指先の感覚~子供と一緒に死のうとしたこと~ | ママのうつ病、家族の奮闘記~かーちゃん、うつ病と闘う

ママのうつ病、家族の奮闘記~かーちゃん、うつ病と闘う

第2子出産半年後にうつ病の診断を受けてからはや15年。病と共存しながら健康体を取り戻すべく、試行錯誤で暮らしてきました。
今では通院も服薬もありません。
そんな私の経験が少しでも参考になれば……。

あ゛~~重いタイトルでごめんなさい!354354354354

でもね、うつ病を語る上で、きれいごとばかりは通用しないんですよ(T^T)
ドロドロのどよ~~んの、重た~~い出来事も数々あったわけでして・・・ガクリガクリ

かーちゃんの弟がいつぞや、こんな話をしていました。

うつ病の上司が、子供を殺して自分も死んでしまった」

ゲッソリゲッソリ
いわゆる、無理心中ですねムンクの叫びムンクの叫び

・・・・・真顔真顔
ありましたよ、ありましたよ、そんなことがかーちゃんにも、何回か。

「この子殺して自分も」

という今でも当時でも理解できない思考に陥った時が!!

「自分がうつ病ってだけじゃん!」
「子供道連れなんて、なんて自分勝手!」

ハイ、世間一般ではそう言われると思います。

でもうつ病で、

極限まで死に対するハードルが下がっていて
極限までエネルギーがなくて
極限までその現状に先が見えなくて悲観して

正常な思考ができない状態の人にとっては、いともたやすく陥ってしまう状況だと思います。


かーちゃん、深夜に娘達が寝ている部屋に何度か行ったことがあります。
そのまま幼い娘達の寝顔を見ただけで自分の寝室に戻ったこともあり、寝ている娘の手首にそっと手を回してみたこともあります(力を込めることはできませんでした)。

その時々、かーちゃんを我に返らせてくれたのは、寝ている子供の寝顔と、指先に触れた子供の温かさだったのだと思います。

「ダメダメ、私にはそんなことできない」
と。

ふわふわの柔らかくて温かい子供の肌の感触は、今でも指先に残っています。
あの時、どれだけ自分が極限状態にあったかを実感させられると同時に、

二度とあんな重度のうつ病の状態には陥らないよう、自分の力量を過信しないことを、この指先の記憶によって忘れないようにしています。

当時、とーちゃんは、自分が仕事で留守をしている間、かーちゃんがどうなっているか、子供達がどうなっているか、気が気じゃなかったと思います。
当時のとーちゃん、ゲッソリ痩せ細って、頬がこけていましたゲッソリゲッソリ