ミルクを舐める姿を見つめながら、少年はかすかな願いを猫にたくした。


(ボクが感じる悪い出来事を、どうか引き起こさないでくれ!)


声には出さず、願いを込めた。

少年は平静をよそおいながら、パンをちぎり猫に与えた。

いつものようにミルクにひたして、猫の口元へ近づけた。

後ろには、その姿を眺めている鴨の親子が泳いでいる。

猫が満足そうに欠伸(あくび)をすると、少年は納得するかのように頷いた。

そして少年は立ち上がり、小川に浮かぶ鴨の方へ振り返る。

そこで、いつものようにパンを千切り、鴨の親子へ投げわたす。

少年の良からぬ想像が、現実のものとならないことを願いながら、パンを千切り、投げ入れる。

最近、少年は友達からパンをわたされることがある。

もしかすると友達にこの場所を教えることで、少年の悩みも解決に導かれるのかもしれない。

もしくは解決ができないとしても、その苦しみを和らげてくれるのかもしれない。

そんな考えを少年は頭に浮かべながら、少しだけ気を紛らわせる。

この場所を友達に知らせることは、今日まで誰にも言わずにきた。

なぜなら誰にも言わず、一人で過ごすことで、それまでの悩みを、のり越えてきたからである。

少年は、猫や鴨の親子とふれ合うことで、胸の奥にある深い闇を晴らすことができた。

もし同じような悩みを持つ者を、この場所へ連れて来ることができたら、少年の頭に浮かぶ良からぬ出来事も未然に防げるのかもしれない。

その友達の闇が払われて、それと同時に少年の悩みも晴れてゆく。

ふたつ並べられた暗がりが、うまく引き寄せられて結びつくことで、上手に消え去るような思いにかられる

もちろん、それが実現するのかは分からない。

また今の状態で挑戦することも考えられない。

少年はパンを千切り鴨にわたしながら、そのような考えに浸っていた。

しかし少年は決断できずにいた。

これまでの体験が頭の中で巡りながら、何をすべきを選べずにいた。


少年は授業や休み時間を友達と楽しく過ごせるようになっていた。

これまでと何が違うのか、少年や友達にも分からない。

しかし何かが変わったのは確かである。

そのわずかな変化によって、少年は大きな成長を遂げようとしている。

そして少年の友達も、大らかな心を手に入れようとしている。

曖昧ではあるが、何かが確実に変化を遂げて、それにより彼らの胸のうちで緩やかに育まれているものがある。

そのような変化を感じながら、少年は今日もミルクとパンをカバンに入れて、猫と鴨が待つ小川のほとりに向かう。

ここで過ごすわずかな時間が、ゆっくりとではあるが確実に少年を大人へ成長させていく。

そこに辿り着こうとする少年の前に、いつもとは少し違う光景が目に映る。

その場所に近づく頃、猫が小川を見つめる姿を目にする。

猫の視線の先には、鴨の親子が泳いでいる。

少年は不吉な思いにかられながら、いつもと変わらずカバンからプレートを出す。

そしてミルクをプレートに入れると、いつものように猫は舌を出して舐め始める。

最近では、ミルクをプレートに入れる少年を眺めながら、猫は催促するように

「ミャー」と鳴く。

まるで少年へ擦り寄るように鳴き声をあげる。

その可愛らしさを目の当たりにして、少年は心が穏やかになるのを感じる。

しかし先ほどの猫の姿を見ると、悪い予感が頭に浮かぶ。

猫は狩猟系の動物である。

鼠を獲物として捕らえることを考えれば、その他の生き物に目を向けてもおかしくはない。

そのような考えが、少年の思考を良からぬ方へ向かわせる。


いつものようにミルクを舐める猫の姿は愛くるしい。

その姿を見ながら少年は愛おしさが込み上げてきた。

それでも一抹の不安を払拭することはできなかった。


猫と鴨との出会いについては、誰にも伝えずに過ごすことにした。

給食でパンとミルクを持ち帰り、猫と鴨の親子に渡すことを繰り返した。

親に伝えることもなく、友達にも決して話さなかった。

誰も気づかないことを続けていくことに喜びを感じた。


そのように過ごすことで、少年は少しずつ自信をつけた。

そのように自信が溢れてくると、いつしか友達と仲良く遊べるようになっていた。


彼らも少年をイジメている訳ではなかった。

どのように接すれば良いのかを、お互いに理解できずにいただけだった。


そのような簡単なことばかりではないが、少年の数日の行動が、日増しに大きな力を育んでいるように思えた。

その力が良い方に働き始めていた。

少年は学校での出来事が徐々に楽しく思えてきた。