「諸行無常」とか「色即是空」とか、

正直、難しい仏教の教えなんてよく分からない。

 

 

でも、全てのものは移り変わるし、

永遠にとどまるものなんてない。

 

どんなことも所有することなんて

できないんだから、

執着しても苦しくなるだけ。

 

それは経験的には痛いほどよく分かった。

 

 

 

でもさ、執着してみないことには

苦しみって味わえないんだよね。

 

掴んでないと執着しないと

手放すこともできない。

 

 

だからある意味、

執着したり苦しんだりすることも

なくてはならないことだってことだよね。

 

何かにしがみつくという

概念がない世界だったとしたら、

 

手放すという言葉すら生まれなかったと思うし。

 

 

 

手放すことは良いこと

執着すること悪いことだと

 

みんな長いこと

思い込んできてしまってきたから、

 

 

苦しみからは早く離れたいし、

手放して自由になりたい。

 

しがみつく自分に罪悪感を覚えたり

手放せない自分にがっかりしたり。

 

その思いが、またドラマを生み出す。

 

 

私自身も、

手放すことが絶対に良いことだと、

手放したら精神性高い自分になれる

と思っていたから、

 

必死で手放すことに力を注いだり、

逆に、分かったふりで執着してません風に

振る舞ってたりしたこともあった。

 

ラクになるどころか、

かえってけっこうキツくなったりして。

 

 

 

手放してラクになっても、

気がついたらまた何かをつかんでまた手放す

 

そんなサイクルを私たちは繰り返していて。


 

手放したという事実にすら

しがみつこうとしてしまったりする。

 

それを、

自分は誰かであるという証明に使ったり、

 

逆に、さらなる苦しみになったりする

っていうワナもあるなと。

 

 

なんていうか、みんなホントにこの

苦しみ、手放すゲームを楽しんでるよね笑。

 

 

 

けど、それもまた、人間のかわいらしい、

愛おしいところだなって。

 

 

もちろん私も人間なので、

 

自分に対しても思ってるよ、

もう、またやってるよ┐(´∀`)┌ヤレヤレ

 

てね。

 


 

 

藤井風さんの「It's Alright」という曲、

感覚的には似てるかなと。

 

神の完璧な予定調和の中にあって、

どんな現実も感情もかわいいもんよって。

 

 

終わりがないループする現実や

苦しみの中に私たちはいるって思い込んでる。

でも、ホントは全てが幻.。

 

その完璧な幻の中で、

ただ遊んでるだけなんだと。

 

 

ホントは、執着も手放しもどちらの状態もよい。

 

そのままありのままで、

起きてきた感情を受け入れていく

 

その方が、気持ちが緩んでラクになりやすい。

 

 

 

けど、ある意味、

飽きるまで徹底的に執着し尽くす

っていうのも1つの手だなって思う。

 

 

自分の今の在り方によって決めたらいいし、

 

けど、それすらもうすでに、今物事は完璧に、

あるべきようになってるなという結論。

 

 

結局は流れに任せるしかない。

 

なんかまたループで、

堂々巡りになっちゃいそう

 

それもいいか。

 

 

にんげんだもの、って感じで笑。

 

 

 

今を遊ぶ、今と踊る♪

Play with "Now",  Dance with "Now" ♪