【はじめに】
前回 23日の報告 がありますので、当分の間、カメラ練習には触れなくて良いだろうと思っていたのですが、昨日の練習結果が思いの外良かったので、記録として残しておこうかと考えました。要は、内面的な安定性がカメラ視野の安定性にそのままつながるということです。これは、四毒抜きによる体調管理の結果とも言えます。そして、このついでと言っては申し訳ありませんが、最近拝見した、ポリネシアン舞踊団のレストランでの パフォーマンスに絡めて、あり得るポリネシア舞踊について少し考えていることを書いておきたく思いました。
【11月 4日のカメラ練習の結果】
この日の撮影は気持ちよくできました。まずは、適当にご覧ください。その後で、今後に向けての考察を加えます。
「従来の保持方式」
1. カラスを録る、前半 30秒空振り (約 2分)
カラスが二羽いて、そのうちの一羽をズームで捉えようとした所、狙いが外れて空振りしてしまいました。約 30秒ほど右往左往しています。
2. 小鳥を録る (全体で約 4分)
2-a 小鳥 A、空振りと追いかけ (約 2分 20秒)
カメラ本体の ディスプレイの解像度が低いので、接近しなければならないのですが、ズームした所に小鳥が居るとは限りません。また、内的なバランスがとれた時に、始めて対象を視野の真ん中に置いておけます。
2-b 小鳥 C (約 1分 20秒)
最後は見失いました。
3 水鳥 A、何時も川中に居る鳥です (約 1分)
何時も、川の中でじっと獲物を待っている鳥です。ほとんど動かないので、視野の安定性を見るのには最適です。今回は随分と視野を停めることができました。
4 水鳥 B の追いかけ、途中で二度ほど移動し、長いです (約 7分)
慎重に追いかけるので、視野の追従性はまだ不十分ですが、大きく暴れなくなりました。ただし、一、二度程、急いで視野を移動する時にカメラを移動してしまい、あらぬ方向へ行ってしまう時があります。なお、この鳥のように運動性が大きい場合には、カメラのディスプレイだけに頼って視野の移動を行うこと難しいです。目視によって対象の移動方向や速度を確認しながら、対象が視野から外れないようにしていくのが効果的であるように思います。
「片手保持方式」
5 上流対岸の鴨たち (約 2分)
上流対岸にいた鴨が川中に出てきたところ、くちばしの形状から、幾つかの種類が混ざっているようです
片手保持でも随分と安定して取れるようになりましたが、どうしても手首がウズウズして、動かしてしまいます
6 水鳥 A (約 1分半)
視野が大きく暴れることは少なくなりましたが、ズームした時に緊張していると細かい振動が出てきます。もう少しです。
訂正記事を書くために練習を休んだり、出ていっても強風でまともにカメラを保持できなかったりして、この数日はまともな練習ができていなかったので、あまり期待しないで撮影を始めてみますと、思いの外、やるべき事ができて良い結果になりました。
「撮影結果に関する考察」
・神経の安定性
やるべきこととは、内面を安定させることです。今までの結果を振り返ってみますと、動かない対象に対して、視野が大きくふらつく傾向がありました。これは取りも直さず、内面的に体のバランスが取り切れずに、揺れているからです。しかし、止めようとして力を入れると、全くの逆効果になります。筋肉の緊張は避けなければなりません。そこで、自分の体のバランスを思い浮かべて、それを安定させるようにしてみました。それが考えた以上に効果的であったようです。
ここで大事なことは、気持ちがざわついていないことだと思います。そして、この気持ちのざわつきと神経系の落ち着きは密接な関係があり、神経系の落ち着きは不飽和脂肪酸の害を如何に抑えるかにかかっています。筆が先走りました。この素人カメラマンが四毒抜きを始めて満一年が過ぎました。日本人の遺伝子を持つものにとっての四毒とは、小麦粉のグルテンと、植物油の過剰な不飽和脂肪酸、乳製品、そして甘い物です。これらは、砂糖を除いて、戦前の日本人がほとんど摂取していなかったものです。江戸時代まで遡れば、油は食用ですらありませんでしたし、砂糖もありませんでしたから、完全な四毒抜きの生活でありました。それが、当時訪日した外国の方々が驚いていた、日本人の美しさとなって現れていたようです。特に、精神的な美しさは特筆されるものがあり、当時の外国人に依る紀行文を読んでも、第一に日本人の品性を褒める文章が多いことに気が付きます。その大本は精神的な安定性にあります。
生物学的に言えば、精神が安定しているとは、神経系に雑音がない、つまり、神経線維と神経線維との間の信号の漏洩がないということです。これは、神経線維に電気の通り道としての絶縁不良がないということになります。神経の絶縁体は飽和脂肪酸です。不飽和脂肪酸を過剰に摂取すると、飽和脂肪酸が一部、不飽和脂肪酸で置き換えられ、その置き換えられた部分が酸化によって欠落することにより、絶縁不良が起きます。日本人の遺伝子を持つ者にとっては、植物油の形で摂取された不飽和脂肪酸はほとんどすべてが「過剰な」不飽和脂肪酸となります。しかも、人間の体には脂肪酸を貯める場所が沢山有るので、過剰な不飽和脂肪酸が十分に体から排出されるためには時間がかかります。ですから、神経の安定を目指すのであれば、余計な蓄積を防ぐために植物油の使用を厳禁にしなければなりません。素人カメラマンのキッチンには小麦粉、植物油、砂糖、乳製品がありません。当初は、どうやって食事を作ればよいのか分かりませんでしたが、結局は、子供の頃に食べていたものを作れば良いことに気がつけば、戸惑いもありません。
・視野の移動方法
なお、切り抜き動画 4 のところで、「カメラを動かし云々」と書きました。カメラの視野を動かすためには、最終的にはカメラを動かさなければなりません。しかし、高倍率の撮影においては、視野を移動させるためにカメラを意識的に動かすのと、カメラを動かすのとは別の目標を設定して、それを達成するために体に無意識的に動いてもらうのとでは異なる結果になります。無意識な動作のほうが、自分の体が持っている協調動作を利用することになるので、予期しない動きが出にくくなります。カメラを意識して横に振ると関係する体の部位が意識的に動かされることになります。その場合、意識的に動かした部位の筋肉が正しく協調して動くとは限りません。ミクロで見たときには、ある瞬間に視野が違う方向へ動いていることもありえます。ですから、反応は早いですが、動きは不正確になりがちです。対して、例えば、視野に動いてもらうことに意識を集中すると、意識的に動かす部位が少ない分、予期しない動きは少なくなります。素人カメラマンの場合は、視野の動いてほしい方向に気持ちを集めていきます。そうすると、視野がその方向に動き始めるのです。体が無意識な協調動作を行って、実際に視野が移動を始めたり停まったりするのには少々時間がかかります。ですから、移動の早い対象には追従できません。そこで、これとは別に、目視で対象を追跡し、そちらにカメラを向けて行くという追跡の方法も考えられます。カメラを動かすという点では、最初の場合と同じですが、明示的な空間目標へ向けていくので、体の各部の協調動作がやり易くなり、不要な動きが出にくくなります。ただし、狙った方向に視野が正しく向くことになるかは保証の限りではありません。まとめると、対象を追うためには、ディスプレイ上で視野を動かしていって追跡するのか、目視で追跡して視野を向けていくのかの二つになります。ディスプレイ上で視野を動かしていく追跡では、大きく動かし続けるのが難しいです。しかし、対象を視野に入れておく点での確実性はあります。対象が大きく動くのであれば、目視の方向に視野を向けてやることになります。この場合、応答性は早いですが、目視の方向にカメラの視野を正しく向けるためには修練が必要です。ただし、短時間の移動であれば、目視とカメラの視野の一致性を保つのはそれほど難しくありません。素人カメラマンの場合、可能な限り目視による追跡を行い、ディスプレイは狙った方向に視野が向いているかを確認するために使うのに制限すると、良い結果になるようです。これは人によって違うかも知れません。
ここ迄で述べたことは、高倍率撮影という極限における操作の話です。しかし、この様な練習は通常の舞台撮影でも役に立つようです。ハワイアンズでは、特に、ファイヤー ダンスの撮影ではそう思います。河原で白鷺を追いかけるのとファイヤーダンスが一緒だというと失礼かも知れません。しかし、ファイヤーダンスでは目視による対象の追跡が最も効果的です。舞台上目前を踊りながら移動されて居られる方をカメラで追っていくのも、同じ様な状況だと思います。
【これから】
あの方のポリネシアの踊りで私達の世界に温かい アロハが広がるところを拝見するのが、この素人カメラマンの願いです。心から願い続ければ、願いは叶うでしょう。しかし、別の形で。それでも彼には幸福かも知れませんが、ポリネシアの踊りが私達の生活の中でビジネスとして成り立つか追求していかなければ、彼の役割を果たしたことにはならないような気がします。
私たちが楽しめる場所で、ポリネシアの踊りが楽しめるようにするとすれば、じっと座って楽しむことができる食事の場が、適当だと思います。既に議論してきたように、このためには、沖縄の島唄のように、レストラン等に踊り手さんが伺って踊る派遣の場合と、レストランで食事を楽しんで頂きながら、同時に、踊りを楽しんで頂く常設店の場合とがあります。常設店方式を考えるなら、そのレストランをどの様に特徴あるものにすれば良いかなど、考えるべき点はたくさんあります。しかし、半永久的な営業を考えるなら、食事の場にポリネシアの踊りを提供することがビジネスとして成り立つのか明らかにしなければ、先には進めません。沖縄の島唄の場合、飲食店に集まる方々は島唄を期待しているのですから、飲食店で島唄を唄うことの需要は確実にあります。そして、唄と唄い手さんの思いはお客さんに伝わり、それがお客さんの満足感を生むのは、素人カメラマンも経験しています。ポリネシアンの場合、前提条件として必要なことは、ポリネシアンの日本語化、つまり、日本語でポリネシアンを踊ることです。そのうえで、そのポリネシアの踊りでお客さんに心の充足感を持っていただくことは踊りの問題になります。しかし、それらをクリアしたとしても、レストラン等で(ポリネシアの)踊りを演ずることにどれだけの商業的価値があるのかという根本的な問題が残ります。この問題をどの様にクリアするかを提示できなければ、願いはかないません。この素人カメラマンは、ハワイ民族音楽の発展に寄与し、多くの称賛が与えられた、プアカーネーションの作者 Charles E. King について考えました。彼がハワイで最後の日を過ごした時何を思ったか。とにかく、残りは少ないですから、調べてみるしかありません。土地勘のある調布や府中で、踊りが提供できるほどの規模のレストランを回って、フロア マネージャの方に、派遣の形での踊りを導入することについて、一般的なお考えを尋ねる作業が必要だとは見当がつきます。しかし、お考えをお聞かせ願えるものか分かりません。アカペラで歌うより、もっと無駄かもしれませんが、愛する舞踏家ウアケア佳奈子へ惜しむことはありません。
ところで、最近、あるポリネシアン舞踊団の方たちが、カフェレストランで タヒチアンを踊ってみせる という、サプライズ気味の パフォーマンスをされた YT 動画を拝見しました。思ったのですが、まず、踊るスペースの確保が大事ですね。そして歌です。歌と踊りにお客さんの心を集めなければなりません。
( 11/7 この素人カメラマンはウアケア佳奈子さんの踊りを愛しています。その舞踊家ウアケア佳奈子は彼に届く範囲からは去っていかれました。しかし、彼はウアケア佳奈子さんの踊りへの愛を示し続けます。それは舞踊家として発展して行かれる方に捧げることができる唯一の贈り物であると同時に、素晴らしい舞踏家ウアケア佳奈子が誕生するために必要なものだと思うからです。)
【おわりに】
最近のカメラ練習の成果のご報告のついでに、これからについてもお話してみました。
