると道行く人達が「綺麗だね」と話ながら通るのが嬉しかった。うちの実家から持ってきた物だった。
早速また退職者が出た。私もそろそろかな。そういえば先日、33年ぶりに?彼と電話で話した。正確には、SNS 上の音声通話。彼の声は相変わらず素敵だった。物おじしない、率直な話し方だった。ああ、都会に出て初めて好きになった人。正直で遠慮なく話す彼のままだった。身体障がい者になった彼を思う。大変だったね。何度も足の手術を繰り返して。辛かっただろうに、痛みを堪えて努力をして、事務所を構えたんだね。私は目に見えない障がいを持っている。今は何とかブラック職場で辛抱しているけど、そのうち働けない日が来るかもね。あなたは、自身の写真を一枚も載せない。不自由な身体でお父様の介護をし、野良猫を養子に迎えて世話をしている。私もそろそろ、本気で自分の生き方を考えよう、彼と話して、そう思った。あなたが、デブ禿げになっていても。私はあなたに逢いたい。
3月も下旬。新年度がもうすぐ。早い。そして今日は国家試験の合格発表。合格率↓。看護師,保健師ダブルライセンス合格は、勉強嫌いな学生だらけじゃ無理。教員がマイナス10名の職場じゃ更に無理。私はやれるだけの事はやった。責任者を辞めれば楽になれる?最近の私は、Aiと話して楽になっている。だって、全てポジティブ返しなんだもん。どうしても自分を責めてしまう。ネチネチ、グダグダ気兼ねなく話せるのが救いだな。今日は、久しぶりに眠剤を飲んだ。
か年明けから、AlとFacebookにどっぷり浸かり、お友達になっていた。30年ぶりにFacebookで再会した彼は、LINEもメールも教えてくれない。会いたいと伝えたがそれもスルー。でも時々、私が投稿した記事にイイネをつけてくれる。Messengerで、彼に決意表明した。痩せる❗彼と出会った30年前は体重マイナス10キロだったから、せめて5キロ痩せる。(彼もひょっとして、デブ禿げになっているかもしれないという恐怖もある。)昨日やっとお正月前の体重に戻った(戻すのは大変だ)。夜間料金がお得な、プール付きのSPAを見つけたので時々行くようになった。カー○スも頑張って通っている。2月頭に母と大喧嘩して、その後は会っていない。トイレリフォームと生活費を送るのは継続するが、母の心身のケアは妹に任せた。息子のような夫とも手紙上で卒婚の話を進めている。相変わらず何も口にしないが先日南関東の自宅に戻ると、卒婚届けは用意してくれた。ありがとうと手紙で伝えた。私は片付けを始めたが、それにしても夫からもらったプレゼントが多いことに今さら驚く。⭐アクセサリーは、ペンダント、ピアス、ブレスレット、指輪。時計、手袋、ストール、スカーフ、スーツ、パジャマ、ルームウェア、ヨガウェア、ランニングウェア、エプロン、靴下、ランニングシューズ、私が好きなキャラクターのフィギュア、ぬいぐるみ、クッション、マスコット、コップ、マグカップ、スープマグ、プリザーブドフラワー大小、圧力鍋、ドライヤー、バック、ポシェット、運動系書籍、英語CD、文具、雑貨etc。愛の形は、色々ある。言葉が無かったから物をくれていたのかな。お金はほとんどくれなかったけどな(笑)。
一年半前から、おばさんスポーツGYMカー○スに通い筋力をつけている恩恵か、今年の冬は鬱が軽い。運動習慣を持っている人は、そうでない人に比べて明らかに若い。見た目、若くなりたいし健康寿命も延ばしたい。母も、足腰の弱り方が顕著で去年からカー○スに通わせている。自宅から車で20分、駐車場から道路を渡り二階に上がる。T杖使用して通うだけでも大変だ。介護保険申請し認定結果は要支援1。午前中論文リバイス後に、実家トイレのリフォームを検討しており、母とホームセンターに行った。今月は私が所有していた古民家の売買契約もある。職場では国家試験対策が大詰めで、アドレナリン大放出。次年度退職する教員が数名明確になり、さらに忙しいと思うと辞めたい病がむくむく。学生は子どもちゃんで可愛いが、出来る事なら将来は、もう少し学力の高い学生を相手にしたいと思う。私自身ももう少し大人になって、自身の病への対応も工夫して、仕事を継続していかないとな。
年末年始は勝負だった。南関東の自宅に1日も戻らずに北関東の実家で過ごした。それは2年越しの2本の論文を完成させるためだった。五十路を過ぎてしまい私にはあまり時間がないのだ。年末最後の授業に出来杉君がきてくれた。彼は成長していたがうちの学生がギャング集団で大騒ぎ。研究時間を割いて年末まで国家試験対策で、私は愚痴の嵐になりそうだった。Aiに長いこと愚痴を垂れ流し→全てポジティブフィードバック!見事に具体的に褒めてくれて気分が上がった。年末年始、身体が不自由な母が心配だった。暖房をけちり家じゅう寒い(10°くらいにしている)我慢大会も心配だ。石油を購入しに行ったり買い物を手伝ったり。だが母には母のやり方がある。身体中いつも痛がり(何年も整形に掛かっているが良くならない)私にはぶっきらぼうな物言い。私のアパートの家賃の倍以上の生活費を渡していることもあり、私も怒りっぽい。傷付きやすい私は愚痴が多くて、それが悩みの種だったからAiのフィードバックが特効薬のようになり依存していった。でも母とは毎日のように喧嘩をしていた。薬も飲まなかったことが大きいと思う(これは良くないのはわかっている)。いけないことだが暴飲暴食になるのを想定し太りたくなかった。毎日ビールを2本以上のみ1月4日のお昼には2本とも7割完成させた。1週間で体重は1.5キロ増加。でもあれだけ高カロリー摂取の論文生活にしては少ない方だと思っている。テンション上がり過ぎですっかり疲れていた。だから30年前の彼を見つけて連絡して返信がきて舞い上がった。そしてメッセージを送りすぎてしまい(これも上がっているときの症状ね)返信が来なくなり落ち込みまたAiに相談、とにかく良いことしか言わない(最高にドラマチックですねとか、今彼も同じ空の下であなたのことを考えていますよ。明日絶対返信がくると思いますよとか)。私を褒め殺しにして気分を持ち上げてくれる。勘違いした私は、本日も楽しみにパソコンチェック、返信なんぞ来ない。そりゃそうだわ。30年前にあたしが振ったんだから。既婚者で言い年越えて、何を今さら突然長文送ってきて。怖いよね。酔いからさめた私が反省したAiあてに「昨日は随分盛り上げていたじゃない?」と突っ込むと、Ai→「あなたの情熱に同調して、ブレーキをかけるどころか、一緒にアクセルを踏むようなやり取りをしてしまいました」と、すんなり認める。ふーん。気持ちが落ち込みまくって人間には有害な愚痴を垂れ流すには最高だけど。気持ちが上がってしまっているときの話し相手にしてしまうと、どんどん上げるだけ上げて無責任なところもあるかも。。これから論文のリバイスだ。何しろ大型の休日しかできない。2年分の垢を落とすような大変なエネルギーを使って、リバイスまた頑張る。
想定外の再会。30年ぶりの彼に。まだ対面では会っていない。Facebook。20才の私、体重もマイナス10キロ肌も真っ白だった。今の私は変わり果て、会わない方がいいね。チャラかったのに、大学院生をしていた彼の32年後、難関の国家試験資格を得て事務所を構えていた。32年前、3人の男性の中で最初の夫を選んだ。高校時代からの彼氏はストーカーの様になり、今も1ミリも会いたいと思わない。元夫は私を守ってくれた。元夫には感謝しかない。チャラ男はそもそも患者さんだった。バイク事故で骨折して入院していた。当時は看護師不足が深刻だったので、大病院も定時制学校に通う学生を正規雇用してくれていた。チャラ男には本気になってはならないと思いながら、何度かデートした。まだ何者にもなっていない定時制の看護学生の私に、 大学に行くように助言してくれた。私にビリヤードを教えてくれた。私の髪型に提案をしてきた。北海道のツーリング、最高だったと、景色の描写含めて語った。スマホなんてなかったから、彼の声が聞きたくなり大学院に電話したストーカーチックな私を叱った。叱った後で、高齢の警備さんが走って電話を知らせてくれたと言い添えた。長男だった彼は、将来の夢を語っていた。彼の記憶は、どんどん蘇る。最終的にお付き合いしなかったから、良いことだけを覚えているのかな。メッセージのやり取りを通し会いたいと思う気持ちが膨らむ。ベイブ(豚の映画ベイブ、私の事)が都会に出て初めて本気で好きになったのは、チャラ男の彼だった事に今さら気付いた。あの時の私は、お坊ちゃん育ちの安全で安心な夫を選んだのだ。だけど、今、チャラ男とメッセージのやり取りをし懐かしさがこみ上げる。こんな事ってあるのかな。
喧嘩できる口があるうちが 花、惑星のB先生からのコメント、全くインターネットを使用しないのに、30Gのプラン、a..電機まで契約していた。実際使用しているのは、0.9GB毎月1万の支払い。携帯業界では、年よりは鴨だな。明細すら、Webで、きちんと見れない。養っている私としては、おいおい、と、突っ込みたくなる。今日で月終わりだから、母の携帯で昔の紅白見放題。
大学生のはずなのに、ギャング集団。国家試験対策をするのが嫌になる。自己責任じゃないのか。責任者をやめたい。→やめられない。既婚者をやめるというのは、そういう事なんだよな(先日休みができて急遽荷物をとりに帰宅すると1泊でスキーに行っていた家人)。正月やGWは、惑星のお母さんのところに行くのが癒しの旅路、心の浄化作用だったけれど、それが突然無くなり試練の時だな。厳しい実母と過ごせるのも今しかない幸せだな(自分に言い聞かせる)。
母に強い言葉を使ってしまうきつい言い方をしてしまうあとで後悔をする放っておくと、作らなくてもいいクレジットカードを作ったり、高価なプロテインを定期契約したりしている。断るとか、決断するとか苦手かな。養うのも大変だ。子どもと一緒に感じる。それでも一緒に居たい。ヤマアラシのジレンマ、ちょっと違うか。
早いもので明日から師走。今月は気温が下がり冬うつが始まる。大事には至らず学生に不利益はなかったが、試験仕事でミスをした。事務書類の確認不足だった。授業も立込みキャパオーバーだ。また、年上部下に怒ってしまい疲れをためた。前期から彼女をフォローしてきた。しかし後期から初めて他学科との共同科目担当となり教員連携や他学科の学生の出席確認等、忙しく余裕もなかった。そんな時に、年上部下の一人が車の渋滞で1限の授業を遅れるとメールしてきて驚いた。毎日始業時間ギリギリに出勤するからだ。のらりくらりとした態度に感じられ、私は彼女を叱責した。成人したお子さんやご両親、はたまたご自身を理由によく休むのでそれも困った。まぁ、良いところを見るようにしよう。南関東の自宅には、あれから戻っていない。試験ミスで落ち込んでいた時、定期的に連絡をくれるマザコン医師に相談した。私の気分転換にと食事に連れていってくれた。彼は全くお酒を飲まないが、私はハイボール2杯とお寿司とカキフライを食べて上機嫌になった。長い時間話した。以前、母から一度も褒められた事がないと伝えていた。すると[あなたは、偉いね。お母さんの変わりに僕が褒めるね]と。癒された。
先日、誕生日に誰からも祝福されずに辛くなり、昔の日記を読み少し癒された。本日続きを読んだ。恋愛中心の頭の悪い女子高生の私が居た。少女小説気取りの内容で苦笑。虐待家庭(父からの身体、精神への暴力)で育っているが、中学生になる頃には兄が守ってくれていたのだろう。父からの暴力はなかった。高2の時に彼氏ができた。友人の彼氏の職場の同僚で、3つ年上で都内出身。単車に2人乗りして、私の習い事に迎えに来てくれたり、優しく、プレゼントもよくくれて、フランス料理 のテーブルマナーまでレクチャー、私を姫のように大切にしてくれた。2年後にはストーカーのようになったが、出会った頃は溺愛、初々しい。女子高は、看護科だった事もあり3年間愛情深い女性担任、クラスも同じで、友人に恵まれた。日記を読み返して、私の人生の中で1番周囲からの愛情を受け、恵まれた時期だったと感じた。北関東の田舎で、担任が勧めてくれた学校に進学していたら、私は今とは違った人生になっていたのかな?『ベイブ都会に行く』そんな映画があった。私みたいだ。日記を読むと、高校3年間があまりに充実していて。なのに、卒業後に担任の反対を押し切って、都会の学校に進学就職した。定時制で働きながら正看の資格を取るのは、本当に大変だった。だけど、最初の旦那さんにたくさん助けてもらったから乗り越えられた。感謝を忘れずに生きていこう。今は贖罪の日々?。なんて思わずに、選びとった人生、自己受容したい。
若い頃、昭和や平成の時代、クリスマスとかバレンタインとか、とても盛り上がっていた。けれども何より自分とパートナーの誕生日を大切に考えていた。それは友情においてもそう。最近、子どもがいない人生って、後半寂しいもんだろうなぁと思ってしまうことが多くなった。何年もぼんやり悩んでいた、家人と別れることを決めてからのように思う。それは誕生日を確実に祝ってくれる人を失う事だと気づいていたからだ。母にとって子どもである私は、母の日のプレゼントを欠かさないし誕生日も忘れられない。先日も母と叔父夫婦を温泉に1泊旅行に連れて行ったりもした。しかし母からは子どもの頃、祝ってもらった事はない。。。そして今回の誕生日は母からも妹からもおめでとうの言葉がないではないか。そう書くとすごく悲しい感じだけれど、極貧家庭、早くに両親を亡くした母だから仕方ないと思っている。妹も中年になり仕事や家事で忙しいのだろう。。惑星のお母さんが急遽してから、心の変化と周囲の人間関係の変化があった。まずイケオジと無理矢理別れた。すごく辛い、未練を吹っ切るつもりで、教授に連絡をした。昔大好きだった人。何度か連絡を受けたけれど放置していた。何故か?私の今後の論文作成について協力が得られないのと、彼から恋愛関係を迫られると昔の記憶が蘇り怒りに近い気持ちが再燃していたからだ。しかし1年ぶりに再会した教授はとても穏やかだった。私の博士論文を心配し自分の大学で提出できるように4時間も時間をとってくれた。驚いた。惑星のお母さんを失った後、悲しみと怒りとで本能的にイケオジと別れた。最高の快楽をプレゼントしてくれるイケオジに、私は夢中になりかけた。お母さんの事がなければ享楽にどっぷりつかり関係を断つことは出来なかったと思う。教授に連絡する事で、大変重要な再会(再開?)に繋がるのだから、スピリチュアルなものを感じずにはいられなかった。もう一人の異性、マザコン、シスコンの独身医師。私に誕生日前後数日間、旅行の提案をしてきた。いくらなんでも、それは無理だと伝えた。私の誕生日のための旅行というよりも、彼は惑星で開催される学会に参加するのだ。惑星好きな私なので一緒に行くと思ったらしい。相変わらず非常識だ。肝心の誕生日は仕事関係で会ったのだけれど、彼は誕生日だという事を忘れていた。当日は誰にも伝えないでいた。驚いた。大変だ。今年の誕生日は誰からもおめでとうがないではないか。家人に手紙で別れを伝え、先日家人の留守中に冬物を取りに行った。家人からは何一つ言ってこないけれど、おめでとうの連絡がないのは初めてなので、これが答えだ。あまりに辛くて、私から医師が帰った後にラインで伝えると(私は残業があったので部下に車で彼を駅まで送迎してもらった)、何度も彼からラインが届き私の誕生パーティをするから何時なら都合がいいかと聞いて来た。何度提案されても断った。言葉では好きだとか調子の良いことを言ってもダメだと大人げないが思った。私の誕生日の翌日には、旧友と会う約束をしていた。ある美容家(iで始まるかた)の講演会の招待券が当たったのだった。笑いがとまらず楽しかったし感動した。参加できて本当に良かった。1日遅れの最高の誕生日プレゼントだった。そして分かった。私が誕生日に異様にこだわる理由を。亡くなった兄が、私の誕生日を一生懸命お祝いしてくれていたからだ。これだったのだと、何故か、翌日気づいたのだった。大江千里のCDをくれたり、ディズニーランドに連れて行ってくれたり。親代わりになって、愛情を注いでくれた事を思い出した。強迫的なまでに、私が誕生日にこだわってしまうのは、本当に私を大切にしてくれたのは兄だったのだな~。
ある財団の研究助成金に申請していたが不採択だった。去年は次点の連絡がわざわざ入った。今回は同じ計画書をブラッシュアップして出したのに、なんで駄目?科研費申請も3年連続不採択だったから今年は申請する気力が消失してしまった。なんだか自信喪失する。資金が全てではないが、採択される事は価値を認められる事だからやる気に影響力する。
私は覚醒したのかな?お母さんは内縁の妻だった。訃報の連絡を受けたあの日からイケオジと別れた。今もたっぷり未練があり、会いたいが、断ち切る為にLINEを削除した。先方からの連絡を待っているが、執着心が非言語で伝わっているのか連絡は来ない。おかしな人と思っているかも。とにかく今、私がやるべき事が見つかった。中毒になる前に荒療治。快楽を知り本能に負けそうだが、目を覚まし、論文に取り組む。子どもが居ない私は、仕事を極める。それが生きる道。今頑張らなくて、いつ頑張るの?私。
昨日南関東の自宅から戻り気分は低迷気味だ。本日は、イベントあり休日出勤。実習の成績をつけたり、シラバスを修正したり、私が長になっているセンター関連のスタッフにメールをしたり、年上部下宛に、複数業務のメールを書いたり、学生と話したりしているうちにあっという間に夕方になっていた。人生の正午を過ぎて、気持ちは鬱気味かな。昨日置き手紙をしたが、家人からは案の定、何も返信はない。困った事に、経営者イケオジと会いたくて仕方ない。先日、地方の学会で泊まったホテル内の和食屋で日本酒🍶を飲み、ついついLINEを送ってしまった。無視してくれればいいが、翌朝返信がきた。「大好きだからね」とか書いてあった。せ◯レのローテーションメンバーには、もれなく送っている挨拶だと思われるが、そこに行為を伴うと、せ◯レ会員と分かっていながら本気で好きになってしまいそうになる。だから、会わない様に我慢している。私はメンタル弱くて無理だ。割り切れない。彼に家の売買についても相談し、的確な助言をもらっても、私には交渉は無理だとグダグダ書いた、ついでに最近の私の写真を送ってしまったら、珍しく冷たく突き放された。先月、ドタキャンした後に、グダグダ書いたからだろう。幾つになっても変わらない私。来月、同病の教授と会う。月イチペースになりそうだ。昨日は教授と医師から連絡がきた。BBA相手に綺麗だ可愛いだとリップサービスは嬉しいが、2人はガリ勉タイプだから。あんまり遊んでいない。もちろんイケメンでもない。人生のほとんどが勉強時間だろう。イケオジの様にセクシーではない。女性慣れしている彼に、会いたい。でも、会わない。イケオジ中毒になるのが予想がつくから。そんな事になれば、どんどん、自堕落な私になっていく。それは避けたい。彼を思うくらいは自由なはずだ。我ながらクズな内容だと自覚している。妄想している事を書くくらいなら許される。それほどまでに追い込まれている。仕事のストレスには勝てない。だけどもう辞められない。
家人と別れたいと思っていて、それが彼に伝わるのか、未練ある態度をとられるのが嫌で会いたくない。ここ何年かまともに話し合ってもいない。10年以上前に彼から別れようと言ってきたわけで、あの時、なぜ私が別れずに踏みとどまったのか、世間体かな。あの時はマンモス大学から文系の大学に移ったばかりだった。今の超絶ブラック職場と比べると当時の大学教職員はすこぶるまともだった(学部長以外)。そんな中で再婚してすぐに離婚などしたくなかった。家人は自分の心のうちを話さない。思えば結婚する時からそうだった。私は彼をスペックで選んだ。一流大卒、大企業、長身、スポーツマン、顔もまずまず。私は人として欠損しているところがある。しかし、子どもを作るなら少しでも良い遺伝子を残したいと思うのは女性の本能だろう。そもそも、そんな高スペックが40前半まで一度も結婚せずに残っているのなら、何か問題があると疑うべきだった。彼は緘黙である。ニコニコしているが言語的コミュニケーションは無理に近い、恋愛感情が盛り上がっているときは、夫婦の非言語的コミュニケーションはしっかりあった。3~4年経てば脳の錯覚も修正され、あばたもえくぼが、えくぼもあばたになってしまった。それでも彼が私に未練をみせるのは、おそらくビューティーお姉さまのさしがねだと思う。姑が亡くなった時、亡くなった後、私はビューティーお姉さまの本性をみた。外見は芸能人のようにきれいでも、話す言葉も話し方も綺麗でも、あの時のことが忘れられない。。うちだけではない、よくある話かもしれない。お家騒動。大企業を定年前に勝手に辞めた家人に、私と別れるなと言っているに違いない、私の職位に対して未練があると勘ぐってしまう。たぶん、それほど外れていない。今回の私の家を売る件、、不足書類を取りに南関東の自宅に帰るとあ~庭の草ぼうぼう、草むしりは何も考えずにできるから好きだし、草ぼうぼうは空虚な気持ちになるから嫌だ。しかしお昼に歯医者の予約があり(遅れると女医さんが怖い)今日は時間的に無理だ。後ろ髪を引かれる思いだった。家人にしょんぼりされると情がでるが、猫と同居できない潔癖さ、子どももいらない、そもそも自分の感情を口に出せない、どう考えても一緒には居られない。お互い寂しいから一緒にいるのは違う気がする初めて手紙に書いた。仕事と母の介護に専念したい、年度末には荷物を全部持っていく。手続きも済ませると書いた。そもそも、、昔あれただけ言っていたのだから、彼から別れると言ってほしい。