砂浜のビーチと世界遺産の村マハーバリプラムに来てます

長く続くビーチには小さな漁船がたくさんあり、漁師達が網を直してる横でインド人がサーフィンをしていたり、海辺で遊んでいる

レストランやお土産物屋が並ぶ通りは、夜に電飾が付くもほとんど観光客がいなくてどこも開店休業状態
なのにほとんどの店がやっていて、地元のインド人がたむろしている




そして朝になるときれいに掃除してまた店を開く

レストランは今までの場所より値段は2割増
魚や海老の料理もあるけど高いし一人じゃ食べきれない
ここまで旅行者に強気な値段とはびっくり




お客もインド人のお偉いさん風の人達やヨーロピアン団体客、新婚カップル等でウェイターのインド人の動きもちゃんとしてる

昼間に世界遺産へ行くと、チェンナイから二時間なので日帰りも出来るからインド人も外国人も綺麗な格好で、団体で来ている人が多い
日本でもなかなか見ないデラックスバスもやってくる




観光名所は歩いてすぐの所にあるので3時間もあれば全部見て回れるが、公園になっているのでゆっくり回る

石を彫った壁画がすばらしく、南インドの寺院建築の代表例になっているらしい
なのでか村には多くの石を彫る人がいて、仏像やお土産物を彫っていた




レストランは高いがローカルの食堂は安いし、いろんなメニューがあって、定食はバナナの葉っぱに乗ってきたのを手で食べるのが南インドスタイル
今の所食べたの全部けっこう辛い




いまはまだ雨季でシーズン前だからかほんとのんびり
最初は海は青くないし、2週間ぶりに一人になってちょっぴり寂しく切なくなったけど、すぐ慣れて深くリラックスし、ゆっくりできた




しかし蚊が夜部屋にたくさん入ってきて悪戦苦闘もした…

2泊3日でちょうどよかったかな
徐々に移動していこう




さすらいます
ただただ生きてます
生かされてます
久しぶりの海に地球の息吹を感じました
月を見て地球を感じました

地球に意識を合わせるととろけちゃう
地球は一つの生命体
人間がいなければ生き物全て大調和
みんな自然でいられる
One Earth One Love

Jahなぜ人間がいるのだろう?
人間の知能を持ってすれば循環した快適な暮らしができるのに
少し前までそんな暮らしをしていたのに…

それでも地球はただただそこにいる

みんなの 愛を ひとつに



リシケシュからハリドワルに行き、そこから電車で7時間半
約一ヶ月半ぶりのデリーに戻って来ました。

夜10時半に着いたが、この時間でもまだ開いてるお店がいくつもあり、前回に泊まった宿にチェックイン
近くのバーで久しぶりのビールを飲むが、風邪の悪化か頭が痛くなる

翌日起きると風邪はずいぶん良くなっていた




リシケシュにいるとき連絡をもらっていた、オーストラリアで会ったゆうすけに会いに近くの宿へ行くとすぐ会えた
彼はミャンマーから来て、これからリシケシュに行くので、ギリギリのタイミング

ゆうすけに付き合ってもらい、電車のチケットを取りにデリー駅の外国人予約オフィスに行く




すると、一人の日本人が話しかけてきた。ぼくらが日本人だとわかると

「よかった~!!昨日、日本から着いたけどインド怖くてもう嫌になってどこにも行けなくて日本人が現れるのをここで待っていたんです」

彼は夜中デリーの空港に着き、タクシーに乗ったら旅行会社をいくつも回られ、空港の近くに高い金払ってホテルに泊まるはめになり、やっとデリー市内に着くもインド人にからかわれ、つきまとわれて意気消沈し
デリー駅に逃げ込み、そこでぼくらと会ったのだと言う




ガイドブックにも書いてあるし、よく聞く話しだけど、ぼくは今のところ全然そんなインド人に会わないし優しい人ばかりだったので、ああまだそんなインドもあるんだと嬉しくも気が引き締まる

人によっていろんな旅になる

凹んでる彼は一週間のインド旅
ぼくのチケットを取るついでに、その彼もバラナシ行きの往復チケットをゲットしひとまず落ち着いた




二人とも今夜出発なので、それまでゆうすけと三人でデリーのお洒落街コンノートプレイスに行ったり、夜ビール飲んだり楽しい時間を過ごした

その彼も楽しめたようで、最初の青白かった顔も血色が戻り、デリーを出るとき少し逞しくなったように見えた




そしてぼくも電車で2泊、約34時間の移動
行き先はチェンナイ

インドの寝台列車は三段ベッドになっていて、上段が安全だし邪魔されず安心なんだけど、今回は真ん中のベッド




真ん中は収納式で下に座っている人がみんな寝始めるまでベッドを出せない
昼間はまた元に戻すのだが、夕方までベッドでゆっくりさせてもらう




バナナとトマトを買い食事にしたが、アイスクリーム、カレー、サモサ、チャイ、ジュース等
車内販売が豊富

ゴミは外に捨てる人が多く、あとは床に捨てる
しばらくすると片足の無いおじさんが座りながらほうきで掃いて綺麗にしてくれたけど、そのゴミも外に捨てられるのだろう

長いだろうと思っていた道中も、読書と例の彼にもらった日経新聞で早く過ぎていった




デリーから縦に約2200キロ以上
だいたい札幌から熊本位までの距離
デカン高原を越えて南インドへ
朝7時、インド4大都市のひとつチェンナイに到着




チェンナイは雨
しかし到着すると雨は止んでくれた
チェンナイのあるタミルナードゥ州は10月から12月までが雨季
思えばインド初の雨だ

チェンナイセントラル駅を降りて、バスに乗りモフジールバスターミナルへ行き、そこからバスを乗り換え大都市の渋滞の中を行くこと2時間
マハーバリプラムへ到着

海だ!!サーファーがいる!!
レストランに魚がある!!

ここから南インドの旅スタート
インドの旅も後半になります




ハリオーム◎

アムリトサルからハリドワルまで電車で10時間
ハリドワールからリキシャでしばらく走ったとこにある、聖地リシケシュにおります

チベット密教、イスラム、スィク教とインドを見てきたけど、リシケシュは強く深いヒンズー教の場所

ここは肉もお酒も全く見当たらない




ガンジス川(ガンガ)が流れ、多くのインド人が参拝に訪れ
出家者サドゥー(ババ)もたくさんいて、そこらにヒンズー寺院があり音楽や鐘の音が聞こえてくる




アシュラムがたくさんありヨガを学びに来る人が多いヨガの聖地

今は廃墟だが、ビートルズがヨガをしたアシュラムがあることでも有名




リシケシュに着くもガイドブックが無いので、メモを頼りに二本ある橋の最初に書いたラクシュマンジュラー橋へ

どこに宿やアシュラムが集まっているのかさっぱりわからず、人の流れに沿って歩いていると、日本人を見つけたので話しかけた




日本人の彼は3週間リシケシュにいて、国立大学休学中、ギターを持ち、身なりもインド長期滞在者で、裸足という変わった青年

ギターを弾いてもらうと、シバマントラやいくつか覚えたというレインボーソングなど、ガンガを前にいい歌を唄う

その彼に連れられたヨガアシュラムに泊まることにする
が、ヨガの先生はディワリから郷に帰っているという




すると彼が他のヨガクラスの回数券が二回分余っているからとくれた

なので、翌日そのヨガクラスに行ってみると、今から始まるから参加しなさいと言われる
生徒は三人で二時間みっちり

だんだん足の下から手を回して…
なんて難しいポーズになり、体の硬いぼくはぷるぷるするし、筋が切れそう

やっと終わり外に出ると、今のはハタヨガのコースで、この後が初心者コースと書いてあり
次の日から初心者コースに通ってます
初心者でもみっちり筋肉痛です




ヨガが終わってからガンガで沐浴
せっかくインドに来たのだから、ガンガで沐浴をしたくてリシケシュにきた
聖なる川の高波動水で禊
冷たくビンビンくる

そして高い建物の何階にもたくさん神様が祀ってある寺院や小さな寺院に参拝

この日課が終わるともう昼の2時、3時になっている




こっちに来て何人かの日本人と知り合い、いろいろ連れていってもらうが何もなく
結局レストランや宿で話をする
みんな変わった話をする

休学中のギター青年は縁があってよく一緒にいるけど、ぼくの話したいい事等があるとメモに取り
自分の考えを哲学的に、懐疑的に話し
ぼくの問いかけにも一生懸命話してくれる
まともに聞いているとおかしくなってきそうだが、ぼくと彼の問答は続く




遡ること10年前、日本に帰る直前にパスポートなどを盗まれ、ハイな状態でカルカッタに着き、そこで中年の哲学者に会い、原因と結果についてコンコンと話され
訳がわからなく頭がパンパンになってしまい
ある山口の兄さんと話して救われ
その後、劇的心的な変化が起こったことがあるんだけど

このギター青年の中に10年前の哲学者とぼくの姿を見た
与えた側と与えられた側の両方を

10年前のインドと繋がった
けど、今いるのは10年後のぼく
時空を越えてまたやってきた
見え方はあの頃と違っている

それでもインドはマジカルで
やっぱり出会う日本人が一番変




ここに来てぼーっとするし鼻水咳が止まらない
ヨガやガンガで沐浴してデトックスしたのか?
冷えたのか
煙草の吸いすぎか
風邪引いたか

けどそろそろ出ようかな
これならまだ移動できるかな!?

スリナガル、ダラムサラ、リシケシュと予定外の所に来ましたが
いよいよこの旅の本命、南インドに向かいます