「サモア語の「sa」と「na」について : 言語学の方の助言」
「サモア語の「sa」と「na」について」
「アカペラで歌う ロウ セイ オリアナ (Lo'u Sei Oriana) アップテンポ編」
「アカペラで歌いました : ロウ セイ オリアナ (Lo'u Sei Oriana) バラード編」
「『ロウ セイ オリアナ (Lo'u sei Oriana)』の歌詞の解析」
「『ロウ セイ オリアナ (Lo'u sei Oriana)』の歌詞について」
【はじめに】
サモア語の歌「私の (飾り) 花 オリアナ (Lo'u Sei Oriana) 」の第二節、最終行の手前に
「Sa teu ai o Sāmoana」
という歌詞の行があります。幾つかの音源を聴いた限りでは、第二節はこの歌の要のようです。バラードを実際に歌ってみても、この行が一番盛り上がるところであり、従って、一番歌うのが大変な所です。「Teu」には、「保つ」という意味と、「飾る」という意味があります。何故、一見全く違うように思える意味が含まれるのか理解しづらいところなのですが、面白いことに、タヒチ語の歌「ヘイ アラヴァ (白い花飾り)」に「vehi」という言葉が現れ、同じ様に「しまっておく」という意味と、「飾る」という意味を持ちます。ハワイ語にも類似の言葉があります。これは、ポリネシアでは、大切なものを保管する時には綺麗に飾り付けて目立つ所に置くからだと思います。ですから、飾り付けるということと、保管するということが同じ行為になるのでしょう。「Ai o Sāmoana」をどの様に解釈するかによっては、「teu」の保管するという意味が強くなるのか、あるいは飾り付けるという意味が強くなるのかが変わります。この時に、困ったのが、「sa」の働きをどの様に捉えたら良いかということでした。
ポリネシアの言語において、基本的には、動詞には活用がありません。動詞の基本形があって、その意味合いを変えていく時、例えば受け身形にする時、などには、基本形の前後に修飾する語がくっついてきます。古いマレー語の影響を強く受けた サモア語には、その傾向が強く現れ、長い語が頻出します。また、この言語では、動詞の基本形も単数形と複数形で発声が変わります。それでも、過去・現在・未来の時制 (英語で tense) は動詞の形には影響しません。意味合いの違いは、ポリネシア語一般と同様に、短いキーワードが動詞の前に置かれることによって表されます。表題にあげた「sa」や「na」は過去時制を表すものです。しかし、時間の捉え方は民族によって違いがあり、同じ文法上の言葉で表現しても、具体的な意味合いが異なることは、ポリネシア語を学び始められた方にはお分かりのことだと思います。さて、そこで、「sa」と「na」は具体的には何を表しているのかという点です。調べてみたことを、ここに覚書としてまとめさせていただきたいと思います。
文法の規則は言語によって異なり、分類法も異なりますが、ここでは英語文法の言葉で議論を進めていきたいと思います。ただし、動詞の活用のある英語には、「sa」や「na」の様なものはありませんから、確定した文法上の名前はなく、これらは「マーカー」や「標識」等のいろんな呼び方がされています。ここでは、「動詞助詞」、あるいは「 vp (verbal particle) 」で議論を進めさせていただきます。
【動詞の時制 (tense) とアスペクト (aspect) 】
文の内容を考えるに当たって、何時の時点の話なのか、現在における状況との関連はどうなのかを考えます。それらは、時制とアスペクト (或いは、相) の二つの面から分類されます。ここでは、「sa」や「na」が表す、過去の記述に焦点を当てて考えてみます。
動詞の「時制 (tense) 」とは、話し手の時点を基準とした、行為の時点です。基本的には、「現在 (present) 」と、「未来 (future) 」、そして「過去 (past) 」の三つがあります。その中で、過去時制は更に以下のように分けられます。
過去 (past)
未完了過去時制 (imperfect past tense)
「習慣的だった」「進行中だった」「習慣的だった」過去の状態や動作
例 : 私は(しばしば)歩いた/歩いていた/歩いていたものだ
単純過去時制 (simple past tense)
過去の特定の時点にすでに完了した状態や動作
例 : 昨日、バスケットボールをした
アオリスト時制 (aorist tense)
行為の完了や継続を問わない単一の過去の出来事や行為
例: 私は歩いた
英語の過去形では、未完了過去でなければ、暗黙の内にそれは既に終わった行為であるとされています。古代ギリシャ語では、 更に、終わったか継続しているかを問題にしないで過去の行為を表す動詞の時制があり、それが アオリスト時制と呼ばれています。[1] 我々には馴染みの少ない時制です。本来の アオリスト時制には厳密な定義があるようなのですが、来訪者が調べて文法規則を定めた ポリネシアの言語では、未完了でも、単純過去でもない場合に アオリスト時制とされたようです。
動詞の「アスペクト (aspect) 」或いは「相」とは動作の様態を表し、「進行中 (ongoing) 」と、時間の経過が示されない「単純 (simple) 」、そして「完了 (completed) 」の三つがあります。
【「Sa」と「na」に対する二つの (古い) 辞書の記述】
ここで、問題の動詞助詞が二つの サモア語辞書でどの様に記述されているかを見てみます。これらは、この素人カメラマンが頼りにすることが多かった George Pratt の辞書 [2] と、それよりは多少新しい G. B. Milner の辞書 [3] です。
辞書 [2]
sa vp. marking the imperfect and aorist tenses. See NA.
( 未完了過去とアオリストの時制を示す. NAを参照. )
na vp. marking the imperfect tense.
( 未完了過去の時制を示す. )
辞書 [3]
sā vp. verbal particle which sets a process or action in an imperfect tense
( 過程や動作を未完了形に設定する動詞助詞. )
例 : Pē sā inu Pai ? : Was Pai drinking?
( Pai は飲んでいたのか?)
na vp. sign of the past tense, used frequently when the process or action is
completed. ( 過去形の表示で, プロセスまたはアクションが完了したとき
によく使用される. )
例 : Na sau 'o ia anamafi: He came yesterday;
( 彼は昨日来た. )
'o lē na tūsia lenei tusi: He who wrote this book;
( 彼がこの本を書いた. )
'o le tagata lea na na fasi a'u: It was that man who (lit. 'who he') beat
me. (N.B. the vp. "na" is followed by the pronoun "na.")
( それが私を叩いた男だった. )
結果的には辞書 [3] の記述が実際の使用法をよく表していました。しかし、辞書 [2] は調べたい語の意味を的確に示してくれることが多く、当初はその記述を「はじめに」にあげた問題の行の翻訳の基礎として、アオリスト時制まで調べたのでした。もう一度問題の行を示します。
「Sa teu ai o Sāmoana」
これも結論を先取りすれば、「teu ai o Sāmoana」は「ai o Sāmoana (サモアの皆の宝) 」を「teu (保つ) 」という意味です。
当初は、辞書 [2]が正しいものとして、次のように考えました。「Sa」が アオリスト時制を表すとすれば、この歌詞は「サモアの皆の宝を守った」或いは「サモアの皆の宝が守られた」と解釈され、不完了過去時制を表すとすれば、「サモアの皆の宝が守られていた」となります。「宝が今有る」という事実に繋げるなら、不完了過去時制でしょうから、それなら「sa」でも「na」でもどちらでもよく、「sa」を使用した必然性が感じられません。他方、「sa」に特徴的なアオリスト時制なら、「宝が今有る」と強くは言わないように思われますから具合が悪いです。今までこの辞書で困ったことになったことはなかったので、動きあぐねてしまいました。
そこで、オンラインのボランティアベースのデータベース [4] で調べると、以下のようになりました。
sā v.p. was (past tense marker);
例 : Sā 'e faitau le tusi?; Were you reading the book?
na v.p. past tense indicator
例 : 'O fea na 'e alu i ai?: Where did you go?.
Na 'ou alu i le lotu ; I went to church.
Na 'ou savali i le fale'oloa ; I walked to the shops.
これらの例文から考える限り、「sa」は不完了過去を示す様に思えるのに対し、「na」は、全て終わった行為を示している様なので、単純過去を示すように思えます。このデータベースはまだ未完成で、作成中のようなので、現在の サモアにおける用例と考えて良さそうです。そうすると、辞書 [3] の示すとおりであったことが分かります。ただし、このデータベースには「権威」の裏付けがありませんので、もう少し調べてみることとし、辞書というよりは用例集である Glosbe 辞書 [5] から更に用例を引いてみることとしました。
【用例集から得た「sa」と「na」の更なる用例】
Glosbe 辞書 [5] を用例集と認めて、以下にそれぞれの用例の最初の幾つか上げてみます。サモア語の文章と英語の文章の対応する部分を色付けで示し、その部分の日本語訳を補足します。
「Sa」の用例
1
Ina ua matou pasia o ia, sa ou maua (to get) se uunaiga uiga ese e tatau ona ou
toe foi i tua ma fesoasoani ia te ia.
After passing him, I had a distinct impression I should go back and help him.
はっきりとした印象を持った
2
O a mea sa faaalia (to make known) ia te ia e ala i le mana o le Atua i lena
misiona sa avea ma mea sili ona taua ia te a’u ma i latou uma o e sa taliaina
ana faatonuga.
What was manifest to him by the power of God upon that mission was of great
value to me and to all who received his instructions.
彼に明らかになった
3
Na pau le mea sa matou taumafai (to strive) e fai (to get) o le oo atu lea i le uafu
e 40 maila (64 km) mai Apia.
All we could do was try to reach the harbor at Apia 40 miles (64 km) away.
私たちにできることは、到達しようとすることだけだった
以上の例では「 ~ was (were) doing 」の形でこそありませんが、該当する行為は、その時から今まで、変わらないものであったことが解ると思います。1 の場合、行為としては「印象を持つ」ですが、その結果として「(一定の) 印象を持つ状態」が生じ、それが今も続いている可能性があります。2 の場合も、行為として「明らかになる」とすれば、 1の場合と同様です。同様に、3 の場合でも、判明したのは過去ですが、その困難な状態は今も続いている可能性があります。いずれも、行為の起きた瞬間は過去であっても、その結果生じた、もしくは判明した状態は続いていると思われます。この時、動詞が表す行為が状態を明らかにしたのだと考えれば、それらの動詞は状態を明らかにする動詞だと言えます。この様な動詞をハワイ語では「状態動詞 (stative verb) 」と言います。サモア語に状態動詞という分類がある分かりませんが、「sa」は状態を明らかにする動詞の未完了過去時制を表すものだと理解できます。
「Na」の用例
1
O iina na tilotilo ( look) ai Uso Christensen i le faasologa o taaloga, ma sa
matua le fiafia o ia, ina ua vaai atu o le taaloga faaiu o le pasiketipolo e fai i le
Aso Sa.
It was then that Brother Christensen looked at the schedule and, to his
absolute horror, saw that the final basketball game was scheduled to be
played on a Sunday.
兄弟 クリステンセンは予定表を見た ( 兄弟とは伝道師の間での呼びかけ)
2
Pe na ia gaoioi (to shake about) i se auala lē talafeagai ma palaai?’
Did he act improperly, even cowardly in the ceremony?’
彼は振る舞いましたか
3
Ae i le taeao na sosoo ai na ia toe (again) telefoni (to telephon) atu ai ma
faapea atu: “O lea ua ou maua le fanua mo outou.”
But the next morning he called back and said: “I’ve found your property.”
彼は電話をかけてきた
以上の例では、いずれも行為は過去に行われて、それで終わっていますから、これらは単純過去時制であると言えます。
【まとめ】
以上の議論の結論として、辞書 [2] の疑問のある記述を除き、全ての事実は
「Na」は単純過去時制を表す時に用いられる.
「Sa」は未完了過去時制を表す時に用いられるが、広い意味での未完了過去時制と
して、状態を明らかにする動詞の過去時制でも使われる.
最後の記述を更に説明しますと、状態を明らかにする動詞が過去に実行され、その結果明らかになった状態がある程度の期間において観察し続けられたと考えられる場合ということです。状態を明らかにする行為と、その状態が続いていることを示す行為とが一つの動詞の二つの側面であるとすれば、それは「状態を明らかにする動詞」の未完了過去時制であるとも考えられます。この状況を、辞書 [2] では「未完了過去時制もしくは アオリスト時制」と述べたのかも知れません。いずれにしても、辞書 [2] の「na」に関する記述は誤りでした。
もう一度、問題の文を見てみましょう。
「Sa teu ai o Sāmoana」
この文は、「サモアの皆の宝が守られてきた」ということを表すものと考えて良さそうです。
【おわりに】
「ロウ セイ オリアナ」のバラード編の歌詞の中で最も盛り上がる行にあった動詞助詞「sa」の使用法について考察しました。その結果、それに対応する「na」に対する、「sa」の特別な意味合いが明らかになったと思います。この様な特別な動詞の概念を明確にしたのが、ハワイ語における状態動詞と言えるのでしょう。ハワイ語はポリネシア言語の純化の最終局面と捉えることができるのに対し、新旧のマレー語の影響を受けてきた サモア語はその様な純化に到達できずに、特別な動詞助詞「sa」が残されたのでしょう。この様な「sa」による特徴付はかなり論理的であり、日常の会話に普通に使われるものではないと思われます。このため、「sa」は文章などに使われるのがもっぱらになっているのではないかと思われます。行為の発生と状態の継続という二面性は、タヒチ語の完了形にも見られ、行為は完了したのに、その結果は今も有効であるという不思議な結果に皆さんも一度は足を取られたことがあると思います。
[1] "The Aorist Tense," Dickinson College Commentaries.
[2] George Pratt, A Grammar and Dictionary of the Samoan Language, With English
and Samoan Vocabulary. The London Missionary Society, 1893.
[3] G. B. Milner, Samoan Dictionary, Government of Samoa, 1966.
[4] Samoan Language Resources.
[5] Samoan to English, Glosbe 辞書.
[6] アルバータ プアラニ ホプキンス著, クウレイナニ橋本, 塩谷亨共訳,
ハワイ語入門. 大学書林, 1997.
