密教には、修行によって仏としての力を得ようという禅宗の典型的な考えである「自力」と、どんな人間でも仏に救いを求めれば、浄土に連れて行ってくださるという浄土真宗の「南無阿弥陀仏」が代表的な「他力」という二つの考え方が同時に存在しています。
大日如来の教えの光が人々を照らしてくれることを「加」といい、人々の心が大日如来の偉大さを感じとることを「持」と名付け、「加持」といいます。
弘法大師は、この加持によって即身成仏するといわれました。
加持とは「三密(身密、口密、意密)加持」のことで、具体的には、印契と呼ばれる独特な形で両手を組み(身)、真言と呼ばれる呪文を唱え(口)、心を一転に集中して(意)、自分は仏と一心同体になったのだという瞑想を行います。
そして、意識の集中が完璧になれば、仏が自分の体の中に入ってくるのを感じ、また自分も仏の中に入っていくのを感じるといいます。この状態を入我我入といいます。
自分が仏になってしまう境地に達すると、自分にも大きな力が生まれてくるのです。
密教の僧侶は、三蜜の加持力によって一般信者のために無病息災や長寿、願望成就などを祈願し、その効果をあらわしています。
空海は、この三密加持することによって、願いごとがかなうと言っています。
こうしたことを「現世利益的」といって非難する声も聞かれますが、私たちは精神的な信仰だけで救われるわけではありません。
密教では、心の悟りを土台としながらも、実際に生きていくうえでの物質的な幸せ(現世利益)も重視しています。その理由は、現世利益も含めたこの世のすべてが、大日如来のあらわれであると考えられているからです。