レーシングドライバーにおいてステアリング操作は重要です。
どんなに重いステアリングを切れたとしても、それが最初だけなら意味がなく、シートに正しく座った姿勢で正確に操作し続ける必要があります。
長時間にわたり正確にステアリングを操作し続けるためには、
体幹や腕の筋力に余裕があることが重要だと考えています。
そのために普段から自宅でもできるトレーニングを行っています。
まずは、腹筋ローラーを使う体幹のトレーニング。
スピードレンジが高いと、その分前後左右に体が持っていかれるので、常に真っ直ぐな姿勢でいられるように体幹を鍛えます。
次にバランスボールを使い不安定な場所での腕立て伏せを行います。
また、振動マシン上で5kgのウェイトプレートをステアリングに見立てて左右に切る運動も行います。
その他、握力トレーニングや手首を鍛えるための専用の器具を用い、多少ステアリングをとられた場合でも手が持っていかれないようにするためのトレーニングもしています。
ジムでのトレーニングだけでなく、自宅でも色々な器具で色々な使い方をし、飽きない動作や、同じようでも少しでも違う刺激が筋肉に伝わるよう心がけています。

トレーニングについては知り合いのフィジオに相談し、効果的なエクササイズができるよう定期的にチェックしてもらっています。
以下は、そのフィジオの方が書かれた文章です。
掲載については、了承を頂いています。
興味ある方はぜひ一読ください。
4輪レーシングドライバーにおけるフィジカルトレーニングについて
[はじめに]
我が国のモータースポーツは他のスポーツと比べ、競技人口が少なく、パフォーマンス向上を専門とする各種専門家による研究や指導は充実してるとは言えない。また、情報も決して多くはない。
外国のトップカテゴリーでは、チームに専用の施設とスタッフが設置されており、ドライバーはフィジオセラピストを個人専属にしている。しかし、そのレベルに至るまで、アマチュアからプロになろうとする選手にとって、そのような環境でトレーニングすることは現実的には不可能である。
トップを目指しているドライバーに必要なことは、モータースポーツの特性とトレーニング科学を理解し、論理的思考に基づいたフィジカルトレーニングを自分自身で行なっていくことである。
[トレーニングの実際]
他のスポーツ同様、故障のない健康な状態と十分な基礎体力が当然必要である。
さらにモータースポーツという特殊性を考慮し、5つの要素に重点を置いたトレーニングプログラムをドライバーに提案している。
以下に、各項目について概要を説明する。
①全身持久性
加速、減速、横方向へのGが競技中、全身に負荷としてかかる。加えて、高温下での耐性や集中力、判断力の持続に必要な循環器、呼吸器能力の向上も求められる。
レース中のドライバーの心拍数は常に高く、最大心拍数の90%以上が持続する場合もあると報告されている。
Gによる循環動態、呼吸動態への影響は研究がまだ不十分であるが、優れたレーシングドライバーは優れた全身持久力を持ち合わせているのは明らかである。
そのためレーシングドライバーには有酸素運動能力向上を目的としたプログラムが処方される。
具体的には、ジョギングからランニング、エアロバイク又は自然下でのサイクリング、スイミングなどのエアロビックエクササイズが挙げられる。
身体負荷が常に変動するという競技特性を考えると、どの種目を行うにしても、バリエーションに富んだ様々なプログラムを行うことが重要である。
その点から、サーキットトレーニングも有効と考えられる。
また、一部のドライバーは、ドライビング時における集中力強化として、有酸素運動中に他の課題(ゲームやジャグリングなど)を行っている。
②頚部の筋力、支持性
レーシングドライバーの体型として、印象づけられている首の太さには理由がある。
加減速、特にコーナーリングにおいて、ヘルメットを含めた頭部を固定し、正しい視線や全身のコーディネーションをするためには、Gに対する頚部の筋力による支持性が欠かせない。
このスポーツの特殊性から、フットボールやレスリング選手と同様、外部からの衝撃に耐える必要性もある。
頭部の重量はヘルメットを含めて7kg以上あり、レース中のGがトップカテゴリーでは6Gにもなる。すなわち40kg以上の重量に耐えなければならない。
そのため、十分に頭部を支持する筋力、レース中にそれを維持するための筋持久力が必要となる。
具体的には、各種の徒手抵抗運動やネックマシン、ストラップ付きヘッドギアによるウエイトトレーニングやレスラーブリッジなどが処方される。
基本は一定の角度を保持させる筋力である等尺性(アイソメトリック)エクササイズであるが、障害予防には前後屈、左右屈、左右回旋の全ての方向への等張性(アイソトニック)エクササイズも有効である。
頚部は重要な神経の通路であり、エクササイズ中、後に神経症状(上肢への放散痛やしびれ、脱力、知覚麻痺など)がないことを必ず確認すべきである。
また、一般的には過度の後屈は脊柱管を狭窄させるため無理に行ってはいけないとされる。
③上肢、特に前腕の筋力、コーディネーション
ハンドリングを担う上肢の運動能力は、次項の体幹の支持性と密接な関係がある。マシンの挙動を制御するためには、変動するGや振動の中でステアリングを完全にコントロールする能力が求められる。
瞬発力、筋力、筋持久力だけでなく巧緻性も要求されるが、脳ー神経ー筋のコーディネーションが高いレベルで行われるためには、相対的筋力に余裕があることが重要となる。
つまり、最大100ある筋力のうち、80を使って巧緻動作をするよりも、余裕のある50で巧緻動作する方がコントロール性、つまり思い通りに身体を動かすことができるということである。
具体的には、体幹支持性を考慮した状態での、肩関節、前腕、手指の筋力トレーニングが処方される。
フリーウエイトを用いたトレーニングだけでなく、ハンドグリップなどを使用した握力の増強、ウエイトプレートをステアリングに見立てた運動などが挙げられる。これらをジムボール上など不安定な座位で行なったり、⑤で述べる振動マシン上で行ったりする。
また、ステアリング動作は筋力や特に巧緻性の左右差がない方が望ましいと考えられるため、非利き手へのアプローチも有効であろう。
レーシングドライバーの佐藤琢磨は、食事のときでさえ、非利き手を使用することにより、脳ー神経ー筋のコーディネーションを高めようとしているという。
④体幹の筋力、安定性
4輪ドライバーの体幹はシートベルトにより強固にシートに固定されている。
一般スポーツにおけるコアトレーニングの重要性は最近よく知られているが、競技特性を考慮すると、体幹自体の支持性よりも、四肢からの反力やフィードバックを的確に処理し、次の動作に反応できるような全身の安定化をはかる必要がある。
具体的には、体幹を固定する筋力を発揮しながらの上下肢の運動が含まれるエクササイズが処方される。
コアトレーニングの成書にある種目の中からセレクトすると良いだろう。
また、アブドミナルローラーは体幹を固定しながら、特に上肢のコントロールを行えるので、簡便で効果的なトレーニングである。
⑤振動トレーニング
モータースポーツの特殊性として、マシン、環境など外部からの物理的刺激がある。
Gはもちろんのこと、路面からの振動も撹乱刺激となり、身体のパフォーマンスに影響する。
それに対し、視線やステアリング、アクセル、ブレーキ操作のための神経ー筋コーディネーションがコントロールされなければ、高いドライビングパフォーマンスを発揮できない。
現在のところ、科学的なエビデンスは不十分であるが、振動マシンによるトレーニングには、ドライビングパフォーマンス向上の可能性が期待されている。
振動マシンは各種あり、高速で左右に数度傾くプラットフォーム上で、立位もしくは座位を保持すること、また、その状態で各種のトレーニングを行うことが一般的に行われている。
10数年前の発売当時は高額な機器であり、‘Galileo’という製品は当時現役F1ドライバーであったラルフ・シューマッハが開発に加わったと言われている。
現在は健康器具として、コストパフォーマンスのよい製品も発売されている。トレーニングジムに設置されていることも多い。
パフォーマンス向上に効果的な振動数の研究は散見される程度であるが、モータースポーツ特性を考慮すると、ある程度高速(10Hz以上)でのトレーニングが有効と考える。
[おわりに]
以上、4輪レーシングドライバーにおける、フィジカルトレーニングについて述べた。
本稿では運動強度や時間については解説しなかったが、重要なのは、モータースポーツ特性を考慮することである。レーシングドライバーにとって、競技特性に不必要な大きな筋肉は、マシンとの総重量を増やすだけのただの重りであるのは言うまでもない。
野球で一塁を守るホームランバッターは長距離を走る必要がないのと考え方は同じである。
競技力の向上のためには、モータースポーツ特性を理解し、個人のレベルに応じて、論理的思考に基づいた科学的トレーニングを行うことが重要である。
そのための情報として、この記事が4輪レーシングドライバーにおけるパフォーマンス向上のヒントになれば幸いである。