一応仮称ではありますが、上記の名の市民会議が発足しそうです。わたしが常々思っていたことが急にできそうで、正直ワクワクしています。今回の市の事業に対する公募から、このような流れになりました。意図したというよりも自然な流れでできたのです。
わたしも地方創生の実現は無理とかなり諦めかけていました。それがこんな形でできるとは、世の中はわかりませんね。要はこのような田舎にでも、熱くなる人たちがまだ居たことに驚きと感謝です。わたしは田舎の強みは何かとずっと考えていました。
そして高齢者でも強みになると思ったのです。若者ではなく高齢者が改革をするのです。もちろんただの高齢者ではなく、改革の思いの強い人たちでなければできません。老後をのんびりと過ごすのも良いでしょう。しかしいろんな現状に不満を持っている人たちもいます。
若い人たちはAIに似てると思ったらわかりやすいと思います。データや知識は集められますが、それを使うには経験不足なのです。AIはそれで高齢者の経験知をとても欲しがっています。経験値よりも経験知のほうが欲しいのです。
経験知にはいろんな失敗例も入っています。失敗を経験すると時間と経費の節約ができます。そして結果も出るようになります。行政は税金を使い、現実的な効果についてはあまり気にしません。気にするのは形式上の数字の部分だけです。
動員をかけたりした上での数字なので、本当の成果とは違います。わたしからすれば動員した人数はゼロと同じです。セミナーなどで動員で集めた人たちは、まず質問なども絶対にしないでしょう。とにかく動員で人を集めることは無意味です。
行政にとっても今回できる市民会議は、とても助かるものになると信じます。まず私利私欲のためには動かないメンバーだからです。そこはこれまでの反省から学んだことです。結果として何らかの仕事に結びついたとしても、それが一番の目的ではないからです。
ほとんどの団体というものは、条件闘争のようなことをしています。条件を良くするには闘争ではなく、正当な話し合いによってすべきなのです。それができないようでは子どもに教えることなどはできません。行動はすぐにでも始まりそうです。ではまた明日。