人生という長いようで儚い旅の中

銀河系惑星の地球、日本東京を出発し
同じく地球、タイバンコク・スワンナプーム空港に到着した

2011年2月4日夜11:40 時差2時間 1B(バーツ)=約3円

空港で一夜を明かし安宿街カオサンロードに向かう

空港からきれいな電車が出ていて地下鉄も整備されている
電車やバスを乗り継いでカオサンに着く


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バンコクにやってきた!
週末で市がそこらじゅうで開かれていた

まだ朝だというのに蒸し暑く埃っぽい、バイクの音、人の声、排気ガスとスパイスと下水の混じった臭いが肌にまとわりつく

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カオサンの近くに宿(160B)を決めて、寝不足のまま街をぶらぶら

小さな定食屋でタイフード(25B)にチャンビール(50B)を飲み
旅に必要なもの(シャンプー(20B)・歯磨き粉(9B)・色鉛筆(20B)など)を買い物した

安いと思いお金をつかっていると、結構な額になっていたりする

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久しぶりのバンコクは以前インドから来たときにはすごく都会に見えて魅力をなくしたが
今回大都会の東京から行くと交通量が多く、トゥクトゥクが行き交う都会ではあるけれど
出店が立ち並び、生活や文化が息づき、まだまだ混沌としているアジアの都市だった

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同じものでも良くなったり、悪くなったり
自分の見方一つで変わるもんだ

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夜は屋台のレストランに食べに行くと、タイ人の女の子2人とその屋台を手伝っているタイ語ペラペラの日本人と仲良くなり遅くまで飲んだ

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翌日、朝5時起床
よく目が覚めたな、何時間寝れたのだろう

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まだ暗い中ホァランポーンという鉄道の駅へ

前日他の国境でヒンズー教寺院を巡りタイとカンボジアの間で戦闘があり、行けるか心配だったけど、国境は開いているというので、南国植物と草原が続くタイの田園風景を眺めながら
約6時間かけてカンボジアとの国境の町アランヤプラテートへ向かう

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アランヤプラテートに着き、そこから7Kmバイクの後ろに乗って国境(ボーダー)までいく

出国手続きをしてカンボジア側の町ポイペトへ

タイ側の国境

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カンボジア側の国境

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ポイペトは昔、内戦時に数十万人の難民が押し寄せてきた場所
今でも郊外には地雷が数多く残っている

この国境では両国で紛争があったにもかかわらず特にセキュリティーチェックもなく
いろんな人に付きまとわれながら無事入国した

陸路の国境越えはなんともいえずテンションが上がる

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そしてポイペトからバスで3時間半、バンコクから約11時間かけてシェムリアップというアンコールワットで有名な町に到着した
到着するとすでに暗く、すぐ友達に聞いていた宿($4)にチェックイン
とてもきれいで2日間の寝不足と移動の疲れを癒すにはもってこいだ

$1=4000R(リエル) ここでは現地通貨リエルよりドルが一般的によく使われていて、おつりはリエルが多い

ここシェムリもカオサンと同じように外国人旅行者の通りがあって外人向けのレストランや安宿、旅行代理店が立ち並び、外国人とカンボジア人でとても賑やか

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ぼくは現地の食べ物が好きなので食べに行く
アンコールビール($2)、おかず2品(5000R)

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夜になると町は生き生きとしてくるクラクションが鳴り、店からは音楽が鳴り、いろんな食べ物の匂いがする
道端にたむろするバイクやトゥクトゥクの運ちゃん達が声をかけて来る
「トゥクトゥク!」「レディー、ブンブン!!」「スモーク、ハッパ!!」
すぐ近くに警察がいるのにお構いなしだが、警察がいるから治安はいい

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シェムリアップに来てやっとゆっくりできた
街中のオールドマーケットでご飯を食べ
近くのおしゃれなレストランの2Fのテラスでソファーにうもれて本を読んだり、日記を書いたり、景色を眺めながらまったりのんびり過ごした

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そして夜日本人宿で有名なタケオゲストハウスに遊びに行くと
国境で知り合った世界旅行している日本人がいて、その彼に誘われアンコール遺跡群にトゥクトゥクをシェアして朝から行くことにした

2月8日、この日はぼくの誕生日
早朝待ち合わせに行くと誘ってくれた彼は腹痛で行けず、ぼくと大学生2人組で行くことになった

まだ暗い中アンコールワットへ向かい日の出を待つ
徐々に明るくなり幻想的なアンコールワットのシルエットが見えてきた
ゆっくりゆっくり日は昇り、新しい朝がきた

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そして35歳の誕生日をアンコールワットで迎えた

ここにいるのはいままで生きてきて
いろんな事を思い、行動をしてきた結果

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しかし、ここにいるのは自分で決めているんだけれど、何か運命の力のようなものを感じずにいられない

この先、人生の大きな流れはこの先何処へぼくを運んでいくのだろうか

ここまで元気にこれたのも家族はじめ皆さんのおかげですどうもありがとうございます

これからもご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします


今日は旧暦のお正月で、節分で、新月という事始めにはもってこいの日


明日、立春の2月4日からしばらくアジアを旅してきます
帰りは満月の前日3月19日の予定


期間を決めた旅


2月4日の夜中、タイのバンコクに着く


そこから旅が始まり、カンボジアやラオスへ行こうなど大体の簡単な予定はあるけど
基本行き当たりばったりで決めていこうと思っている


旅の計画を立てて、その通りに旅をしてみるのも面白いのかもしれないが
ぼくの性格なのか、計画を立ててもなかなかその通りにはいかない


計画が甘いんだろうね、もっと綿密に逆算して考えていけばきっと計画通りいく可能性が高くなるだろう


きっと誰もがそうだと思うけど、人との出会いや、時間、天気などによっても左右され
計画通りにならない事の方が多いのではないだろうか


人間の力を超えた不可抗力が働いて、人生もそうだけど、その時のタイミングで、その時の流れに乗ってみると
ちょっと前には思いもよらない事が起きたり、思ってもいなかった場所にいたりする


ぼくの中で脈々と流れている大きな人生の流れと、今回の旅での流れをシンクロさせて
久しぶりに海外での旅の感覚を思い出してこようと思う


きっと楽しい事がたくさん待っているんだろうけど
いまいち旅に出る実感が無いし、ワクワクもしない


それどころか、東京の居心地のよさになんか離れるのが寂しいし
なんで1ヶ月以上も旅に出ようとしたのかわからなくなる


しかし明日の夜中にはバンコクの安宿街で宿を探している自分が確実にいる


この矛盾した思考にはまりつつ、淡々とバックパックに必要最低限の旅のアイテムをパッキングし、旅の準備が整った



旅に出るまえにひとつ
最近ぼくの頭の中をぐるぐるとしていることがある


人と話したり、本を読んだり、映画を見たり、音楽を聴いたりすると


あたりまえのことなんだろうか、合ってるか間違っているか分からないけど
暇人の哲学的であり、生産的でない考えかもしれないけど


人間の身体も「自然」だということ


あと、地球は一つの生き物で、自分は生命体地球の一部だという考えによくたどり着く


人間の体はとても精巧にできているけど機械ではない
細胞が20兆以上も集まって、ひとつの体を構成し、あとの60%が水分でできている


植物とか動物と同じ、地球の自然の一部であるということ


そんなぼくらは体の中を汚染している添加物や科学物質が使われている食べ物やシャンプーなどの日用品を使い
口や皮膚から吸収されている


身体と心は繋がっているのだから飲みすぎや食べすぎ、体に悪いことは控えた方がいいよと、友達に言われた


確かにその通りで、今までよりお酒や、身体に良くないものを食べたり使ったりするのを減らしていけば、身体の中も少しずつきれいになっていく


同じように地球も京都議定書で決めたように何%かの温室効果ガスを削減したり、水質汚染や大気汚染などを減らす努力をしていくと
地球の環境もぼくらもお互いめぐりめぐって健康な状態になっていく


地球は一つの生き物と考えると、ぼくらは地球の一部の細胞のようなものである


いやこれだけ環境を汚染し、自然を破壊しているのだから
地球にとって人間はがん細胞のようなものかもしれない


だって人間がいなかったら今でも自然豊かな地球があったんじゃないかと思う
でもぼくらは存在する


ぼくらは生まれてくるまでお母さんのお腹の中で10ヶ月かけて大きくなってきた
受精してから生まれるまで、生き物の進化の過程を辿ってくる


最初は一つの細胞から二つ、四つと分裂し魚の形、動物の形と生物の進化の過程を経て人間の形になり、産まれる


そしてだいたい人間の寿命は80歳位で終わる
一方、地球は46億年位生きているといわれている


地球からみるとぼくらの一生なんて一瞬のこと


そんな一瞬の中にも一人ひとりいろんなドラマがある


生き物地球の一部として時間の感覚を合わせてみる


ぼくたちには意識がある


この意識を生み出す魂は脳が作り出しているのか
なら木や石には意識がないのか
あるとすれば地球にも意識があるのではないだろうか


生き物地球の一部として地球に意識の感覚を合わせてみる

地球意識になる=アセンション?


ぼくらは死ねば地球に帰る、土の養分や水分は水蒸気になって雲になり雨となったぼくらは、また野菜や虫、魚、動物に吸収されていく
そして、それらの命を頂き、ぼくらの身体は出来て、生きていける


人間だけではなくすべての生き物が死に地球に帰り、また産み出されている


まるで地球の新陳代謝みたいだ


その地球がある銀河系には4000億の星があり、空に輝く星は何万光年も離れていて、ぼくらが目に見えている星は何万年も前の過去姿を見ている
なので実際、何万年か経った現在のその星はどうなっているのだろう


そんな銀河は数千億個あるといわれているし


うちゅうは一つの物がビッグバンで爆発し
今もその衝撃でふくらんでいるといわれている


では宇宙が一つだったとき
その外側はあったのだろうか


もしかしたらぼくらのいる宇宙は
大きな人間のちいさなちいさな細胞のひとつで起こっている出来事だったりして


なんて考えているとおかしくなってくる今日この頃でした


明日からはあまり考えず、感じてこよう





楽しかったみかんの収穫から1ヶ月がたち
早いもので1月ももう半ばを過ぎた

愛媛から帰ると久しぶりの実家の居心地がとてもよく
年末に向けて家や庭やお墓の大掃除を少しずつ1週間くらいかけてやったりと
ゆっくりまったり平和な時の中にいた

そして年末年始

家、学校、会社、旅などなど
いままでぼくが生きてきた「環境」のなかで時間を共にした
東京にいる友人、知人、先輩、後輩、親戚、家族
と、忘年会、新年会など、いろんなところでまた再会した

最近知り合った者から、かれこれ20~30年の付き合いになるものまでいる

ぼくも彼らも、以前会っていた時の「過去」や
それから今に至るまでの断片的なお互いの「歴史」を知っている

そんなぼくらが、そのとき共有していた「時間」や「空間」を超えて
「今」「ここ」でまた会うことが出来ている

そうするとお互い、学校や会社での思い出の中にいる相手
を、今の相手に重ね合わせてあの頃と変わらないノリで飲んだり、話したり

そして学校や会社を卒業し、お互い違った「環境」で生きてきて
色々な経験をし成長してきた集大成である「今」に出会うことで
知らなかったお互いの歴史や今の環境を知り、考えや気持ちがぶつかり、響き合い、共鳴し、融合すると

久しぶりに会って楽しいだけでなく、あの時には話せなかった話
いや、あの頃は話す必要もなく、考えてもいなかった事を話していたりする

そんな話の中にメッセージやアイデアや意欲や元気、また自分の未熟さや弱さなどが映し出される

キミがぼくの目の前に現れて、同じ時間と空間を共有すること

ただ普通に飲んだり、食べたり、話したり、遊んだりすることは
ぼくの目の前だけではなく、それぞれいろんな人たちの目の前でも起きている

それは奇跡的なことであり、思考や意識下でも繋がっている必然的なことで
まさにとてもグッドなタイミングで会えているし、とても意味のあることなんだと感じた

人と人は星の運行のように配置され、網目のように繋がっていて
新たな出会いをも生み出す

このみんなとのご縁を大事にしていきたいし、感謝してます

今年は、環境を新しくしたくて二年お世話になった与那国や他の製糖に行かない事にしました
そしてまずは今年の初めから南米に行こうと思っていたんだけど、東京での年末年始を満喫していたら
ただでさえ予定より少なかったみかんで稼いだお金は徐々に減り
南米へ行く資金は未だ貯まらず
予定は、また夢となり遠ざかってしまった

きっとまだ行く時じゃなかったのだろうと今回は断念し、新たに予定を立てはじめました

いい歳になってきたけど、今年も旅を中心とした生活になりそうだな
いままでのように旅に出られる環境にいれる事に感謝して

朝起きて外に出たら朝日でキラキラした露のついた草木や、もやのかかった森や山が目の前にそびえるような自然があって

知らない人とも顔が合えば「おはよう!」「こんにちは!」って挨拶ができて

夜になれば満天の星空の下、焚き火を囲んで音楽に耳を傾けてふわふわできる平和な気持ちのいい所にいれるといいな

そんなところでまた会えたらいいな