【はじめに】
ポリネシアン グランド ステージ の 2024年 3月から始まった シリーズ 「翔〜To the
new world〜」の第十一曲目、「 Na jule ni Hanahana 」の歌詞は既に前項に示しま
したが、その日本語歌詞はまだ手つかずの状態にしたままでした。前回、ようやく、
「 Fakatere tere 」については日本語歌詞の一つの案を出すことができましたので、次
に、この十一番目の曲の歌詞解析を行うことになりました。しかし、Hawai'i や Tahiti
の言葉については文法書や辞書も充実していて、また、それぞれの文化的背景も良く
知られていますが、Fiji(フィジー)となると、かなり勝手が違います。それで、予備
的な前置きをしながら、話を進めていきたいと思います。
【 フィジー と フィジー語の現状】[1]
今回の歌詞解析で主に使用したものは文献[1] の辞書です。この辞書は、いわゆるフィ
ジー人の Gatty という方が書かれたもので、簡単な文法と共に、フィジー 社会や フィ
ジー の現状について書かれたところが有るので、それを以下に引用します。ただし、
読みやすくするために、幾つかの所で手を加えてあります。
「今日話されているフィジー語は、現代英語化されたフィジー語です。なぜなら、今
日のフィジー人の生活のは、学校、スポーツ、仕事、貨幣経済における都市生活と
いったヨーロッパの生活と密接に対応しているからです。それは私の青春時代の風景
だった村の生活とはかけ離れたものです。今日、非常に多くの若者は都市の中で ヨー
ロッパ の パン を食べて育ち、村の文化や自分たちの伝統についてほとんど知りませ
ん。多くの人は父親の村を訪れたことがなく、かなりの割合の人には特定の部族、
氏族、村に属しているという『記録』がありません。親の村とは、もはや無関係であ
ることがよくあります。そして、関係があったとしても、それは望ましくない負担に
なることさえあります。
そして、ヨーロッパ人、インド人、中国人、ポリネシア人との混婚がこの傾向に拍車
をかけており、過去数世紀にわたって膨大な量の異なる系統の人たちとの結婚が行わ
れてきました。これはフィジー社会に、より均質な安定をもたらす良い前兆となるか
もしれませんが、[言語的には、より複雑化を深めることになりました。]
(5/17 角括弧[ ] の部分は次の文の内容から私が付け加えたものです。)
フィジー語として進化したものは、古代オーストロネシア語と、フィジー、サモア、
トンガの複合体の持っていた原中央太平洋言語、そして、先住民のメラネシア語、現
在の後期ポリネシア語、およびヨーロッパ言語のオーバーレイ、更にその上に幾つか
のヒンディー語の単語が組み込まれた多言語混合物になっています。また、英語由来
の非常に多くの外来語の存在はあまりにも明白です。」
この様な伝統の希薄化は伝統的な歌や踊りにも大きく影響していることは予想できる
ことです。この様な中で、「 Na jule ni Hanahana 」の様な伝統的な背景を色濃く持
ちながら、行進曲風で ポップな歌は、フィジー の人々に単なる娯楽を加えるだけでは
なく、フィジー人としての一体感をもたらす上で大きな役割を果たしたのではないか
とおもいます。この曲は 1994年に作られましたが、今でも良く歌い、踊り継がれてい
る曲の一つであるようです。
【作者の Laisa Vulakoro について】
Laisa Vulakoro は、Fiji Times の インタービュー[3] では、 フィジー の作曲家であり、
パフォーマー、歌手、慈善活動家と紹介されています。その記事には以下のように書
かれています。
「彼女の主な仕事のキャリアは、行事やリゾート、パーティー、結婚式や重要な行事
のためのキャバレー歌手でした。彼女のスタイルは主に現代フィジーですが、ジャズ
やブルースからロックやカントリーまで幅広いスタイルの演奏も楽しんでいます。
2003年、彼女は作曲家兼演奏家の セル セレヴィ氏と サイモーネ ヴァタレフ氏と共
に、フィジー の音楽と芸術の発展に対する長年の功績と、慈善活動と地域開発 プロ
ジェクト への顕著な貢献が評価され、フランス 政府から表彰された。
新聞のコラムニスト として、あらゆる人種、年齢層、階層の人々を楽しませ、団結さ
せる能力により、フィジーの『初の人間国宝』と評されたライサは、あらゆる機会に
フィジーを宣伝し続けています。
彼女は現在、過去 12 年間にわたり フィジー 実演権協会 (FPRA) の唯一の女性理事を務
めており、存続可能な音楽産業の発展を通じて、地元 ミュージシャン を促進し、主に
若い地元 ミュージシャン に機会を提供するために長年にわたって懸命に働いてきまし
た。
フィジーで、ライサ は シングルマザー や『ストリート チルドレン』を支援する活動
でよく知られており、フィジー やその地域のさまざまな慈善団体に募金活動を行う
機会を何度も与えてきました。
ている魚です。特定の時期に海岸に集まってくる習性があります。歌の中に「 jule
vakalolo 」という言葉が出てきます。「 vakalolo 」とは ココナッツ クリーム ソース
で煮込む料理で「メアジ の ココナッツ クリーム 煮」ということになります。何だか
美味しそうですね。この種の料理は フィジー の沿岸部で大変に好まれるのだそうで
す。[1] これを念頭に置けば、歌の熱狂振りが理解できると思います。(5/17 魚を使っ
た「 vakalolo 」を「 ika vakalolo 」といいます。その料理の写真は、例えば、文献[6]
としてあげた ブログ にあります。料理のもっと正確な記述もあります。)(5/18 熱狂
ぶりと簡単に書きましたが、沢山の魚が捕れるということ、それで皆の大好きな料理
を食べるということの2つがこの歌の背後にあるのだと思います。このことについて
はまた後ほど触れます。)
最後に、文字「 j 」は本土のフィジー語の音声には現れませんが、英語の単語やトンガ
の影響が強い Lau と Kandavu の人々の言葉に現われます。その 多くの場合、例えば
杖「 ititoko 」が「 ijitoko」になる様に、標準文字「 t 」の代わりに使用されます。
文字「 j 」は、初期のトンガ人が侵入した Nadroga 州の高地の一部の音声にも登場し
ます。[1]
歌の題名に有る「 jule 」は Nadroga 州、特に Kandavu 島と交流の有る Natadora で
あるからでしょうが、Fiji で撮影された YouTube 動画[4] で聞くと、アナウンスの発音
は「chule 」と聞こえます。一般の Fiji の人が読んだからでしょうか。
動画[4] をみると、この歌がどんな風に踊られるかが分かります。客席に向かって踊る
ので広がっていますが、基本的には列を組み丸く輪を作って踊るのだと思います。
歌の中に「 Era riu e ra rido 」とある「 riu 」がこの輪を作る動きであるようです。
「 rido 」は「スキップ」することですが、今の我々から見れば、単に「踊る」という
解釈で良いと思います。つまり、「丸く輪を作って さあ踊りましょう」ということ
かと思います。
(5/17 上の仮定に対して面白い動画[7] がありましたので追加します。
サモアで行われた結婚式の宴会での ワンシーン 。花嫁は サモア 出身ですが、花婿が
フィジー 出身で、花嫁の家族に余興を望まれたために、花婿側の一族が フィジー の
踊りを披露している所です。列を組んで、段々と丸く輪になって新郎新婦を囲んで行
きます。フィジー では皆が集まって、気分が乗ってくるとこの様に踊る習慣があった
のでしょう。)
【「 Na jule ni Hanahana 」の解析】
前項で書いたように、6つの節と コーラス 部からなる内で、ハワイアンズ では、最初
の2つの節を歌って、その後で コーラス部を二回繰り返します。解析はその部分に限
ります。
Na Jule Ni Hanahana
by Laisa Vulakoro
composed at Natadola beach in 1994
1)
Toso mai matasawa, toso mai matasawa
toso mai 来て下さい
mai 話し手の方へ
matasawa 海岸、浜
浜に来て下さい 浜に来て下さい
Vakavodoka mai na lawa i na waqa
na the
vakavodoka to put on board
lawa 魚とりに使う網
waqa ボート
網をボートに載せましょう
Toso mai matasawa
浜に来て下さい
Toso mai matasawa
浜に来て下さい
Vodoka mai na lawa i na waqa
vodoka to board
網をもってボートに乗って下さい
2)
Tou mai lele i na toba
tou datou の省略形
datou we, us (聞き手を含む3人から数人程度)
lele 魚捕り
toba bay, harbour
みんな 集まって港に魚捕りに行こう
Tou mai lele i na toba
みんな 集まって港に魚捕りに行こう
Sa ra vude na jule vakalolo ma
sa 動詞を限定する、動作の強調、完了、確証(必ず)
ra they, 文頭に来るか、主語であるを明示する時には era
vude (水中から現れるときのように)頭を突き上げる,
最近の、頭をあげたり下げたりする、フィジーの踊り
jule メアジ
vakalolo ココナッツ クリーム 煮
みんな踊るよ jule vakalolo だよ ma!
Mai lele i na toba
集まって港に魚捕りに行こう
Mai lele i na toba
集まって港に魚捕りに行こう
Sa ra vude na jule vakalolo….ma!
みんな踊るよ jule vakalolo だよ ma!
horus:
Na Jule ni Hanahana
ni of
ハナハナ の お魚
Na Jule ni Hanahana
ハナハナ の お魚
Ji qoro na harahara
Ji (Kadavu 島) 地方の首長の尊称、例えば Ji Wailevu
Qoro フィジーの姓の一つ(ラグビー選手にも沢山います)
na 動詞につく未来の動作を表すマーカー
harahara sarasara のこと
sarasara sara の繰り返し
sara 見る、注視する
Qoro 閣下もご覧になるよ
(5/17 この行はよく分からなかったのですが、多分、文法的には正しいと思います。
実際問題として、何を意味するかですが、歌の場所は Natadola 港で、船をつかえば
Kadavu 島からは簡単に来れます。ですから、この港には普段から Kadavu 島の首長
達が出入りしていて、このお祭りのような機会にはお供を沢山従えて見学に来るので
はないかと想像します。そのことを「 Ji 」という尊称と Fiji では多い姓の「 Qoro 」
を使って表したのではないかと思います。なお、辞書の例では「 sarasara 」は名詞
で「見学」の様に使われるようですが、ここでは音の響きから、動詞の「 sara 」を
あえて重ねたと解釈しました。)
Era riu e ra rido
rido to hop, skip, usually of children
riu [5] {Maorian} to be gone; to have vanished utterly
{Samoan} (liu) to go backwards and forwards;
{Tahitian} (riu) ... (riuriu) moving around
{Tongan} (liu) to cease; to change; to appear different;
{Mangarevan} (riu) to move by the edge of the coast in
rounding a cape; (aka-riu) to come and go; to make a circle
輪になって 踊ろう
(5/17 「 riu 」は辞書[1], [2] には見つかりません。[2] に無いということは新しい言
葉であり、[1] に無いということは、本来の Fiji の言葉ではないということだと思い
ます。実際、類似語と思われるものがポリネシアの各地に見られます。試みに、辞書
[5] で マオリ語以外での類似語を調べてみると、沢山有ります。大体、てんでに去っ
ていく様な意味のようです。しかし、これではこの歌にそぐいませんから、タヒチ語
の「 riuriu 」の意味で解釈してみました。マンガレブ語の「 aka-riu 」ですとそのまま
です。)
Era ridorido wa, era ridorido ma
踊る踊る wa, 踊る踊る ma
O na jule ni hanahana aule…..aule
そう、ハナハナのお魚 aule
( aule が分かりません。タヒチの aue と同じなのでしょうか。)
【字幕の案】
以上より、以下のように字幕を付けてみようと思います。
Na Jule Ni Hanahana
by Laisa Vulakoro
1)
Toso mai matasawa, toso mai matasawa
集まれ 浜に 集まれ 浜に
Vakavodoka mai na lawa i na waqa
網を載せましょ 船に
Toso mai matasawa
集まれ 浜に
Toso mai matasawa
集まれ 浜に
Vodoka mai na lawa i na waqa
網もって乗りましょ 船に
2)
Tou mai lele i na toba
みな 魚捕り行こ 海に
Tou mai lele i na toba
みな 魚捕り行こ 海に
Sa ra vude na jule vakalolo ma
みんな踊るよ jule vakalolo よ ソレ
Mai lele i na toba
魚 捕りだよ 港で
Mai lele i na toba
魚 捕りだよ 港で
Sa ra vude na jule vakalolo….ma!
みんな踊るよ jule vakalolo よ ソレ
chorus:
Na Jule ni Hanahana
ハナハナ の お魚
Na Jule ni Hanahana
ハナハナ の お魚
Ji qoro na harahara
Qoro 様も見るよ
Era riu e ra rido
輪になって 踊ろう
Era ridorido wa, era ridorido ma
跳んで跳ねて ヤア, 跳んで跳ねて ソラ
O na jule ni hanahana aule…..aule
そう、ハナハナのお魚 ソオレ
【おわりに】
取り敢えず、以上まで解析してみました。しかし、幾つかの行でわからないことがあ
ります。もう少し考えてみますが、完全に解決できなくとも、暫定案で字幕を作っ
てみます。
[1] Ronald Gatty, Fijian-English Dictionarywith notes on Fijian culture and natural
history. Suva, Figi, 2009.
[2] The Late David Hazlewood, A Fijian and English and English and Fijian
Dictionary: with Examples of Common and Peculiar Modes of Expression and
Uses of Words. William Nichols, London, 1850.
[3] "Laisa learns music the hard way," The Fiji Times, Local News, 23 Feb. 2017.
(https://www.fijitimes.com.fj/laisa-learns-music-the-hard-way/)
[4] Laisa Vulakoro - "Na Jule Ni Hanahana" - Kahuku High May Day 2013,
YouTube "fijigyri" channel,(https://www.youtube.com/watch?v=mNmHtfKVksk)
[5] Edward Tregear, The Maori-Polynesian Comparative Dictionary.
Lyon and Blair, Lambton Quay, 1891. (reproduced)
[6] 「 Ika vakalolo(イカバカロロ)」、世界の料理 NDISH(エヌディッシュ)、その
土地の食(https://jp.ndish.com/ate/ikavakalolo/)
[7] Fun Fijian Family Dance - Joseph & Janina's Wedding in Samoa
YouTube "Janina MV" channel, (https://www.youtube.com/watch?v=hZ4m43lasFA)