いい気だとか、
悪い気だとか言いますが
そのような区分けは無意味です。
なぜなら、そもそも
いい悪いという基準が主観的で
役に立たないからです。
気はただそこにあり、
その気に意味付けをするのは
個々の人間です。
詰まるところ、「いい気だ」というのは
「私にはいい気に感じました」
という感想の域を出ません。
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なんの話をしているかというと
惑わされるな、ということです。
いい気だ、と言った本人は
単にそう思ったから
そのように言ってるだけであり、
別に普遍的な事実を
口にしたわけではないです。
ところが、それこそ気の力で
あなたはその人の力に取り込まれて
いい気を感じてしまいます。
まるで普遍的なことのように。
これが、いい気なら構わないですが
悪い気の話になると
事態は深刻になります。
悪い気はありません。
あるとすれば、悪い意図です。
気は魅惑的な存在ですが
その魅力に踊らされてはダメです。
あくまで、主は自分で気は従です。
全ての気は我々の意志の元に
ひれ伏します。