宗教には奇跡がつきものです。
現代の0ポイントヒーリングやマトリックス・エナジェティクスなどのアプローチを探求する新進気鋭のヒーラーの方々も、最終的にはお釈迦さまやイエス・キリストが起こしたといわれるような宗教的奇跡を求める傾向にあるのではないでしょうか。
お釈迦さまやイエス・キリストもずいぶん奇跡をあらわされましたけれども、弘法大師・空海ほど、ふんだんに奇跡を示したヒトはいないと思います。
空海はその生涯において国家のために修法すること実に五十一回もあったといわれています。
しかも、一回の祈祷は一時間や二時間の祈りではなく、数日とか数週間かさねたものが多かったようです。これに日常の修法も欠かさず行っていたといわれますから、空海ほど加持祈祷をよく行ったヒトはいない、といってもよいでしょう。
空海は加持祈祷によって、数限りない奇跡をあらわしています。
たとえば、こんなエピソードがあります。京の都に伝染病が流行したとき、天皇に「般若心経」の写経を薦められ、天皇が書経した心経をお供えして、空海がこれを講義すると、行き倒れの病人が次々と生き返ったと伝えられています。こういった現象は、公の場で発表されはいないものの現代の量子物理化学で説明のつくものだと思いますが、
讃岐(香川県)の国に満濃の池においては、堤防工事が完成しないうちに池が破壊されるので、天皇の勅命により、空海が現地に向かい、岩の上で工事の完成を祈願すると、何年もかかってできなかった工事が、わずか四十五日で完成したり、日本中に日照りが続き、草木はすべて枯れたといわれたようなとき、空海が七日七夜にわたって雨乞いの祈祷をすると、三ヶ月も続いた日照りが、結願の日に一挙に救いの雨をもたらし、三日三晩降り続いたといいます。
ほかにもこのように奇跡と呼べるような現象は数多く言い伝えられていますが、人間生活に密着した事業は、空海の独断場だったようです。
空海は道なきところへ道をつけ、橋を架け井戸を掘り、温泉を発掘しては療養所を開いています。
空海のこれらにおける行為に共通するものは忘己利他の精神です。
この忘己利他に現わされるギブ&ギブの精神こそ、宇宙意識の本質であり、空海はその本質に生得的に気が付いていたからこそ、自ら官吏の道を捨て即身成仏を説いたのだと思います。
しかし、どうもこの宇宙の意識を感じられたとき、奇跡と呼ばれるような現象は誰の前においても具現化されるようです。