【はじめに】

 

本項には「まえがき」の第一章「経緯 (History)」を紹介します。文体は、辞書の編集者(著者) が語るスタイルにしてあります。

 

【 I. 経緯】

 

本書は、当時ウェリントン(Wellington)で「島嶼教育担当官 (Officer for Islands Education)」を務めていた デイヴィス(F.R.J. Davies)氏が、ロンドン大学東洋・アフリカ研究学院 (SOAS)の ファース(J.R. Firth)教授に提案を行ったことから始まりました。デイヴィス氏は業務を通じて、サモア語を改めて分析することの重要性を痛感していました。とりわけ彼は、綴りや翻訳に関して最新の標準的な参照資料となり得る新しい辞書の出版を推進したいと考えていました。この提案を行うにあたり、彼は、当時サモア駐在ニュージーランド高等弁務官であったパウルズ (Guy Powles, now Sir Guy Powles )氏や、西サモアの教育局長であったランビー (K. Lambie)氏から温かい支持を受けました。

 

訳注 : SOAS, the School of Oriental and African Studies, University of London

訳注 : F.R.J. Davies は「A Tahitian and English Dictionary」の著者 J. Davies とは関係

   ありません.

 

【サバイイ島とウポル島】



やがて、この筆者は、西サモア政府へ1年間の任期で派遣されることとななりました。筆者が主導することになったのは、後に「サモア語プロジェクト(the Samoan Language Project)」として知られるようになる事業であり、同プロジェクトは当初からアメリカ領サモア政府の積極的な支援も受けていました。筆者は数名の協力者から一時的な支援を得て新しい辞書を編纂するための資料収集に着手しました。その氏名は本序文の該当箇所にて感謝の意を込めて記されています。

サモアにおけるロンドン伝道協会 (the London Missionary Society)の先駆者の一人 プラット牧師 (Revd. George Pratt)による『A Grammar and Dictionary of the Samoan Language』(1862, 1878年, 1893年, 1911年の4版)は、度重なる改訂や加筆によって、当初の姿から大きく変容していたことは明らかでした。さらに、1世紀近くが経過したことで、その全体的な構成や記述の手法は、もはや時代にそぐわないものとなっていました。従って、過去1世紀の間に辞書学や一般言語学の分野で遂げられた著しい進歩を踏まえ、全く新しいものを編纂する必要があることは明白でした。

 

とはいえ、あらゆる辞書編纂者は多かれ少なかれ先人の業績に負うところがあり、本書の編者もまた、プラット師の仕事に対して深い感謝の意を表したいと思います。とりわけ特筆すべき恩義を感じているのは、新しい辞書の核として活用できるサモア語のリストを提供していただいたことです。

本書のための資料収集作業は 1955年2月にサモアで開始され、1956年1月まで続けられました。この作業は、まず ウポル(Upolu)島の アピア(Apia)で 1955年2月~5月に渡って行われ、次いでサバイイ(Savi‘i)島スフネ(Sfune)のマタヴァイ(Matāvai)村で 1955年5月~9月に渡って実施されました。その後、アピアに短期間再滞在したのち、米領サモアのトゥトゥイラ (Tutuila)島レオーネ(Leone)で作業が 1955年11月~1956年1月に渡り継続されました。編者はその後、約14,000枚の辞書用カードを収めたカード インデックスを携えてロンドンへ帰還し、続いて、これらの資料の要約が手書きで作成され、タイプ打ちされました。しかし、1958年末までには、サモアへの再訪が必要であることが明らかになりました。いくつかの重要な情報の欠落を埋める必要があったほか、当初の資料では不十分、疑わしい、あるいは矛盾していると判明した多数の細かな項目について確認を行う必要があったからです。そこで著者は、1959年5月から11月にかけてサモアに滞在し、その大半を ウポル島 レイパタ(leipata)で過ごすとともに、トゥトゥイラ島やマヌア(Manu‘a)諸島にも短期間滞在しました。続く2年間は、最終的な改訂・確認作業と、出版用原稿の作成に費やされたのでした。1960年には、ファナアフィ マイアイ(Fanaafi Ma‘ia‘i)氏、現ラーキン博士、がロンドンに滞在していたため、彼女がサモア語に翻訳したヨーロッパ人著者による 3 つの著作と編者自身の資料を照合確認することが可能となりました。

 

【サモアと米領サモア】

 

 

【あとがき】

 

次項では第二章の「 辞書の目指すもの (Scope of the dictionary)」を紹介します。