深める話は少数でしかできない | 臨床美容師のつぶやき(豊後大野市共育塾)

臨床美容師のつぶやき(豊後大野市共育塾)

いくら良い言葉を並べても、お金がからむと真実が見えない。こころを商品化する社会にも同じ不安を感じる。そんなこころの悩みを和ダンボがつぶやきます。豊後大野市共育塾(場所ココミオ)では、そんな問題をみんなで語り合っています。お問い合わせは美容室WAKOまで。

昨夜の共育塾は3名で行いました。 2時間の時間ではやはり足りずに、外でまた1時間近くの延長戦でした。 3名でこの状態ですから、5名では多過ぎるかもしれません。 ただし、話しの中心を一人に絞ればできるでしょう。 一人のテーマに対して、各人で議論しあえば良いのです。 いま世間では、中日の応援歌の中の「お前」の使い方で、大きな騒動になっていますが、ここまで来ると怖くなったりもします。

 

何かを教えるときや伝えるときに、厳しく言う場面は当然出てくるはずです。 応援歌の中の、「お前が打たなきゃ誰が打つ」の歌詞のどこが悪いのでしょう。 この話も話題に出して、「あなたが打てなければ誰が打つの」に変えたら良いかもと言ったら、みんな大笑いでした。 バカなところを突っ込む人もいるものです。 「お前」は子どもの教育上良くないと、子どもも野球をするからと変な理屈を付けています。

 

こういう人こそ子どもに悪影響を与えるのです。 また監督と球団の対応も悪く、応援歌を歌うファンにすぐに自粛を要請したのです。 いくら世間の目は大事といっても、今回だけは勇み足だったはずです。 もうすぐ沈静化はするでしょうが、初めにクレームをつけた人には反省して欲しいです。 この場合も、「お前は問題ないのでしょうか」的な、問題提起であればまだマシでした。

 

わたしは「お前」に感謝したいくらいの人間です。 昔こんなことがありました。 とにかくお金に困ってある信頼できる経営者に、電話で相談したときのことです。 いろいろ事情を聞いてくれて最後にこう言われました。 日頃はやさしいその方が、「お前がしゃんとせんでどげえするんか!」と強い口調で叱咤されました。 おそらくわたしが泣き言のようなことを言っていたのだと思います。 電話中に号泣してしまいました。

 

今でも書いていて涙が出そうですが、本当に真からそのときは感謝しました。 下手にそのときにお金でも貸してくれていたら、とっくに倒産していて今の自分はありません。 子どものときからも、そこまで真剣に叱ってくれる人はいませんでした。 だからそんな人間になっていたのでしょうが、情けなくてたまりませんでした。 ですからわたしにとって「お前」は、最高の思いやりのある言葉なのです。

 

もちろん言葉は使い方で変わりますが、「お前」という言葉一つでもいくらでも深められます。 以前も、「即答する人はあまり考えない人」と言いいましたが、今回の中日の対応がそうでした。 何でも即対応すれば良いというものでもなく、その辺が難しいところでもあります。 来週は星の会主催で講演会があります。 司会をしますので、いかに質疑応答を深められるか、楽しく悩みたいと思います。