実は今、家族の介護に関わってるんだ。

 

片足突っ込んだ状態はそこそこ長く続いていて、

たまにどっぷりという感じ。

 

 

寝たきりで四六時中お世話が必要だったり、

片時も目を離せない状況というわけではない。

 

 

でも、大事な家族をお世話しているならば、

状況の違いはあっても、

 

 

もしかして命を失うかもしれないという恐怖、

大切な人を守らなきゃいけない、

出来る限り長生きしてもらいたい

 

 

そんな思いが湧くのは、

みんな一緒かなって思う。

 

 

私も、自分自身のことよりも、

いつも家族のことばかり考えていた。

 

私が我慢や努力をすれば

家族を守れると思っていたし、

介護とはそういうものだ、

くらい無意識に思っていたのかも。

 

でも、今は考えが大きく変わった。

 

 

 

少し前、みうらじゅんさんの本を読んだんだ。

 

昔からみうらじゅんさん好きで。

なのに、著書は読んだことがなかったんだよね。

マイブームとか、いやげ物とか、とんまつりとか、

ネーミングのセンスがすごいと思っていたけど、

文章もめちゃくちゃ面白い!

 

 

でね、みうらさんは

世間ではマイナスに捉えられやすい事柄を

ポップにするために、

 

「~プレイ」や「~ブーム」

と付けることを提案していて。

 

 

例えば、

一見照れくさい、親孝行という行為にも

 

「親孝行プレイ」と付けたりとか。

 

 

それを見て、すごくいいアイデアだなって思って。

私も「介護」に採用してみようって思った。

 

 

でも、介護に「プレイ」と付けるのは

なんだかさすがにヤバくなりそうなので、

 

「ブーム」の方をいただきましたグラサン

 

 

 

ということで、今は私の中で

 

 

「介護ブーム」

 

 

が起きているだけなんだと。

永遠ではなく、一時的なマイブームだと。

 

 

そう捉えただけで、

介護を深刻に捉えて背負っていた自分が、

確かに軽くなる気がした。

 

 

 

介護している側からすると、

 

この状況がいつまで続くのだろう、

でも、終わる時のことも考えたくない

 

というジレンマを抱えていながら

お世話してる人も多いのかも。

 

 

でも、介護はずっと永遠に続くわけではない、

結末はどうであれ、いつかは必ず終わる。

 

 

残念ながら、

人の命は決して誰にもコントロールできない。

 

 

でも、それは、

悲しみや絶望であると同時に、

 

 

 「希望」にもなりうる。

 

 

介護する側自身の人生を取り戻す希望。

 

 

直視するのは辛いことだけど、

お世話している家族とのお別れは

避けては通れない。

 

そして同時に、

自分自身の人生からも、目を伏せてはいけない。

 

 

というか、

 

介護していたとしても、

自分の人生をちゃんと生きていいし、

 

どんな状況にいたとしても、「今」を生きていい。

 

そうなれるんだということを証明したくて、

私は家族とも、自分自身とも

日々向き合ってる。

 

 

 

――って、これ以上書くと長くなりそうなので、

今回はここらへんでやめとくね。

 

 

 

介護とかの話は

ブログではしないつもりでいたんだけど、

 

ちょっと考えが変わってきた。

 

気が向いたら、私の体験からの気づきも交えて、

改めて話してもいいかなって思ったり。

 

知らんけど笑

 

 

 

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