「アカペラで歌う ロウ セイ オリアナ (Lo'u Sei Oriana) アップテンポ編」
「アカペラで歌いました : ロウ セイ オリアナ (Lo'u Sei Oriana) バラード編」
「『ロウ セイ オリアナ (Lo'u sei Oriana) 』の歌詞の解析」
「『ロウ セイ オリアナ (Lo'u sei Oriana) 』の歌詞について」
「ポリネシアの歌」
アカペラをやり直しました。
最後の部分の拍を修正しました。(2026/1/20)
【はじめに】
この題名の曲「ロウ セイ オリアナ」は サンライト カーニバル「KĀMAU!~笑顔のirodori~」において歌われていますが、そこで歌われている曲は本来の「ロウ セイ オリアナ」の アップテンポの バージョンです。ここでは、本来の曲の方を「 ロウ セイ オリアナ : バラード編」と呼ぶことにしましょう。当初、サンライト カーニバルで歌われている曲の歌詞を調べ、その日本語歌詞を案出してきたのですが、実際に アカペラで歌うとすれば、これまでに案出した日本語歌詞を相当に手直ししなければならない予感がしておりました。なぜなら、原歌詞を見る限りにおいては、とても アップテンポの曲には思えず、案出した日本語歌詞も自然と長めになってしまったからです。しかし、踊りに日本語の歌を付けるとすれば、いずれは試みざるを得ないことですから、その前に、バラード編の方を歌ってしまおうと考えました。それが今回の試みです。ただ、軽く見て始めた試みですが、この詩自体はとても軽いものではなく、また、経験の少ない サモア語ですから、かなりの時間がかかってしまいました。同時に、多くのものを学ぶことができたように思います。そして、とりあえずできた日本語歌詞の修正版を歌ってみましたら、思いもかけず涙が出てしまったのです。それを契機として、この曲の歌詞についても深く考えることができたような気がします。勿論、その様に思いをかけて歌う曲ではないとの見方もあるでしょうが、詩と歌い手の思いが合わさって一つの歌となるのだと考える見方もあります。そして、そこに踊り手が入って相互作用が起きる所に ポリネシアの踊りがあるのだと思います。私たちの伝統の世界では、そこに観衆の思いも加わるはずだと思うのです。詩と歌い手、そして踊り手、さらに観衆が加わって生じる世界、それが私たちの伝統芸能の世界だと思います。そこにまで到達できた時、初めて、ポリネシアンは日本の芸能と呼べるのだと思います。そして、そこは人の暮らしていける温かい愛の世界でもあります。
【アカペラで歌う ロウ セイ オリアナ : バラード編】
以下のサモア語の原歌詞が最初に歌われて、次に日本語歌詞をアカペラで歌います。
Lo‘u sei Oriana 私の 花 オリアナ
Se‘i e tautala maia どうぞ お話 しましょう (△ 11/21)
E te nofo mai mauga ここに 来て 住みましょう
Ma e fa‘amāliuliu ai そして 花園に しましょう ここを
Taufao e teine ma tama 取り合う 男と女
E tau ai o lātou sei 目指す 皆の花飾り
Sāvalivali i le māsina そぞろ歩く 月 明かりを (*)
Ma pepese i le Oriana そして 歌う オリアナに
(△ 11/21, Peter Tuitama は「Se‘i e sasala mai」と歌っていることは認識していましたが、ハワイアンズでも同じ様に歌っていることに気が付きました。どうも、Jerome Grey の歌う歌詞が正しいと考えていたようです。これですと、「どうぞ 香り お寄せ下さい」となるのでしょうか。)
Lo‘u sei Oriana 私の 花 オリアナ
E sosolo i mauga お広がり下さい ここに
E lē tupu tele 大きく なら ないで
‘Ae taufelefele でも 沢山の えだ(枝)を
Tupua ‘oe mai anamua あれから 貴方は はぐく(育)まれ来た
Fua mātala o le vao matua 時 満ちた実り ちちははの(父母の)
Sa teu ai o Sāmoana ま もられきた(守られ来た) 宝 サモアの皆の
Lo‘u sei Oriana 私の 花 オリアナ
結果は以下の通りです。ここでは最初に 音源 [1] の Peter Tuitama の歌声が出て、その後にアカペラが続きます。なお、(*)の行では音源の歌詞と日本語歌詞の基とした歌詞とが違っています。長く歌われてきた歌には様々なバリエーションが出てくるのは普通のようです。
以下では、この日本語の歌に至るまでの経過をご説明します。
【ハワイアンズで歌われる歌詞と案出した日本語歌詞】
前項の サモア語歌詞解析 から、以下のような日本語歌詞が得られています。青字の歌詞は、下で説明する、今回の変更部分です。
Lo‘u Sei Oriana
by Jerome Grey
1995 年
1
Lo‘u sei Oriana 私の花オリアナ
Se‘i e tautala maia どうぞ お話しましょう
E te nofo mai mauga ここに来て住みましょう
Ma e fa‘amāliuliu ai ここを花園に変えましょう
Taufao e teine ma tama 男と女が勇み集まる 男と女が取り合う
E tau ai o lātou sei 皆の髪飾りの花のため 皆の花飾りを目指して
Sāvalivali i le māsina そぞろ歩く 月明かりに
Ma pepese i le Oriana そして歌う オリアナに
2
Lo‘u sei Oriana 私の花オリアナ
E sosolo i mauga ここでお暮らし下さい
E lē tupu tele 大きく ならないで
‘Ae taufelefele でも 沢山の花を
Tupua ‘oe mai anamua あれから 貴方は育まれ来た
Fua mātala o le vao matua 時満ちた父母の実り
Sa teu ai o Sāmoana 守り来た 宝 サモアの皆の
Lo‘u sei Oriana 私の花オリアナ
変更の説明をします。元々、「taufao」が「取り合う」で、「tau」が「戦う」の意味であることから、青字の部分が本来の訳であるところを、バーゲンセールのように思えたので意図的に変えていたのですが、全体の歌の調子から、その様な心配はなさそうなことと、 ハンドモーションに不具合が出ないようにしたいことから、青字の歌詞案で考えていくこととします。
( 11/26 第二節の最後から二行目、「sa teu ai o Sāmoana」の「ai」は上の行の「fua」を指すのだと思います。当初は、ハワイ語の「pua」との類似性から「花」としたのですが、「mātala」は果実が開くさまを表しているようなので、「大事なもの」と考えて「宝」としました。他にも、同じ節の四行目で「沢山の花」としてしまっている所は、後の議論では「沢山の枝」と、「taufelefel」の本来の意味に戻してあります。我々は綺麗な花の付く植物を単純に「花」と呼んでしまう傾向がありますが、花を普段から沢山見慣れている方たちには、花の開くまでの様々な形態をよく知っているので、「枝」であったり、「実」であったりするのでしょう。これは、歌を聴く人の感性を考えると、少々、やりづらい話に思えます。)
これから、この日本語歌詞案を随時修正して、実際に歌えるものにしていきます。その際に必要な各単語等の意味については、前項の サモア語歌詞解析 をご参照下さい。
【原歌詞と拍 : バラードの場合】
日本語歌詞の案を実際に歌って見るためには、日本語歌詞に拍を割り振る必要があります。そのために、まず、原歌詞への拍の割り振りを調べてみます。歌詞を調べた中で、伴奏がしっかりしており、歌声も聞きやすかったことから、その項であげた音源の中の音源 [3]の Peter Tuitama の歌から拍をとりました。低音弦のビートを表拍「 ❍ 」、 そのちょうど反対側を裏拍「 ● 」としました。極めて機械的な作業で、結果は以下の通りです。裏拍の表記は、発声のタイミングが取りづらかった箇所に使用しています。二組の歌詞が書かれている行は、音源ごとに歌詞が違っていた所ですが、すべての歌詞を網羅したわけではありません。
Lo‘u Sei Oriana
by Jerome Grey
1995 年
一つの節の行数が多く、メロディーも少しずつ異なっており、第一節と第二節とでメロディーが変わっていたりして、大変に覚えにくい曲です。メロディラインを全体として把握できるならいざ知らず、頭で考える素人カメラマンでは、今だに、純粋なアカペラでは歌えません。
【原歌詞と日本語歌詞 : バラードの場合】
原曲に合わせて日本語歌詞に拍を付けてみました。
Lo‘u Sei Oriana
by Jerome Grey
1995 年
( 2026/1/20 歌いなれてくると、最後の二行の拍は以下のように修正したほうが良いようです。
気迫を込めて歌うと、考えた以上に言葉が走ります。)
この曲で歌われる「オリアナ」とは何でしょうか。音源 [1] のサイトで「Lou sei Oriana」と検索しますと、次のような説明が現れます
The ‘oriana’ is a type of fragrant flower often worn as a hair ornament. This
song talks about its beauty and how it’s a symbol of love. (「オリアナ」は香
りのよい花の一種で、髪飾りとしてよく使われます。この曲では、その美しさ
と愛の象徴としての魅力が歌われています)
多分、これが一般的な解釈になるのでしょうか。ただし、「オリアナ」は特定の品種を指すのではなく、上の説明のように、髪飾りとして使われる香りの良い花をそう呼ぶようです。しかし、日本語歌詞を見る限りにおいては、「その美しさと愛の象徴としての魅力が歌われています」とは必ずしも言えないように思います。少し考えてみましょうか。
この曲は、各節とも 4行の前半と同じく 4行の後半の 8行からなり、大体において以下のような構成を持ちます。
第一節
前半
オリアナに、この地へ来て下さい、この地を変えましょうと願います。
後半
一面に広がった花園の中で、男女が競い合う様に髪飾りのための花を採り、
散策する様子が空想されます。
第二節
前半
この地に根を下ろした オリアナに、豊かに萌え広がることを願います。
後半
大事に育てられてきた オリアナの花が サモアの人々の宝であると結論しま
す。
お分かりのように、詩の半分が「オリアナ」を サモアの地に根付かせるに当たっての思いであり、残りの半分づつが、花園が広がる様を夢想したものであり、サモアの人々の財産となっていること高らかに述べるものになっています。歌詞には「愛」という言葉はありませんが、「サモアの人々への愛」と「サモアの伝統への愛」が歌われているように思えます。ここで思い出すのは、「サモア」と呼ばれているこの国が独立したのは比較的新しい 1962年であり、項「『ロウ セイ オリアナ (Lo'u sei Oriana) 』の歌詞について」で説明したように、「マタイ」という制度によって大家族制の伝統を繋いでいくという特別な社会構造を持っていることです。これら全てを実生活で経験してきた Jerome Grey にとっては、この「オリアナ」にはいろんなものが該当するのかも知れません。ですから、 音源 [2] がそうであるように、サモアの独立記念日のコンサートで歌われた意味があったのでしょう。しかし、他のポリネシアの国々と同様に、サモアでも母国語を理解する若者が減少する傾向があるのでしょう。「ロウ セイ オリアナ」の歌詞も完全には理解されずに、オリアナの「その美しさと愛の象徴としての魅力が歌われています」という様に皮相的に理解される傾向にあるのかも知れません。
【おわりに】
この曲の日本語歌詞を案出し、実際に歌ってみますと、この曲に含まれているであろう作曲者の思いが胸に去来する思いがします。特に、「オリアナ」は素人カメラマンの世界からは消えてしまわれた舞踏家ウアケア佳奈子を彷彿とさせ、この詩を歌うと涙が出てしまうことがあります。しかし、この曲の「オリアナ」とは違い、かの方は今はいらっしゃいませんし、かの方をこの地に再び呼び戻すには、ただ願うだけでは足りません。この歌では、「オリアナ」を根付かせるための様々な思いや努力があったことが感ぜられます。今の社会の仕組みと比べると、この素人カメラマンの力は蟷螂の斧にも遥かに足りないものです。ですが、舞踏家ウアケア佳奈子への愛がある限りには、諦めるわけには参りますまい。かの方は好んで別の世界に移られたわけではないと思います。私たちのこの世界、ここが全ての芸能の、全ての愛の、全ての希望の根源なのですから、かの方がご自身の愛の踊りを完成されるためには必ずお戻りにならなければならないと思います。
私の 花 オリアナ
どうぞ お話 しましょう
ここに 来て 住みましょう
そして 花園に しましょう ここを
これは素人カメラマンの祈りでもあります。人々の間に愛が広がる世界、それが私たちの花園です。それを招来するためには様々な「オリアナ」が必要でしょうが、舞踏家ウアケア佳奈子もその「オリアナ」です。それは、様々な言い回しで申し上げてまいりました。しかし、ここにお住みになるための土壌が足りないのです。
守られ来た 宝 サモアの皆の
私の 花 オリアナ
彼の微力でどれほどなせるものか、それを思うと、再び涙が出てしまうのです。でも大丈夫です。全てを諦めれば、一番大切な願いは叶います。これはそのための一曲です。
【付録 01 : 原歌詞と拍 : バラードの場合】
Lo‘u Sei Oriana
by Jerome Grey
1995 年
1
❍ ❍ ❍ ❍
Lo‘u sei Oriana
❍ ❍ ❍ ❍
Se‘i e tautala maia
❍ ❍ ❍ ❍
E te nofo mai mauga
❍ ❍ ❍ ❍
Ma e fa‘amāliuliu ai
❍ ❍ ❍ ❍
Taufao e teine ma tama
❍ ❍ ❍ ❍
E tau ai o lātou sei
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
Sāvalivali i le māsina Ae u‘u lima i le ‘auala
❍ ❍ ❍ ❍
Ma pepese i le Oriana
2
❍ ❍ ❍ ❍
Lo‘u sei Oriana
❍ ● ❍ ● ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
E sosolo i mauga E te nofo i mauga
❍ ● ❍ ❍ ❍
E lē tupu tele
❍ ❍ ❍ ❍
‘Ae taufelefele
❍ ❍ ❍ ❍
Tupua ‘oe mai anamua
❍ ❍ ❍ ❍
Fua mātala o le vao matua
❍ ❍ ❍ ❍
Sa teu ai o Sāmoana
❍ ❍ ❍ ❍
Lo‘u sei Oriana
【付録 02 : 原歌詞と日本語歌詞 : バラードの場合】
二節目の最後の付近の拍を修正しました。(2026/1/20)
Lo‘u Sei Oriana
by Jerome Grey
1995 年
1
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
Lo‘u sei Oriana 私の 花 オリアナ
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
Se‘i e tautala maia どうぞ お話 しましょう
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
E te nofo mai mauga ここに 来て 住みましょう
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
Ma e fa‘amāliuliu ai そして 花園に しましょう ここを
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
Taufao e teine ma tama 取り合う 男と女
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
E tau ai o lātou sei 目指す 皆の花飾り
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
Sāvalivali i le māsina そぞろ歩く 月 明かりを
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
Ma pepese i le Oriana そして 歌う オリアナに
2
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
Lo‘u sei Oriana 私の 花 オリアナ
❍ ● ❍ ● ❍ ❍ ❍ ● ❍ ● ❍ ❍
E sosolo i mauga お広がり下さい ここに
❍ ● ❍ ❍ ❍ ❍ ● ❍ ● ❍ ❍
E lē tupu tele 大きくー なら ないで
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
‘Ae taufelefele でも 沢山の えだ(枝)を
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ● ❍ ❍
Tupua ‘oe mai anamua あれから 貴方は はぐく(育)まれ来た
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ● ❍ ❍
Fua mātala o le vao matua 時 満ちた実り ちちははの(父母の)
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
Sa teu ai o Sāmoana まもられきた(守られ来た)宝 サモアの皆の
❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍ ❍
Lo‘u sei Oriana 私の 花 オリアナ
[1] Lou sei Oriana by Peter Tuitama, 1986
[2] Lo‘u Sei Oriana by by PETA SI'ULEPA and JEROME GREY, 2000




