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ココロオドルブログ。自分の力ってどんなもんなのよ。

上京して4年が経とうとしています。
仕事に趣味に、沢山のココロオドル瞬間を創りたい!
そんな想いと共に生きてます。

こんばんは、リエです!



今日は、ちょっぴりネガティブなお話
そして結論のないただの気付きです



先日記事にもした
ストレングスファインダーの振り返りを
やっていて気づいたことがあったので
書きとめておくことにします。





私の特徴の中に
「あなたは人と友達になる必要性をほとんど感じません。ビジネスパートナーやチームメンバー、仲間と一緒に仕事やプレーが出来る場合、とても意欲的になります。」
という文章があって、とても共感したのですが



同時に
「なんで私は友達というものに必要性を感じないのだろう?」と思いました。




先日他のWSで
「人は幼少期のわずかな感情経験から恐れを持つ、それが無意識のうちにその後の人生の判断や指針に影響する」という話を聞いたので、
一度振り返ってみようと思い過去を思い出してみました。




私は小学生のころ、
人生で初めていじめというものを経験しました。
同じような方も多いんじゃないでしょうか。
それくらい身近なものでした。



ターゲットが毎日変わり、中心的存在の人物の顔色を伺いながら生活する日々。
自分を守るために誰かの味方についたり
クスクス笑われることに敏感になったり。



まだ、低学年の頃は可愛かったイタズラも、
高学年になるとさらに陰湿に、過激になっていきました。


プールに沈められる
物を捨てられる
ありもしない噂を流される
クラス全員から総スカン


自分だけが被害者ぶる訳ではないし
私が受けたものより酷いイジメを受けた方も
沢山いると思います。


ですが、当時はっきりと
「友達なんてくだらない、誰も信用しない」と
決めた記憶があります


父親のワックスを勝手に借り、
短く切った髪を立たせ、
可愛い服は全部捨てて、
学校ではどんな表情も出さない
弱みを見せないと決めました。



そんな小学生時代を過ごし、
中学高校を振り返ってみると
自分から積極的に友達をつくろうとは
しなかったように思います。
いつか裏切られて自分が傷つくのが嫌だからです。


趣味のダンスに没頭し、練習は裏切らないと信じて続けてきました。



そんな高校時代から色んな人に出逢い、
沢山の尊敬する人に助けられた今でも、

私は「なんでもない友達」をつくるのが
本当に苦手です。





この感情は恋愛観にも影響していて
自分から恋人をつくるのが苦手です。
感情という不安定なものだけで
繋がれている関係それに依存することが
自分を苦しめることを想像してしまうからです



同じ目標があったり、一緒に仕事ができたり
スキルや経験、信念という不変のものに
価値を感じている状態でないと
私は人を信用できないのかな



そんなことに気付きました。
人を人として見てないのかな、、
とても自分が冷たい人間のように思えて
苦しくなりました。



人を信じたい、仲良くなりたい気持ちは強くあります。
ただ、その為には私がまず
皆に何か価値を与えられる人間にならないと
っていう考えになってしまうのも
この経験からなのかもしれません。



人と向き合いたい、なんて言っておいて
本当に私は人を人として
みることが出来ているのか、
自問自答の日々です。






とりとめのない話に付き合ってくださり
ありがとうございます。


また、解決策が見えたら書こうかな。


ではまた!