【はじめに】
「ファカテレテレ」は ガビロウ という、フランスをも代表するような タヒチの大歌手の持ち歌として有名です。ポリネシアの歌は、なんとなく聞いている限りでは、しっとりとして心に入りこみ、心が休まります。この歌もそうです。しかし、一旦、何を歌っているのだろうと考え始めると、途端に深い森の中に放り込まれたようになるのです。例えば、「リマタラ」や「ヘイアラヴァ」などは、正調のタヒチ語のはずなのに、何を言わんとしているのかが分からないという状況が長く続きました。「ワイピオ パエアエア」もそうでした。普通の ハワイ語を知っていれば、すぐにでも歌詞を日本語で書くことができます。しかし、滝や川を見て、そこで愛が歌われる理由が全く分かりませんでした。対して、この「ファカテレテレ」では、書いてある言葉からして分からないという所から始まることになりました。どうやら トゥアモトゥ諸島の言葉で書いてあるらしいので、そこで話されている言葉を調べるすべを探し、トゥアモトゥ諸島で話されている タヒチ語方言の分布の データ [2] に行き当たり、求める言葉をひたすらに検索して タヒチ語との対応関係を調べられるところまで進んだと思いきや、「moe haga」とは何か、「piko haga」とは何かと頭を悩ますことになりました。「Moe」も「piko」も「寝る」という意味らしいことは分かりますが、「haga」とは何か? 等など、悩みの種は付きませんでした。現在でも、全てが確実に分かったわけではありません。しかし、どうやら分かったことは、この歌は ガビロウが歌手としての人生の節目を迎えた時に歌った歌だということです。歌手として活動を続け、最愛の連れ合いに出会い、そして、声の障害を機にふと立ち止まってみると、世界は更に大きく動いていたのでした。その新しい世界で新たに歌い続けるために「ファカテレテレ」があったようです。
「ファカテレテレ」では、ウアケアさんの踊りも印象的です。歌詞は分からずとも、なんとなく納得してしまうような、優しさと大きさがあります。そして、踊りの最後に素人カメラマンに気を配ってくださる様子に、また安らぎもおぼえたのでした。ですから、この歌もなんとかして歌ってみることにしました。
例によって、以下のように話を進めていきます。
【アカペラで歌う ファカテレテレ】
【原歌詞】
【歌詞解析の前提】
【タヒチ (パウモトゥ) 語解析】
【原歌詞と拍】
【日本語歌詞と拍】
【背景動画について】
【アカペラで歌う ファカテレテレ】
使用する歌詞は以下のとおりです。
Fakateretere
by Moana John Mariassouce (MAROTEA, 2000)
1
Fakatere tere 帆かけ行くよ
Na tokerau e 北風に乗り
Toku piko haga わの見た夢
I na ruki e この昨夜 (ゆうべ) に
2
Viru viru maua 麗し二人
Taku moe haga わが夢で
Ua kite au te maragia 見たんだ われは 女の娘 (こ) を
Taku kahaia iti e わがかわゆい花を
3
Ua peke 動いている
O te ragi あの空は
Ki ruga 上 (うへ) で
I toku kaiga わが所の
4
Horo horo 走る 走る
Tamariki 子供達
Ki ruga ki ruga 上 (うへ) を 上 (うへ) を
I te piriga この砂浜の
結果は以下のとおりです。
訂正です。アカペラにおいて、背景動画の字幕に誤りがあります。正しくは「 i 」とすべきところを全て「 ki 」と書いてしまっていました。付録で議論しているように、パウモトゥ語では「 i 」と「 ki 」の使い方に区別があり、場所 (location) を示すときには「 i 」、方向 (direction) を示す時に「 ki 」をつかいます。
「 Ki na ruki e 」 は正しくは「 I na ruki e 」
「 Ki toku kaiga」は正しくは「 I toku kaiga」
「 Ki te piriga 」 は正しくは「 I te piriga 」
以上のようになります。字幕は、この規則を理解する前に作ってあった字幕ファイルを修正する形で出したので、一部修正の及ばない所が出てしまいました。
以降は、ここに辿り着くまでの経過です。
【原歌詞】
歌詞は Paroles de Chansons Tahitiennes [1] から採りました。ただし、作者は前項「Fakatereter(ファカテレテレ)についての考察」にあるように、Marotea としました。
Fakateretere
by Moana John Mariassouce (MAROTEA, 2000)
1
Fakatere tere
Na tokerau e
Toku piko haga
I na ruki e
2
Viru viru maua
Taku moe haga
Ua kite au te maragia
Taku kahaia iti e
3
Ua peke
O te ragi
Ki ruga
I toku kaiga
4
Horo horo
tamariki
4'
ki ruga ki ruga
I te piriga
ハワイアンズでは、1 2 3 4 3 4 4' の順に歌っています。
【歌詞解析の前提】
既に前項の「Fakatere tere (ファカテレテレ)」と「Fakatereter (ファカテレテレ) についての考察」で議論しましたように、この詩の表す情景については混乱がありました。この点について議論を繰り返すよりは、Gabilou の歌 [8] の説明欄にあった次の文章を紹介しましょう。
Clip du succés de Gabilou " Fakateretere " tournée en Polynésie française .
On voyage en pirogue à travers l'Ocean Pacifique ... Quelle est belle notre
Polynésie Française !
Allez Tuamotu ma ! Kura Ora !
(ガビロウのヒット曲「Fakateretere」のミュージックビデオ。フランス領ポリネシ
アで撮影されました。 アウトリガー カヌーで太平洋を旅します・・・フランス領ポリ
ネシアの美しさは格別です! 頑張れ、トゥアモトゥ人! 平和であらん!)
アウトリガー カヌーは外洋航行用の船です。貿易風のもとでは帆を張って進みます。この状況が「ファカテレテレ」の歌われている背景です。
なお、この歌の作者についても触れておきます。
項「Fakatere tere (ファカテレテレ)」においては、 Wikipedia[11] を根拠として Jean Gabilou の作としましたが、YouTube 再生リスト [12] の説明には以下のように書かれています。
Né en 1969, Moana John Mariassouce, dit MAROTEA, passe son enfance chez son
grand-père maternel à Taunoa (Papeete). Il doit sa culture musicale aux bandes
magnétiques qui passaient dans le salon familial où se réunissaient des fous de la
musique. En 1974, il part vivre chez son père près du studio Wiking et côtoie des
artistes comme Mala. Il poursuit son apprentissage et commence l’écriture. Ses
premières chansons ont eu pour interprète Patrick Noble (1989). Il a écrit de
nombreuses chansons à succès, dont Fakateretere, en 2000, pour Gabilou.
(1969年生まれのモアナ ジョン マリアソース (通称マロテア) は、母方の祖父と共に
タウノア (パペーテ) で幼少期を過ごしました。音楽愛好家たちが集まる居間で流れ
ていたテープによって、彼は音楽教育を受けました。1974年、ワイキング スタジオ
近くの父親のもとに移り住み、マラをはじめとするアーティストと交流を深めまし
た。その後も音楽の訓練を続け、作曲を始めました。最初の曲はパトリック ノーブ
ル(1989年)によって披露されました。彼は数々のヒット曲を手掛けており、2000
年には ガビロウのために「Fakateretere」をリリースしました。)
項「Fakatereter (ファカテレテレ) についての考察」においても、「友人の John Marotea Mariassouce の助力のもとで作り上げて発表した アルバム が『Fakateretere』です。」と書きましたが、この「助力」の一つが作曲だったのでした。
【タヒチ (パウモトゥ) 語解析】
この歌は トゥアモトゥ諸島で話されている タヒチ語の幾つもの方言で構成される パウモトゥ方言群の言葉で書かれています。方言群というのは、地域による差異が多いので一つの言語として特徴づけられないからです。しかし、以降は簡単に パウモトゥ語ということにします。この歌の解析は、項「Fakatereter (ファカテレテレ) についての考察」において既に行われていますが、その後に明確なってきたことがあるので、もう一度まとめておきたいと思います。使用する辞書及び参考書は文献 [2], [3], [4] です。文献 [2] は上にあげた項においても使われたもので、Jean-Michel Charpentier と Alexandre François による方言分布のデータ、文献 [3] は J. Frank Stimson が長年に渡ってまとめ上げた パウモトゥ語の辞書、文献 [4] はタヒチ語の文法書です。以下の解析では、単語の意味を拾い出した文献の番号を単語の後に添付します。なお、歌の中に出てくる「g」音は、本来は、鼻にかかる「んが」という感じの音で、上記の文献では「ŋ」と書かれています。実際の歌詞では「g」もしくは「ng」と書かれています。何れにせよ、ポリネシアの言葉の中で使われる「g」は全て「ŋ」です。ただし、Gabilou の様に パウモトゥ語が母語でない人たち、つまり英語やフランス語を話し、「g」音のない正調タヒチに慣れている人たちは通常の「g」音で発声しているようです。
第一節
一行目から二行目です。
Fakatere tere
tere[3] P. To sail-, proceed- by water; to sail swiftly. (水上を帆走する)
Mod. To travel, proceed, go on a journey; (旅をする)
S. A voyage, journey, change of place; (航海)
fakatere[3] hakatere
hakatere[3] To sail, steer; as a ship. ([船として]帆走する)
To conduct, administer, manage. (運営する)
An administrator. (運営者)
Sailing, steering. (帆走, 操舵)
Na tokerau e
na[3] PARTICLE OF EMPHATIC EXTRINSIC IDENTIFICATION;
Pre- substantive; of, for, by; of persons;
by way of; of place; (それによって)
tokerau[3] A north wind [from NNE to NNW] (北風)
A northwesterly wind [from WNW to NW] (北西風)
Fakateretere na tokerau e
航海する 北風に乗って
三行目から四行目です。
Toku piko haga
tōku[3] my
piko[3] To sleep with the eyes closed.
「piko haga」は付録 A で議論するように「夢」とします。
I na ruki e
i na rūki [3] last night
Tōku piko haga i na rūki e
私は夢を見ましたよ 昨夜
第二節
一行目から二行目です。
Viru viru maua
viruviru[3] To be neat, orderly, well-kept (秀麗)
Elegant, graceful (優雅)
māua[3] S. We two; the dual first personative, exclusive;
(一人称, 排他的, 双数表現)
「Maua」は第一人称の排他的な双数表現ですから、第三者に向かって( 貴方とは別の)「私達二人」と言っていることになります。
Taku moe haga
taku[3] My; the non-emphatic possessive; (弱い所有)
moe[3] To sleep (寝る)
ここで「taku」が出てきましたが、前出の「toku」と同じだと考えることにします。意味的には後者より弱い所有と言われていますが、私達には差異が具体的にイメージできません。あるいは、「piko haŋa」と「moe haŋga」では睡眠中の (本当の) 夢と、意識して思い出した時の夢くらいの使い分けがあり、「toku」と「taku」の使い分けはそれを反映しているのかも知れません。いずれにしても、以上より、
Viruviru maua taku moe haga
私達二人は素敵だった 私の夢の中では
となります。次の行が「Ua」と完了を表す マーカー で始まりますから、この文はこれで完結と考えられます。
次に、三行目から四行目です。
Ua kite au te maragia
ua[3] Poet. variation of 「kua 」
kua[3] Particle of inception and completion (始まりと完了)
kite[3] To know, be acquainted with (知る, 認識する)
marania[3] A young girl (若い娘)
Taku kahaia iti e
kahāia[3] A variety of tree, Guettarda speciosa (「ハテルマギリ」小さな
花が咲く)
「Te maragia taku kahaia iti」となった時、「女の子、それは私の可愛い花」もしくは「私の可愛い花である女の子」となるのだと思いますが、必要な マーカー が省略されているので、余り厳密に考える必要はないのかもしれません。因みに「Guettarda speciosa」は可憐な花をつける植物です。これで以下のようになります。
Ua kite au te maragia taku kahaia iti e
私は女の子を見たんだよ 私の可愛い花を
これも「e」で終了していますから、文として完結します。
第三節
一行目から二行目です。
Ua peke
peke[3] To fly -along, -away (飛んでいく)
To move upwards; as a kite ([凧のように] 上がる)
ua peke[2] To glide [Makemo 島] (滑る)
完了形に対する付録 B の議論より、この行は「過去に動き始めて、今も動いている」と考えることが出来ます。文献[2] における Makemo 島の「up peke」で「滑る」という言い方は、このことを表しているのだと考えられます。
O te ragi
o[3] Particle of intrinsic possession (強い意味の所有を表す助詞)
ko[3] Particle of specific equation and existence (主語の助詞)
raŋi[3] The sky, heavens (空, 天国)
辞書 [3] によれば「o」は所有を表わしますが、それですと解釈が難しくなります。これが「ko」であるとするなら、主語を表わしますから、動いているのは「空」であるとなり、この二行で「空が滑り動いている」と解釈できます。
問題は、この行の先頭にある「o」が辞書[3] の「o」なのか 「ko」とみるかです。このことは、本来のタヒチ語に戻れば、「o」とみるのか「 'o」とみるのかの違いに相当します。タヒチ語の歌では「o」と「'o」の区別が曖昧なことがよくあることです。これは、タヒチ語と同様に「o」と「'o」の区別がある サモア語でも見られます。タヒチ人の Jean Gabilou は「o」と「'o」の区別をあまり意識せず、従って トゥアモトゥ語の「o」と「ko」の違いも意識せずに、そのまま歌っている可能性があります。Marotea Mariassouce の作としてあげてある歌詞[10] では 「Ua peke ko te ragi」となっているので、そうなのでしょう。ここでは、先頭の「o」は「ko」であり、「O te ragi」は主語としての「空」であるとします。従って、
Ua peke o te ragi
空が (滑り) 動いている
となります。
三行目から四行目です。
Ki ruga
ki 方向を表す (付録 C )
ruŋa[3] The top, upper part, part above; [when preceded by a locative]
Above, over, upon; [when preceded by a particle, and followed
by the locative particle 「 i」] (上、上部、上の部分。[場所格が
先行する場合] 上、上、上。[前に助詞が付き、場所格の助詞「i」
が続く場合] )
上に(で)
I toku kaiga
i 位置を表す (付録 C )
kāiŋa[3] A homeland, inherited land [Lit. a place of eating. A heritage.]
( 故郷、受け継いだ土地 [字義的には、食事をする場所。遺産] )
以上より、
Ki ruga i toku kaiga
上で 私のいる場所の
となります。
第四節
一行目から二行目です。
Horo horo
horo[3] To move in a direction ( ある方向に動く)
To run-, move- swiftly ( 素早く走る, 動く)
tamariki
tamāriki[3] A child, children ( 子供, 子供達)
以上より、
Horo horo tamariki
走る 走る 子供達が
となります。
三行目から四行目です。
ki ruga ki ruga
I te piriga
piriŋa[3] A place nearby; a neighborhood ( 近くの場所, 近所)
piriŋa[2] beach (soft sand) [ Napuka 島] ( 砂浜)
以上より、
ki ruga ki ruga i te piriga
上を 上を 砂浜の
となります。
最後の状況について、考えておきましょう。「走る 走る」は走っていることの強調です。それでは、「上を 上を」は何の強調になるでしょうか。砂浜の上を走っているのですから、更にその上はありません。更に、「上を」には走る方向が含まれていません。そうすると、「走る 走る」と合わせて、何度も何度も走るという状況なのかと思います。つまり、子供達が砂浜の上を何度も何度も走っている様子を歌っているのでしょう。しかし、「ki ruga ki ruga」を「何度も 何度も」とすると、多分、ハンドモーションと合いません。
これまでに得られた日本語歌詞は、パウモトゥ語を タヒチ語として解釈して、その タヒチ語歌詞の日本語訳になっています。ですから、その日本語歌詞をそのままに歌っても、パウモトゥ語の「Fakatere tere」を歌った感じにはならないと思います。タヒチ語に対して、パウモトゥ語は田舎の言葉で、柔らかな語感を持ち、そして古いタヒチ語の趣を残しています。そこで、案出してきた普通の日本語の歌詞に対して、できるだけ タヒチ語に対する パウモトゥ語になるような日本語歌詞を考え、これまでの日本語歌詞の右側に書いてみます。
Fakateretere
by Moana John Mariassouce (MAROTEA)
1
Fakateretere na tokerau e
航海する 北風に乗って 帆かけ行くよ 北風に乗り
Toku piko haga i na ruki e
私は夢を見ましたよ 昨夜 わの見た夢 この昨夜 (ゆうべ) に
2
Viruviru maua taku moe haga
私達二人は素敵だった 私の夢の中では 麗し二人 わが夢で
Ua kite au te maragia taku kahaia iti e
私は女の子を見たんだ 私の可愛い花を 見たんだ われは 女の子を わが かわゆい花を
3
Ua peke o te ragi
空が動いているよ 動いている あの空は
Ki ruga i toku kaiga
上で 私の居る場所の 上で わが所の
4
Horo horo tamariki
走る走る 子どもたちが 走る 走る 子どもたち
ki ruga ki ruga i te piriga
上を上を 砂浜の 上 を 上を この砂浜の
大きな変更点は以下の2つです。
一つに、「Fakatere」に含まれる「sailing」の意味が分かるように、「航海する」を「帆かけ行く」としました。
もうひとつに、現代語である「私」を、古い言葉で、今でも地方で使われる所がある「わ」に変えました。これによって相当に柔らかい語感になります。
本当なら、もう一つ、向きを表す「上」を明示的に「上 (うへ) 」と発声したかったのですが、試しに録音してみると作為的に聞こえたので断念しました。タヒチ語の「 'i ru'a (上に) 」からすると「 ki ruga (上に) 」は随分と違う感じしますから、これが「Fakatere tere」を特徴づけるところだと思いました。ですから、ここでは「上に」を「う へ に」と明示的に発声してみてはどうかと考えたのですが、ポリネシアンの訳としては、やり過ぎのようでした。
【原歌詞と拍】
「Fakatere tere」の拍の構造は特徴的です。音楽としては、ドラムが拍を刻んでいき、歌詞の一行あたり、1 2 3 4 1 2 3 4 の、 8拍の刻みがあることはすぐに分かります。しかし、この様に見た時の拍の刻みと、各行ごとの歌詞の歌いはじめのタイミングとが一定しないのです。そこで、一行あたり2つある 1 の拍を仮に大拍とすると、かなり明確な関係があることが分かりました。大拍の位置を「❍」で表すと、歌詞と大拍の間には以下のような関係が見られ、この歌は大拍を基に歌われていることが分かります。以後は、大拍を単に「拍」と呼ぶことにします。
Fakatere tere
by Moana John Mariassouce (MAROTEA)
これは、ファイヤー ストームで皆の手拍子に乗せて歌う形式を思い起こさせます。「Fakatere tere」が船旅を続けている間での出来事という状況設定に合わせ、意図的に導入された形なのでしょう。Gabilou の歌[8] でも、これに合わせたのか、素朴な歌い方で始まっているように思えます。
【日本語歌詞と拍】
拍の起き方は単純ですので、以下のようになりました。アクセント辞典[13] によるアクセントを下線で示します。ただし、アクセントの終わりで強調から弱調に変化させることを示す付加情報は入っていません。また、複数の言葉が結合した場合のアクセント法則も調べていません。なお、歌詞に「うへ」とある所は、実際に「うへ」としても、「うえ」としても、どちらでも構いません。
帆かけ行くよ (Fakatere tere)
by Moana John Mariassouce (MAROTEA)
【背景動画について】
アカペラの背景とした動画は ポリネシアン グランドステージ 「翔〜To the new world〜」2024年 12月 3日からの抜き出しです。この頃から、素人カメラマンもようやく撮影におけるカメラアングルなどに安定感が出始めました。
ウアケアさんの舞台での立ち居振る舞いの安定性がはっきりとしてきたのも、この頃からだったような気がします。最初の頃は、舞台上で司会や案内をする場合に緊張感が露わだったのですが、それも影を潜めました。この日の体験 コーナーの司会も ウアケアさんはとても自然にやっておられ、素人カメラマンは感激していました。もっとも、ウアケアさんの司会は、この後、どんどんと素敵になっていくのです。この様に変わっていかれる方は、あまりいらっしゃらないと思います。この日の「Fakatere tere」でも落ち着いた、とても良いご表情です。しかし、分かっている積りでも、ウアケアさんの バランスの取れた動きには本当に驚きます。この抜き出し動画の サムネイルの シーンでも、スナップ ショットで拝見すると、ただ力を抜いて ポーズをお取りになっただけのように見えます。一つの動きから次の動きへ移る時の切り替えのきっかけが早いので、お一つおひとつの動きがゆっくりと、大きく、安定して見えるのです。この短い抜き出し動画の中でも、ウアケアさんの回転動作がとても柔らかく、大きく、かつ安定しているのが分かります。この様なリズムのとり方はとても難しいと思います。やはり、奇跡の方という他ありません。もっとも、それで他の方より動作の始まりが早いので、交錯してヒヤッということが一度ありました。それから、素人カメラマンにとっては、この日が キャプテンの マーラエ穂里さんの ハワイアンズの舞台での見納めでした。柔らかく、とても良い動きをされています。演目の最後のところはご両人の、頑張りなさいとのエールですね。舞台上の踊り手さんたちには声援が活力のもとになると思いますが、カメラマンも エールを送っていただくと俄然と気持ちが前向きになります。別に カメラマンに限らずとも、踊る方たちと拝見する側の関係は、やはり、励ましあいという点で同じなのだと思います。或いは、ここに愛の世界を作ると言っても良いでしょうか。愛 (アロハ) とは一方的に出したり、受けたりするものではありません。お互いに出し合ってこそ、新しい世界が出来るのです。それは、永続的なものかも知れませんし、舞台のその時だけかも知れません。それでも等しく素晴らしい愛の世界なのです。そして、これは Josh Tatofi の「私の愛の歌声 (Ku'u Leo Aloha)」の世界でもあります。
【おわりに】
問題は未だありますが、歌ってみることができて幸いです。一つ、最後まで気にかかっていた点は、ウアケアさんたちが想定されていた状況設定と、歌詞の解析から得た状況が一致しているかということです。一説には、この曲は ファンタジーが テーマであると言われています。お付けになられている舞台衣装や、背景に投影されたイメージは確かにそれらしく思えます。しかし、素人カメラマンが見つけたのはベテランとなった、人生の節目を迎えた大歌手の心であるように思えます。しかし、あの方の美しく、安らぎのある舞がここにある限りは、どちらでも良いのかも知れません。
【付録 A: 「眠る」と「夢」を表す言葉の考察】
「眠る (sleep) 」を表す言葉。
piko[3] To sleep with the eyes closed (目を閉じて寝る)
S. Sleep (眠り)
piko.piko[3] Sleepy, half-closed; of the eyes (眠そう)
Having to do with deep sleep
moe[3] To sleep (眠る)
To be unconscious (意識を失う)
To lie-, fall- prostrate; (横になる、伏せる)
Sleep, unconsciousness (睡眠、意識喪失)
moe.moe[3] To sleep half wakefully (時々覚醒しながら寝る)
To sleep long (長時間寝る)
To woo (口説く)
To lie concealed (伏せて潜む)
接尾辞による「眠り」に関連する言葉。
pikō.ŋa[3] A sleeping place (寝場所)
piko.piko.ā[3] A dream during a prolonged deep sleep (深い眠りでの夢)
pikopiko.haŋa[2] dream [13 Tatakoto Is.] (夢)
moē.ŋa[3] A sleeping place (寝場所)
moe.moe.ā[3] A dream (夢)
Drowsing (ウトウトしている)
moe.moē.ŋa[3] An act of waylaying (待ち伏せ行為)
関連する接尾辞。
-haŋa[3] 名詞化接尾辞
例
hoehoe (to make a groove) ⇒ hoehoehaŋa (a groove)
rave (to take) ⇒ ravehaŋa (taking)
-ŋa[3] 名詞化接尾辞
例
hope (to be finished) ⇒ hopeŋa (completion)
-ā[3] 強めと延長を表す接尾辞
例
tuviriviri (to be tingling) ⇒ tuviriviriā (to be tingling for
a considerable time )
辞書 [3] の「-ŋa」の項目に、「 -ŋa」は習慣的なものを表し、「 -haŋa」は一時的なものを表すという指摘がある、と書かれています。
例
noho (to dwell)
⇒ nohoŋa (a habitual dwelling place, 常住場所 )
⇒ nohohaŋa (a temporary dwelling place, 一時的な住居 )
これより、眠りを表す動詞に「-ŋa」が付くと「寝場所」を表わすのは了解できます。他方で、「 -haŋa」が付くと眠りにおける一時的な現象を表すと思われます。ある島では「pikopiko」(眠そう)に付けて、「pikopiko.haŋa」で「夢」を表すとしているのはそのためかも知れません。
この歌「Falatere tere」において夢を表す言葉として「pikopikoā」や「moemoeā」を使わないのは、「pikopiko」や「moemoe」の繰り返しが冗長に思われたことと、「-ā」の語感にリズムがないこと、そしてこれらの繰り返し語には「眠る」以外の意味も含まれていることを嫌ったのかも知れません。「pikohaŋa」や「moehaŋa」が「寝場所」ではないことは、既に「寝場所」を表す語「pikōŋa」や「moēŋa」があることで確かです。
【付録 B: ポリネシアにおける完了形について】
ポリネシア諸語において、文の時制の一つである「完了形」について、英語の完了形とは違うことへの注意喚起がよく見られます。この事はわかっているつもりでも、この歌のように「ua peke o te ragi (ra'i)」という文が出てくると困ってしまいます。英語のつもりで考えると、「空が動き終わった」ということになりますが、これは有り得ません。ポリネシアではこの文が自然な意味を表すことを確認するために、パウモトゥ語を含む タヒチ語における「完了形」について考えておきたいと思います。
タヒチ語の「'ua」、ここでは「ua (kua)」は「完了」を表します。タヒチ語の教科書[4] では以下のように述べています。
This construction indicates both a past action and a present state, that is to
say, the action has been completed while the result of the action is at present
being felt. In Tahitian conversation this is the construction most commonly
used to indicate any past tense. (この構文は過去の動作と現在の状態の両方を表
します。つまり、動作は完了しているものの、その結果が現在感じられている状
態です。タヒチ語の会話では、この構文はあらゆる過去時制を表すのに最もよく
使われます。)
辞書 [3] においては以下のような説明があります。
kua[3] PARTICLE OF INCEPTION AND COMPLETION, Sentence or Clause
Initial; denotes that the inception of an intransitive condition or
state of being is already established or is entered upon at the time
spoken of, and that a transitive action has been completed at the
time of which is discussed; has, had, am, will have;
( 開始と完了の助詞、文または節の頭に置かれる; 自動詞では、状態の
開始がすでに確立されているか、話されている時点で開始されている
こと、他動詞では、その動作が議論されている時点で完了している
ことを示す。)
例:
Kia tōreu te toiti, kua tae au ki te hare.
⇒ When the rain falls heavily, I shall have reached the house.
( 雨が激しく降る頃には、私は家に着いているだろう。)
Kia hoki au ki tõku henua hanau ra, kua korometua hia i a Paoa.
⇒ When I return to my land of birth, Paoa will have grown old.
( 私が故郷に帰る頃には、パオアは年老いているだろう。)
注: 「名詞 + hia」で自動詞になる。「korometūa (老賢人) 」に対し
て、「korometūa hia」は「老賢人になる 」という自動詞。
こちらの説明は具体的です。自動詞的な動きであれば、既に状態が存在していることを示すものと考えられるということです。「Peke」を「空で動いている」という自動詞で捉えれば、「ua peke」は「もう既に、ずっと動いてきている」ことを表していると考えられます。それならば、現在進行形に相当する構文を使えばよいのかも知れませんが、こちらの形が一般的なのでしょう。
【付録 C: 方向と位置】
辞書[3] には、トゥアモトゥ諸島では、場所を表すには「位置」と「方向」の区別があるとされています。
I[3] PARTICLE OF LOCATION, Phrase Initial; no sense of motion is
implied; at, of, from, upon, along, by way of, in, by reason of, for
want of; (場所を表す助詞, 語の頭に付く. 動きの意味は暗示されな
い. 〜で, 〜の, 〜から, 〜の上に, 〜に沿って, 〜によって, 〜で,
〜の理由で, 〜がなくても)
例:
Ka taha te patu i tona fa.
⇒ The weapon diverged from its mark.
Ka haere mai i te tai,
⇒ Come hither by way of the sea.
Ka mate a Te Pona i te hiainu.
⇒ Te Ponga was dying of thirst.
KI[3] DIRECTIVE PARTICLE, Phrase Initial; denotes a change or trans-
ference of place, real or understood, and of motion or emotion;
to, towards, upon, onto, into; against, at; [ implying opposition ];
concerning, respecting; for, in quest of; with, by means of. (指示助詞,
句頭. 場所(実際または理解されている)および動作または感情の変化
または移動を示す. 〜へ, 〜に向かって, 〜の上に, 〜の上に, 〜の中に,
〜に対して, 〜で, 〜に関して, 〜を尊重する, 〜のために, 〜を求めて,
〜とともに, 〜によって. )
従って、「i」と「ki」が同時に現れた場合には、「i」で示された位置において、「ki」で示された方向を考えることになります。「Fakatere tere」の歌詞の中では次のようになると思います。上空になるか表面になるかは、受け取る側の判断でしょうか。
第三節の三行目と四行目
Ki ruga i toku kaiga ⇒ 「toku kaiga」における「ruga」の方向
⇒ 「toku kaiga (私の世界)」の上空
第四節の三行目と四行目
Ki ruga ki ruga i te piriga ⇒ 「te piriga」における「ruga」の方向
⇒ 「te piriga (砂浜) 」の (表面) 上
タヒチ語の文法書[4] を見ると、「i」はなく、全てが「 'i」で、位置と方向の区別はありません。タヒチ語の辞書として発音記号が付けられている辞書[5] では、「i」はあって「'i」は無いと逆になっていますが、位置と方向の区別がないことには変わりはありません。ハワイ語の辞書[6] でも同様です。ついでに サモア語の辞書[7] を見てみますと、「i」と「 'i 」の区別があり、パウモトゥ語の「i」と「ki」と同じ使い方でした。これから考えると、ポリネシアの言葉としては「i」と「 'i」の区別があったが、タヒチで区別がなくなり、それが ハワイにもたらされたということになりましょうか。
【付録 01: 原歌詞と拍】
Fakatere tere
by Moana John Mariassouce (MAROTEA)
1
❍ ❍
Fakatere tere
❍ ❍
Na tokerau e
❍ ❍
Toku piko haga
❍ ❍ ❍
I na ruki e
2
❍ ❍
Viru viru maua
❍ ❍
Taku moe haga
❍ ❍
Ua kite au te maragia
❍ ❍ ❍
Taku kahaia iti e
3
❍ ❍
Ua peke
❍ ❍
O te ragi
❍ ❍
Ki ruga
❍ ❍
I toku kaiga
4
❍ ❍
Horo horo
❍ ❍
tamariki
❍ ❍
ki ruga ki ruga
❍ ❍
I te piriga
【付録 02: 日本語歌詞と拍】
帆かけ行くよ (Fakatere tere)
by Moana John Mariassouce (MAROTEA)
1
❍ ❍
ほかけ いくよ
❍ ❍
きたかぜ に のり
❍ ❍
わの みた ゆめ
❍ ❍ ❍
この ゆうべ に
2
❍ ❍
うるわし ふたり
❍ ❍
わが ゆめで
❍ ❍
みたんだ われは おんなのこを
❍ ❍ ❍
わが かわゆい はな を
3
❍ ❍
う ごいてる
❍ ❍
あの そらは
❍ ❍
う へ で
❍ ❍
わが ところの
4
❍ ❍
はしる はしる
❍ ❍
こどもたち
❍ ❍
う へ を う へ を
❍ ❍
この すなはま の
[1] Fakateretere , Paroles de Chansons Tahitiennes.
[2] Jean-Michel Charpentier and Alexandre François, Linguistic Atlas of French
Polynesia . Walter de Gruyter GmbH and Université de la Polynésie française,
2015.
[3] J.F. Stimson and Donald Stanley Marshall, A Dictionary of Some Tuamotuan
Dialects of the Polynesian Language. 1964.
[4] D. T. Tryon, Conversational Tahitian: An Introduction to The Tahitian Language
of French Polynesia. Univ. California Press, 1970.
[5] Sven Wahlroos, English-Tahitian Tahitian-English Dictionary. Sven Wahlroos,
2002.
[6] 西沢佑,「ハワイ語の手引き」, 千倉書房, 2021.
[7] G. B. Milner, Samoan Dictionary, Government of Samoa, 1966.
[8] "Fakateretere"-Gabilou , SAMIRICO67 MOANA NUI channel.
[10] Fakateretere, HALE AO by Jimbo, Shigeru: Visual Image, Hawaiian Culture and
Music.
[11] Jean Gabilou, Wikipedia.
[12] MAROTEA , YouTube 再生リスト, Timi Jarossay チャンネル.
[13] 金田一晴彦[監], 秋永一枝[編], 新明解 日本語アクセント辞典, 第 2版. 三省堂 2024.




