「もうすぐ一周忌になるの」とは聞いていたのだが、予定はどうですかと私が提示したこの日が、Rの父親の一周忌のどんぴしゃりだとはまさか思っていなかった。父親と一緒に幼少時代をすごし、彼の仕事場や近所の仲間達のところに連れて行ってもらっては、よく可愛がってもらったらしい。
彼女は、大のお父さんっ子である。顔もそっくりで、「娘です」といわずとも周囲の人に血のつながりが分かるほどだった。ある時は、「お前はあいつにスカートをはかせたようなもんだ」と言われたこともあるとか。
昨年、Rと一緒に仕事をする時、時折彼女はわざと取り繕ったような笑顔であらわれた。そんな時は決まって、癌と闘う父親の家に立ち寄ってから仕事に来ているのであって、気丈なRの泣くまいとする気持ちがにじみ出ていてせつなかった。何ヶ月にもわたる闘病生活だったため、いつも病状をうかがうのはしんどいだろうと思い、こちらもわざと気付かない振りをして、ジョークを飛ばしあいながら半泣きになっている事もあった。私とは結局、一度もお会いしたことのないまま、天国へ旅立った。
あれからもう1年になるのか。
車でその町に着き、ビジネスの所用を済ませてから、私達はRの父親がよく通っていたというバーに行くことにした。「すんごい汚いから、そこでランチしないほうがいいと思うから。」とRが言うので、「OK。」とさらりとかわす。外見からも分かるスペイン風のつくりだ。ドアにはドン・キホーテのタイル。メニューもタパス系のものがずらりとならんでいる。
「写真取って。」というので、看板と彼女をいれて取る。そそくさと、他の州に住むお兄さんに携帯で送るR。
店内には店主とウエイターらしきおじさんたち。そしてキッチンの男子たち。客はひとりもいない。
私達が今日最初の客らしい。窓際の日当たりのいいテーブルを選んで座る。スペインのしきたりに沿って、ここはもちろん昼から赤ワインだ。注文して、メニューに目を通す。
Rが、店主と話をしたいというので、私は一人ぽつんとテーブルに取り残される。
見渡すと店内は闘牛のテーマで飾られ、壁いっぱいにアーティスティックなペイントが施され、真っ青なブルーのタイルが、スペインからのものだと主張していた。Rの父もスペインのバスク地方の出身なのだ。離れたところで話す二人の目が次第に潤んできて、ハグをしあうのが見える。
「娘ですって言ったら、すぐに分かってくれた。」
店主はRが座ってからもテーブル先に近づいて、若い頃に一緒に仕事したことなど、鼻を赤くしながらスペイン北部なまりで語ってくれた。
「ここで食べていこうよ」と私が提案する。「そうね、それがいい」
マッシュルームのガーリックオイル炒め、ムール貝の白ワインソース、たこのオリーブオイル和え、そしてアングーラスだ。これは、うなぎの稚魚で、大抵は缶詰でしか売っていないのだが、ここのはフレッシュ。何を食べてもおいしい。年季の入った器が、歴史を物語っている。客はその後何組も入ってくる。
食が細い私が、大量のパンを白ワインソースに浸して食べているのを見てRが笑う。「あなたのワインが減ってないなんで、ありえないわ」久々に食べる、大好きなスペインの味だった。
Rが「バスク地方ならではよ。」といって、唐辛子を取り出す。
通常スペイン料理は辛くない。彼らは辛いものが苦手なのだ。だが、バスク地方の料理にだけ、唐辛子が入っている。バスク出身のRの父親と、辛い物好きのメキシコ人であるRの母親は、食の好みがあったのだろう。付き合う相手と同じものを食べて、おいしいと共感できること、これは私の付き合う相手の決め手となる理由の優先順位の中で、第2位である。
そのあとは、メール合戦だった。RとRの兄が、父親との思い出の写真、持っている中ですごいものを送りあう。なんといい一周忌だろうか。
私はひとりっこだ。一回り違うR、ということは、単純計算して12年後に私に与えられるであろう試練、を少し考えた昼下がり。写真を送りあえる兄弟がいないということも。
いるひとたち、キミたちホントニラッキーなんだぜ!
