先日、母親の血圧測定値改ざんが発覚。
血圧高目で病院にかかっているくせに、超安定の血圧記録ノートを提出していて、医師が疑問に思って私を診察室に呼んだ。
認知かもしれない、と。
けれど、よくよく本人に聞いてみると、
高い血圧だと、医師に怒られるから改ざんした。と言うのです。
認知…図った数値を覚えられないとか、測定できないとかではなく、故意だった。
呆れた。
結局、数値はちゃんと書くように言ったら、しているようだし、認知の検査もクリアした。
けれど、私に恐怖を与えるには十分な出来事だった。
父親の方が高齢で、もともと母(誰か)がいないとダメな父がどうにかなっても、とりあえずは母がいると思っていた。
けれど、順番が逆になると、一気に二人分の介護と言うものが私にのしかかってくるのだと言うことを突き付けられたできごとだった。
親との関係に悩んで、精神を病んで、家を出てから約20年。
何とか「できる範囲」での世話で折り合いをつけてきたが、そろそろ逃げていられなくなってきたようだ。
頼れる親族ももう一人しかいない。その叔父ももう高齢だが、まだしっかりしていてくれて心強かった。
とりあえず、介護保険の認定を申請して、今書類待ち。
日常生活は自分たちでしているので、おそらく要支援1くらいだろう。
それでも、ケアマネージャーと呼ばれる人が付いてくれるだけでだいぶ違うと叔父が教えてくれた。
両親にかかわると、数日は気分が落ち込んで、頭痛が続く。
どこまで行政にお願いできるのかわからないが、とにかく認定をしてもらう。
そこからだ。
ちゃんとしている人と話すのは、ちょっとやっぱりきつい。
「生んでくれた親じゃないか」「娘だろう」って言う言葉がやっぱり出てくる。
そうでなくてはならないと自分で自分に言い聞かせて生きてきて、壊れた人間には、本当に痛い言葉だ。
そうでない親子があると、世の中はあまり理解してはくれない。
ほとんどの人が、常識的でちゃんとしているからに他ならない。
思い知らされる。
私はいつまで、これに傷ついて生きなくてはならないのか。
いっそのこと、すべてから逃げたいと、思ってしまう。