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踊るWebデザイン

踊るWebデザイナー、小笠原愛のブログ


踊ってるとさ、

見たくない自分直視したり
自分の表現の壁に圧死しそうになったり
お金も時間もかかって心も使って
思うように踊れなくて悲しくなって
体のどこかを痛めたり
関節おかしくなって
痛くて身悶えしたり…


それでも続けちゃうんだな。

病的だと思いませんか?

なんでこんなことしてるんだろう?
って、何かにつけ思って
ここまで歩いてきたけれど。

やっぱり病気なんじゃない?っておもう。
ダンサーっていう名の病魔が巣食っていて
それはもう誰にも治すことができない
不治の病とか(笑)

キッチンで包丁持ったまま踊ってると
来るところまでキタな自分、って思う。

親には「踊りの学校なんか出ても何の役にも立たないぞ」
っていわれたけれど、出させてもらった。
お父さんごめんね^^
あなたの子供は病気です。
私にも答えがわからないのです。


それでもこれからも踊っちゃうんだな。
いつか治る日くるかなっ?





しばらくは書かないだろうと思っていた、このシリーズ第三弾。


最近の私の投稿には「痛み」という単語ばかりが出てくる。
読み返してみて笑っちゃうくらい。



学校卒業と同時に踊りをやめたけれど、
あれから封じてしまったものがあって。

何をやっても、
なにか味気ない。
なんか足りない。

社会人になってしばらくしてから
再び踊り始めても、なんか変だ。

感覚がなかなか戻ってこなくて、
それがずっとわからなくて…

年齢のせいなんだ、ってことにしてきたけれど。。。

また、ベリーダンスという踊りが借り物の衣装のように
私にフィットしない感じがしてた。
向いてないんじゃないか?これ。

そうこうするうちに、体の痛みが
ひどくなってきて、なんとなく踊れなくなった。
なんとなく踊れない状態のまま踊ってきた。


なぜ踊りをやめたのか?

学校卒業と同時に踊りをやめたのは色々理由があるけれど、
一言で言えば、踊りの世界には自分の居場所が見つけられなかったから。

居場所のなさ、孤独、焦り…そして痛み。

痛みに溺れてしまっていたあのとき。
生活が立ち行かなくなるくらい
心が痛かった。

だから閉じ込めておくことくらいしか
なんともできなかったのだ。
いっぱい筋肉で固めて、
お外にでないように守ってきた。

鎧で武装していたのは、
外からの攻撃じゃなくて
内側からのダメージに対して。






そのことが、
これからの自分の道を決めようというときに出てきた。

踊りが好きなのに、何かがしっくりこない。
こんな気持ちのまま、また踊りの世界に踏み込んでもいいのか?
というか、本当に好きなのか???



そんな迷いと葛藤を抱えながら
昨日、今日でわかってしまった。

何をやっても気持ちが痛くって、
今までのように何かで紛らわそうとしたけれど
できなかった。

そして受け入れていくうちにふと気がついた。
これ、私にとって大切なんじゃない?って。



痛みを手に。



今の私は強くなったから、
大人になって色々な感情にも持ちこたえることが
できるようになったから。

痛いっていう気持ちが戻ってきたのは
そんな自分への信頼の証なのかもしれません。

痛みって、大切だと思います。
痛くないに越したことはないけれど、
痛みを感じない時の私の表現はどこか
ガサツで表面的だなぁと思うのです。




今までは心が痛みを感じる代わりに
体が痛みを引き受けてくれていた。
でも、もう体も限界を訴えてた。


痛みのない表現なんてつまらない。
そこには繊細な心の動きなんかがあって
私の表現のコアになっていたりする。

こうして自分の輪郭がはっきり見えてきながら
自分の痛みの正体もはっきりしてきた。

それは、踊りにかかわって生きていくことに対して
私が今までネックに感じてきたこと、
それはぶっちゃけ「自分そんなに上手くないし…」っていう思い。

学生時代、踊れる人たちが地方からも集まってきて、
その中でバーレッスンをする。
ノイローゼになるかと思うほどいたたまれなくなった。
私みたいな醜い人間は踊っちゃだめなんだって思った。


その気持ちがしこりになってたのです。


だけど、物事は
「上手いかどうか」ではなく
「好きかどうか」で判断するもの。

と私は思うのです。
もしかしたら世の中の判断基準とは違うかもしれないけれどね。


それはここ数年手探りで感じてきたこと。



その理由は、どんなことしたって、
世の中には超絶技巧に踊る人たちが沢山いる。
その人たちと比べて劣るからといって
自分が踊っていけないわけではないし、
踊りの何かを仕事とすることがタブーなわけではない。


好きじゃない仕事って続かない。
さらに好きじゃない人の仕事ってどこか足りない。
それはどんなに上手かろうと関係ない。



そこまで気がついて、
私はやっと自分が長い間、迷宮の中をうろついていた
ことに気がつきました。


今、私は踊りについてこのことを書いたけれど、
これって踊りだけに当てはまることじゃないと思います。
どんなことでも、その人が何かを好きなこと。
それがどんなに大切なのか、皆さんも一度考えて
もらいたいな、って思いました。



あなたの好きなことは何ですか?



PS:
迷宮の出口までたどり着いた今日は、
偶然なのか19年に一度の朔旦冬至。

しもじさんのいうとおり第三弾を書くことになってしまいましたね。

【踊り続けることに何の意味があるのか 1】
http://ameblo.jp/dancereye/entry-11919167317.html
【踊り続けることに何の意味があるのか 2】
http://ameblo.jp/dancereye/entry-11923712502.html


では良い冬至をお過ごしください(笑)
今日は。

自分、なにが自分に向き合うだよ。

って思いました。

実は…今日初めて
トウキョウベリーダンスファッションショーのDVDを見たのです…



ショーが終わってから明日でちょうど3ヶ月が経つけれど、
なんと今まで怖くて見られなかったっていう小心者です。
まったくもう、何やってるんでしょう自分。
ビビりですねぇ><


ショーは改めて見ると…
もうね、みんな綺麗すぎるw
そしてよくもこの中で踊ったな自分。

体の弱さに怯えつつ、ガン飛ばしながら演じていましたw
腰と膝が痛くて砕けそうなのを筋肉で懸命にカバーしてて
よく倒れないなぁーって、我がことながら思いました。


あと、自分が自分に対して思ってるイメージって
やっぱり間違ってるかもなーと思いました。
DVDの中で踊る自分は別人のように見えて、
新しい発見がありました。




大掛かりな準備で大変だったけれど
その分リハーサルの時間は私にとって
レクリエーションみたいに楽しかった。

まるでスイーツのような甘い甘い時間でした^^
出演者のみんなに会えるし、見せ方の研究にもなるし。
ショー1ヶ月前は毎日のようにみんなに会っていて
私ら家族か?って思うくらい親密でした。

そして、ある日リハーサルの様子を眺めながら
もうこれ以上のショーはないな。
こんなメンツ一気に揃えちゃったら、
他のショー見ても満足できないんじゃないか…
なんてぼんやりと思ったっけ。

よくもこれだけプロフェッショナルなメンバーを
しかもオーディションで絞って…なんて贅沢なの?

また、たくさんの大切な出会いもあって、
言葉に尽くせない思いです。

色々なことが頭の中を走馬灯のようによぎり、
色々な気持ちになって、
そしてちょっと落ち着いてきました。



とにかく、

もう…

長い長い、ながーい旅路でした。


今更でごめんなさいね!

きっとこれも明日の冬至に向けた心の中の整理で
駆け込みの断捨離行為なのだなぁと、思うのでした^^
(冬至には断捨離を行い浄化を行うパワーがあるのだそうです)


これからの自分の道を思いながら、
思い出を宝物として私の中へ納めていきたいと思います。


どうもありがとうございました。